天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本】展覧会、美術展について

更新サボってました。でも来てくださった方、どうかブログ内検索してください。美術とかイタリア語とか旅とかで過去の記事が出てくるので読んでください。お願いします💕

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美術館っておもしろい

コロナになって私個人も甚大な被害を受けていますが、美術館・博物館の展覧会も大打撃を被っています。テレビではひたすら飲食店、次いで旅行関係者の話ばかりするけれど、世の中にはさまざまな仕事が沢山あって、大抵は厳しい状態におかれているのに、バカの一つ覚えのテレビ。ほんとに政府と同じで発想が貧困、その上真剣に調べる気が無いのも同じ。

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展覧会プロデューサーのお仕事

とにかく大変な状況の美術館・博物館ですが、コロナ下で新たな展示(というか展覧会)の方法が模索されています。出かけちゃダメって言うなら展覧会はどうしたらいいの?と言うことで結局オンライン旅とかみたいに、ITデジタルの利点を活かしたものが成功してる。しかも信じ難く大成功したりしてる。ほとんどの人は知らないと思うけど、今はアート・バブルって言われるほどデジタルを利用したアート作品が投資の対象になっています。NFT(Non Fungible Token)「代替不可能トークン」とかいってもさっぱり分からない人も多いと思うけど、コンピューターの話をしなきゃならないから、説明するとそれだけで長ーくなっちゃうので気になる人は自分で調べてください。でも勝手に私の解釈で一言解説すると、デジタルだといくらでも複製できちゃうから、芸術作品としてのオリジナルの価値はどう保ったらいいのかってことで考えられたシステム。莫大な金額が絡むので問題になってる。私もコンピューターを愛する一人だけど、要するにコンピューター(IT)の発展とともに世界は根本的に変わった。経済や働き方など全てに影響するから、ITの盲点は世界の覇権争や人種差別問題に劣らない大問題。歴史的には確実に、今は近世の「産業革命」に匹敵する「第二次産業革命」時代だと思ってる。

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シェアする美術

そんな中、SNSを活用して若い人の集客に大成功したのが、たとえば森美術館。いくらでも写真を撮ってよくて、アップロードした後も複製しまくっていいから、写真が印象的ならどんどん拡散する。それを見て展覧会に行きたくなる人が増え、作家や作品に興味を持つ人が増える。これは当然のことで、私もず〜っと前から考えていました。だって授業で使うための写真を一年中探しているんだけど、自分で撮影した分だけではどうしても足りない。本を書かないかって多くの人に言ってもらって、最初につまづいたのが美術作品の権利の問題。著作権問題も現在の大問題の一つで、馬鹿らしい反社会的な規制も少なく無いと思う一方、発明者や原作者の権利も当然考えなければならない。真剣な社会問題から下らない商品(人も物も)まで、大抵のことはいかに大勢の人に知ってもらうかにかかっているのに、撮影しちゃいけなってどういうこと?大英博物館なんか、お〜〜〜〜〜〜〜〜〜昔から、無料で模写してよかった。あれが教育でしょ?確かにバチカンで観もしないで写真撮りまくって、人の邪魔になる群には頭にくるけどさ。帰ってから散々見直すならいいけど、ほっとくなら撮らないでよく観ようよ!

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美術館の舞台裏

すいません。いつものように本心吐露。とにかく「インスタ映え」を極めて多くの人が気にするような世の中ではそうやって告知するのが非常に効果的で、展覧会も同じ運命。展覧会って、少し前までは完全に老人のモノだった。いかに若い人に興味を持ってもらうかが美術館を真面目に運営する人々の問題だったのに、今は様子が変わってきている。

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拡張するキュレーション

それはとても喜ばしいことだと私も思う。でも、展覧会を作る人たちによって群衆がいとも容易く操作され、これは「ゲイジュツ」なんだと思わされ、美術館・博物館の展覧会が変化している今だからこそ、「芸術」とは何か?なんなの?って真剣に考えます。有名なキュレーターってお金を生み出す(展覧会場を人々で埋め、お土産を買わせる)人で、まるで企業家。本当に芸術や美術を愛していたら、こんな内容にはならないでしょ?って展覧会ばっかり。フェルメール展やレオナルド展など本当にひどいもんだった。名前の大宣伝で良い作品は全然来ない。(フェルメールは何回もやったので、良い作品が来た時もあるにはあるけど、パンダ見物状態で大変非文化的)そもそも持ってこられる作品自体少ないんだから、人を騙すような宣伝をするべきじゃない。難しい状況の中頑張ったのは「カラヴァッジョ」。個人的には近代美術館の「フランシス・ベーコン」が最高でした。

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美術展の不都合な真実

子供の頃から展覧会に行っている美術を愛する者として、海外の美術館博物館を巡っている者として、常々おかしいと思っていたことの理由が具体的に証明されているのがこの本、題名も「美術展の不都合な真実」。今回載せた写真の他に美術館や展覧会に関する本って結構あるんだけど、圧倒的にこの本が真面目で好感が持てました。学芸員がないがしろにされている、文化がほっておかれている事がきちんと説明されています。

 

私はいくつも大学へ行っていて、美大出身者でもあります。私が学生だった頃大学で助手をしていた人が世田谷美術館学芸員になって何度か逢いに行きました。学芸員の実際の仕事を最初に知ったのはその時です。世田谷美術館は国公立でも無い上駅から遠いのに、集客率の高い良い展覧会をするので定評のあるところです。そんなとこの学芸員だったのに、私は内情を知って博物館学の学位を取るのを辞めました。なぜか、この本を読むと納得できる。結局、日本の経済や文化を支える重要ポストにいる人たちに大問題がある。そして、自分にはなんの判断基準もなく、ただ見聞きしたことを鵜呑みにして美術館へ行く人たちにも問題がある。私の授業では常に言ってるけど、読んだことではなく、自分でどう感じるか、批判能力をつけることが一番大切。それを悪いことだと思っているなら、そこには民主主義も自由、学問も存在しない。物事の良し悪しや善悪を判断するのは自分。そして判断するために多角的な知識を身につけなければ。これが今の日本人に最も求められていることだと信じます。

 

【本】システィーナ礼拝堂の図像探究のためにも(地理・年表)

先日、本当に久しぶりにオンライン授業ではありますが、都立大OUの講座が再開しました。人数が多いのでみんなと会話することはできません。でも参加者が、私の授業を待ちわびてくれたと知ることほど嬉しいことはありません。できることなら全員を連れてイタリアへ行きたい!

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ロンゴバルドとビザンチンイタリア半島

コロナになってプラスの面は、とんでもなく外出しないし人に会わなくなったので風邪をひかなくなったこと。毎年冬には風邪をひいていたのに去年は一度も引かなかったのに、授業を目前にして夜中まで資料を調べていたら風邪ひいちゃって熱があったのに、90分の授業を乗り切ることができました。オンラインの良い点を再確認。しかもリップサービスでも事務局からは「生き生きしたとても楽しい授業」とか言ってもらった。本来の私を知っている参加者からは、おとなしかったと言われたけれど。(おとなしいって「大人しい」と書くと思うと、日本的だなと思う。大人は黙ってろってことですか?波風立たせず、息を殺して様子見て生きろとでも??私は永遠に大人になれない)

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ヨーロッパ(ラテン)

そんなわけで初回の授業は、ルネサンス時期の地理を把握することからはじめました。世界史と地理は深く結びついているので、常に地図を片手に歴史書を読むのが理想です。システィーナ礼拝堂が中心なので、当然教皇領が中心となります。

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私の本棚の一部

地理はgoogle・mapもしょっちゅう使うんだけど、歴史地図が必要なので、時代に合わせた物を探す必要があります。多少日本語でも出ていますが、高額なものも多くやはり図書館利用を勧めます。

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図説ヨーロッパ歴史百科

 例えば、この「図説ヨーロッパ歴史百科」は最初英語版で入手しました。日本語が出たのは何年も経ってからで、しかも何倍も高く不必要に豪華な装丁ですが、授業でも使えると思って泣く泣く購入。内容は、かなり良いと思います。これ一冊読んだだけで世界史の勉強になりますからぜひお勧め。

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聖書・キリスト教歴史年表

キリスト教の歴史年表です。長ーーーーっく広げて、感覚的に、古代から現代までのキリスト教の大事件を把握できます。イタリアにいた頃はキリスト教年表など簡単に入手できたのですが日本だとなかなかそうはいかないので、これはおすすめできます。しかも2800円でした。キリスト教の出版社(いのちのことば社)だけあってルネサンス時期も、文芸のルネサンスではなく異端審問や宗教改革の時代として把握され、見方によって内容もすっかり変わるところも興味深いです。

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世界史図録

なんと言ってもお手軽なのは教科書のような堅い本専門の山川出版から出ている「世界史図録」。この初版では内容にとんでもない間違いを発見しましたが、改定されているので使えると思います。日本も含めた世界が対象だし、断然安い分内容も薄いですが、何も読まないよりよほど良いし、年表と地図もそこそこ入っています。

この他に「コンサイス聖書歴史地図」も割と入手しやすいかと思います。キリスト教関連資料は、専門の本屋さんがあるので銀座や四谷などに行ける方は書店へ行ってみるのも楽しいと思います。普通の本屋さんと全然違う雰囲気で、グッズがあったり喫茶店もあったりします。ちなみにお勧めは「聖パウロの足跡地図のクリアファイル」と「みことばクッキー」!

www.kyobunkwan.co.jp

www.paulus.jp

www.wlpm.or.jp

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Atlas of the CHRISTIAN CHURCH

これは私が勉強しはじめた頃ロンドンで買った愛読書で、大切にしているけどもうボロボロです。 デッラ・ロッビアの感動的なイエス像が表紙で、普通の世界歴史地図には見られない地図がたくさん入っています。

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宗教改革期の派閥別地図

残念ながらというか、当然ながらというかヨーロッパのことを勉強しようと思えば圧倒的に英語ができた方が豊富な資料が入手できます。中世の研究には、重要なフランス語やドイツ語資料が目白押しなように、ルネサンスのことを勉強したいならイタリア語ができるのとできないのとでは雲泥の差です。

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巡礼についての解説頁

語学はいきなりできるようにはなりませんから、まず手当たり次第日本語資料に目を通すべきでしょうが、もし貴方が若くて勉強が嫌いでないなら絶対に語学に力を入れるべきです。コロナで明白になった日本(経済も人権などの社会意識や文化程度も)の遅れは、一つには語学力に問題があると思います。英語ができれば世界中のさまざまな出来事を自力で知ることができて、日本と比較検証することができるのだから。これから日本が鎖国することもないでしょうから将来仕事を探すときにも絶対役に立ちます。私は後悔しない主義ですが、最大の後悔をあげるとすればもっと若いうちに真剣に語学を習得すべきだったということです。もう若くないと思っている人でも、語学が嫌いでないなら必ずある程度は進歩しますから、ぜひ勉強してください。海外の書物、映画やドラマ、音楽を聞いたり旅に行ったときに喜びが全く違いますから。(世界中の人とネットでゲームもできます💖)しかし勉強の最大の喜びは、自分で上達したことを体感したときでしょう。自力でやったという達成感は何物にも変え難いものだから。

 

【本】ルネサンスを知るために(小説)

都立大OU(オープンユニヴァーシティ)のオンライン授業で私が受け持つ講座「システィーナ礼拝堂の図像探究」のために、ルネサンスのことを少しでも知るための本を紹介しています。勉強はなんでもそうだけど、予習と復習なら予習の方が絶対効果的だから。もちろん両方できる人はそれに越したことはないけどサ。 

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 ボルジャの間

今までごく一般的な内容で紹介してきたんだけど、そろそろステップアップ。ということで、歴史や社会状況の解説、美術用語の基礎知識とかではなくて、より生なルネサンスとでもいうのか、文学的な内容の本を紹介します。

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イタリア・ルネサンス 愛の風景

題名:アモルとプシュケ叢書 イタリア・ルネサンス 愛の風景

共訳:谷口勇 G.ピアッザ

出版:而立書房

 

愛は世の魂なり 愛は心なり
そは 天上で太陽をも 斜めに歩ます。
そは 天上で さすらう神々の高い輪舞を
早めもすれば 遅らせもする。
空気、水、土、燃ゆる火が
宇宙の大要素に混じり合い、
自らの霊を培う。しかして、人の喜び 苦しみは
愛が原因なり。人の希望 恐怖とても。
タッソ『自が貴婦人へ捧げるソネット

 

「イタリアがヨーロッパの全ての近代国家の中で最初に未開状態から立ち直り、新たに全世界を開花する伝播者となった時、そして、この半島の最も美しい人口稠密な都市が、文化の様々な分野において多種の傑出した人々を誇りにしていたとき、優雅な心の持ち主たちの牧草地となっていたのは物語だった。」(上述書5頁)

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Canova, Amor e Psiche

こんなふうに始まる、みるからにお洒落なこの本は、1852年に今は亡きフィレンツェの出版社から出された「愛の場面」という詩集&物語に、訳者たちが解説をつけたもの。私はタッソーが好きなので自分なりのタッソーのイメージを持っているから上の翻訳がどうもしっくりこないけれど、読みにくい書体の原本を読解するのがどれほど大変な作業だったかと思うと、こんな売れそうもない本を出してくれたことに感謝の気持ちで一杯です。大体「アモルとプシュケ叢書」って、かの有名なカノーヴァの作品が思い浮かぶけど、確かにルネサンスは文学運動から始まったのだろうし、文学といえば主題は「愛」に決まっている。大体、愛という言葉は日本語としては歴史が浅く、逆にイタリア語では愛を表す様々な言葉がある。その愛の主人公たちは、ダンテとベアトリーチェに始まり、ラッファエッロとフォルナリーナやパオロとフランチェスカジュリエッタとロメオ、ペトラルカとラウラ、ボッカッチョとフィアンメッタなどちょっと勉強した人なら皆知っている有名な恋人たち。ダンテは中世の人だし、実際には完全な独りよがりなんだけど詩人なんてそんなもんなのかな?ルネサンスの教養人、ルネサンス文化を担った人たちはこんな詩に夢中になれた。なんて文字通りロマンチックなんだろう!訳者たちの熱い気持ちが伝わってきます。

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ルドヴィコ・イル・モーロ 黒衣の貴族

題名:ルドヴィコ・イル・モーロ 黒衣の貴族

著者:マリアーナ・フリジェーニ
訳者:千種堅

出版:河出書房

イタリアの塩野七生かどうかは知らないけれど、歴史小説ルネサンス期のミラノの君主イル・モーロ(肌が黒い人って意味)を主人公に、陰謀渦巻く波乱万丈の生涯を綴った歴史ロマン。

正直、私はテレビでも歴史ドラマが好きじゃないので、こういう本も読まないけれど、世の中のほとんどの人が読む本はハウツーものか小説だそうだから、研究書や歴史解説などが苦手な人で小説好きなら、こういうのから入るのも良いと思う。テレビドラマよりはきちんと取材していて、それほどウソピョーンでもなさそうだし。レオナルド・ダヴィンチは当然登場する。今回の授業には直接的には関係ないけれど、ルネサンス君主がどんなものか理解するのに良いと思うし、メディチ家とのつながりが実感できるのではないでしょうか。

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神の代理人

塩野七生が出たので、たくさんある著作から今回に関係あるものをあげると、もちろん「ルネサンス」関係は幾つもある中、初期の作品で「神の代理人」というのが私のお勧め。ルネサンス教皇たちの話。ピウス二世から始まったような記憶が・・・。遠い昔だから断言できないけど。ボルジャやレオ十世は当然登場。「チェーザレ・ボルジャあるいは優雅なる冷酷」は、私がチェーザレがあまりにも嫌いで、その人を最高にかっこいいという人が全く理解できないので、おすすめできるわけがありません。漫画で楽しんでください。私にとってチェーザレは優雅どころか品性下劣で残酷な変態なので。

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神の代理人

塩野七生ルネサンス著作集6ではラッファエッロのユリウス二世が表紙になっていますが、私が読んだのは聖ピエトロ大寺院の大伽藍が写っている文庫本でした。

 

 

【本】ルネサンスとイタリア:

いよいよ4月10日からの授業が迫ってきました!

www.ou.tmu.ac.jp

中止になる講座も出る中、私の講座はもう満員御礼で申し込みが終了しました(やりました!皆様のおかげです!!)

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Pinturicchio

で、昨日参加者全員に、このサイトのURLを事務から送ってもらいました。講座の前に少しでも本を読んでおくためです。今日も追加で紹介します。

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イタリアの歴史と文化

題名:はじめて学ぶ イタリアの歴史と文化

著者:藤内哲也

出版:ミネルヴァ書房

比較的新しい本なので入手は簡単です。古代末期から近現代までを、項目立てして解説。ルネサンスには比較的多く頁が割かれていますので、まずそこだけ読んだらどうでしょうか。時間のある時に一冊読むとして。真剣なゲットーの話から、ルクレツィア・ボルジャのお洒落の話なども出てきます。

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Paese Italia

題名:イタリアという「国」 歴史の中の社会と文化

著者:ルッジェーロ・ロマーノ 訳:関口英子

出版:岩波書店

 カルパッチョの表紙が印象的なこの本は、第1章「なぜ我々はイタリア人であると言わずにはいられないのか」で始まります。こちらは先に紹介した、日本人が日本人に向けて書いた入門書とは全く違った内容です。アナール派の学者には私の大好きな著者が何人もいて、この本も流石な内容ですが、決して入門書ではありません。国(ネイション)とは何かが問われる現在、非常に意味のあるものと思います。入門書はもういいから、真面目な少し踏み込んだ本が読みたい人へ。

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イタリアを知るための62章

題名:イタリアを知るための62章

著者:村上義和

出版:明石書店

これは辞典みたいにたくさん章立てがあって、一言解説があるタイプの本で同じシリーズに「イタリアの歴史を知るための50章」とか「イタリアを旅する24章」とか色々、まだまだあります。私はちらっと見ただけですが、お手軽には違いないと思います。

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一冊でわかるイタリア史

題名:世界と日本がわかる国ぐにの歴史 一冊でわかるイタリアの歴史

著者:北原敦(監修)

出版:河出書房

読んでないので知らないけど、河出書房は良い出版社なので紹介しました。時間のない人や本を読み慣れていない人が、ルネサンスあたりをまず読んでみるのには楽で良いのではと思います。

【文化】国立市と友好都市になるルッカ

東京都の国立市とイタリアはトスカーナ州ルッカ市とは友好都市計画を進めています。私はこの計画に関わっていて、小さなパンフレット作りにはかなり関わりました。出来立てホヤホヤの紹介パンフレットです。私は、記事は結構書いていますし、写真提供や校正をずいぶんやったのですが、デザインには関わっていません。元は美大卒のデザイナーだったのだから残念ですが、何もかもするわけには行きません。市のため未来のためにボランティアで製作したのは「くにたちイタリア商店の会」です。お疲れ様でした。

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ルッカ紹介パンフレット

表紙は、ルッカの街中にある最も印象的なアンフィテアートロ広場を外から覗いた場面です。国立のマスコットキャラくにニャンも登場。国立を知っている人ならご存知の通り、国立って旧駅舎に異常に愛着のある人々が沢山いて、つまらない新駅ビルの前に旧駅舎を復元しているんですが、くにニャンはその駅舎を元にしたデザイン。ルッカと国立の市長同士が硬い握手。ルッカ市庁舎で撮影。

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Anfiteatro, Lucca

アンフィテアートロとは古代ローマの競技場のこと。観覧席を住居に立て直して住み続けたのは世界でも珍しい現象です。中世の姿を近世に再現しています。

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パンフ最初の見開き

最初の頁は、イタリア関係者なら誰でも知ってる超重鎮、西村暢夫大騎士(イタリア政府から授与された)が執筆。正直言って私だったら絶対書かない内容ですが、大騎士が日本とイタリアの橋渡しとして最初に貢献されたのは紛れもない事実ですし、大変人格者です。

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San Frediano, Lucca

日本では区別なく大聖堂って言いますが、イタリア語ではBasilica(バジリカ)です。この聖堂はルッカの歴史で最も重要な聖堂の一つですが、司教座聖堂ではありません。ただ聖堂好きならすぐ気付く通り、様式的に非常に珍しく、ファサードの巨大モザイクは大変印象的です。行く度に何枚も写真を撮っているのですが、お天気や時間によって印象がずいぶん違うのに、キリストはいつだってこちらを見つめています。

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パンフ次の見開き

次は音楽と美術の話。当然私は美術欄担当です。当初、ルッカのガイドブック的な内容を想定していたので、重要な美術館や施設の一言紹介を書きましたが、的を絞った記事にしてほしいと言われて、街のど真ん中に彫像がある最大の芸術家、チヴィターリの話を中心に、ロンゴバルド時代、ロマネスク時代からルネサンスへと、ルッカ美術を代表する作品を紹介しました。チヴィターリは繊細で優美な聖母の彫刻家ですが、私は斬首された洗礼者ヨハネの写真をすごく使いたかったのに、拒否されました。若い人には切られた首の方がウケたと思うんだけどな〜。でももちろんこの聖母子は最高です。マリアはなんだか仏教美術にも通じる達観した穏やかさを感じさせます。

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Matteo Civitali,Lucca

で食の話。大体この冊子の制作は商店の会がやっているのですが、食関係の人々が中心なので、私には食にスペースを割き過ぎに思えるけれど、大多数の人は食に関心が高いので自然かもしれないです。国立にはレストランも含め、イタリアの食材を扱うお店が沢山あるので是非どうぞ。

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パンフ3番目の見開き

ルッカで私が大好きなことは沢山ありますが、食に関しては、すぐ隣のフィレンツェと違って安い!美味しい!落ち着ける!こと。特にファッロを使った伝統料理はいつでも食べます。

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国立のイタリアン・レストラン、アルトパッショ

次は地理とか行事とか人口など基本情報頁。このページではずいぶん書いてるんだけど、編集サイドと意見が合わなくて大変でした。ルッカへの旅の一言案内みたいになってるのですが、ルッカへの行き方(どうやって行ったって好きにすればいいけどさ)なんか私には理解不能なんだもん。日本からヨーロッパの街へ行く時、とにかくヨーロッパの国へ入ってさえしまえば大丈夫。別にミラノかローマじゃなくても、ロンドンでもアムステルダムでも問題ない。そっからフィレンツェかピサへ飛んでもいいし、電車好きならパリから夜行で来るとか色々ある。とにかく安くしたい私はたいていモスクワ乗り換えです。言葉が心配でとてもそんなことはできないと言うなら、アリタリアで直ローマ(成田からは圧倒的にローマ便が多い)かミラノに着いて、あとは間違いなく急行電車でフィレンツェで降り、乗り換えてルッカ着。これしかないね。ジェノヴァとかを回ってきたいならピサから来る手がいい。フィレンツェもピサも近いし、あの辺は安全だからお金に余裕のある人は、車をチャーターして寄り道しながら来るのも最高。途中に高級温泉や綺麗な場所が沢山あるから。

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パンフ情報色々頁

私の愛するヴォルト・サントの祭典(ルミナーラ)とコスプレで世界でも有名なルッカ・コミックスの紹介の他、ルッカの達人たちがいろんな場所をお勧めしています。と言っても私以外の人は皆食関係(レストラン、お菓子屋さん、料理学園)だけど。

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Palazzo Mansi

私としてはお洒落なルッカを紹介したかったんだけど、全然できなかった。ルネサンス後期からある宝飾屋さんなんか、店構えもアール・ヌーヴォーの美だし、15世紀のネックレスとか平気でどんどん触らせてくれる!日本では考えられないことだらけ。若者向けの経済的なお店もまた良くて、ウィンドー・ディスプレーからして斬新だし、売ってるものもラインが綺麗でカッコいいんだ💕

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ルッカ司教座聖堂ファサード象嵌細工

ま、とっても小さな本に色々詰めないといけないから、載せられないことが沢山出ちゃうのは当然です。最後は、どうして国立とルッカが有効都市なの?っていうまともな内容。市長たちのメッセージで閉め。

 

手作り感満載の小さなパンフレットが、無駄に捨てられたりしないできちんと読んでもらえますように、これを読んで有効都市とか文化交流とか、ルッカの街とかいろんなことに興味を持ってくれる若い人が現れますように、心から願ってる。国立市民にお知り合いがいたら、ぜひ伝えてください。お願いします💖

 

【本】本を探すには?芸術家列伝

昨日、ペルジーノの日本語で入手できる本は展覧会資料くらいと書きました。今日Amazonで検索したところ、ブログを書く前は何冊もあったのに、もう1万円以上するコレクターアイテムしか残っていませんでした!!凄い!!!このブログを読んでくださった方が購入したに決まってるではありませんか。宣伝料ください〜😃

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Vasari

そこで他で検索したらまだまだあるので、諦めている人や今後の本探しのために紹介します。Amazon以外でも本を購入できるサイトはいくつもあります。友人はメルカリで格安で見つけるそうですが、私が日常的に使っているのは、日本全国の古本屋さんが登録している以下のサイトです。

www.kosho.or.jp

商業的に使いやすくなっていないので、写真もないし最低限の情報ですが、欲しい本が決まっていたら十分役に立つし、専門的な本になればなるほどAmazonより使えます。登録しなければなりませんが、あとは題名や作家を検索にかければ出てきます。最終的には個々の本屋さんとの取引なので送料など後から分かるなど、大型ネットショッピングよりちょっとは不便ですが、失敗したことはありません。ペルジーノも1000円から何冊も残っています。

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ジョルジョ・ヴァザーリ

次に本を買ったり借りたりする時、気にかけたい事を書きます。

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Le vite di piu' eccellenti architetti, pittori et scultori italiani, da Cimabue insino a tempi nostri

例えばジョルジョ・ヴァザーリは美術史を勉強する者にとって大変貴重な人物で、彼の書いた『最も優れたイタリア人建築家、画家、彫刻家たちの人生。チマブーエから我らの時代まで』は必読書です。イタリアでもさまざまな版がありますし、日本でも幾つか本が見つかります。

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美術家列伝

ところが邦訳では全てが読めるわけではありません。ごく一部の有名人だけ取り上げたものか、数冊で画家と彫刻家を紹介したものなどあります。

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ルネサンス彫刻家・建築家列伝

題名もオリジナルの長いタイトルではなく、「芸術家列伝」だったり「美術家列伝」だったり色々。

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芸術家列伝

知らないと、どれを選んでいいのか分からなかったり、たまたま手にしたのを読んで、全てだと思ってしまいがちです。オリジナルのイタリア版は非常に長く、初版には挿絵は全くありませんでした。画家毎に顔表紙をつけるようになったのは第二版以降で、その顔も全然似てない事がしばしばです。一人の画家の所に、関連として別の画家の話も結構出てきます。

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古書店にはさまざまなイタリア語版が

だからヴァザーリの「芸術家列伝」が読みたいと思ったら、ちょっと違う題名だけど同じ内容の本が結構あるとか、違った翻訳者のものがあるとか、何年に出版されたとかを考慮して選ぶ必要があります。翻訳は非常に時間を必要とするものですし、大変丁寧な注釈がついていたりすると、どうしても値段が上がってしまいます。

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Le vite

最近はダウンロードして読める本も多くなってきましたが、注釈を参照しながら注意深く読むには、まだ紙の本の方が集中しやすいでしょう。でもダウンロードしてしまえば検索がかけられるので、その点は非常に便利です。

とにかくAmazonにだけ頼って探すのはやめましょう。さまざまな検索方法と共に、読む方法は色々あります。どれだけ検索できるかは、その人の情報量と知識にかかっていますから、実力の一部と言えるでしょう。

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西洋美術館所蔵のヴァザーリ作品

最後に、買ったら安心して読まない人が少なくありません。買っただけで頭が良くなった気がするのは錯覚だから、とにかく読もう!たくさん読むには、速読の習慣をつけましょう。時間があれば、意識的に、考えながら深く意味をとって読むように心がけてみて。

 

 

【本】ルネサンスを知るために(美術)

都立大オープンユニヴァーシティ事務から連絡がありました。オンライン授業はコンピューターに抵抗がある人が多いのか、なかなか参加者が集まらず大苦戦を強いられている中、私の授業は既に沢山の応募があるそうです。一年半も都立大では授業ができず、もう少しで世捨て人のゲーマー(脱出しまくり!歴史建造物建てまくり!)になりそうな勢いでしたが、生徒になってくださる人たちに救われました。こんな、流行りも、ウケも無視した専門的なブログでも読んでくださる方が結構いて感謝に耐えません。ありがとう千回。グラツィエ・ミッレ!Grazie Mille!!

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Pinturicchio

で、授業の前に読んでおくと良い、ルネサンスに関心のある人に読んでほしい本の第三弾は、美術史の本です。ちゃんとした本屋さんへ行けば、何かしら一冊くらいはあるでしょうから、まずは手に入るものならなんでも良いのですが、何冊か挙げます。アマゾンでルネサンスと検索すると塩野七生著のルネサンスがたくさん出てきますが、あれは小説だということを忘れないで欲しいです。好きならとっかかりには良いと思いますが、NHK大河ドラマと同じでエンターテインメント。

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ルネサンスの美術

塚本博著『ルネサンスの美術』。「すぐわかる」とひらがなで書かれていることからも明白なように、手っ取り早く知りたい人、ゼロスタートの人向けには良いシリーズだと思いますし、この著者の本はもっと本格的なものもあるのでお勧めします。入手も簡単。

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イタリア・ルネサンス美術史

この図説シリーズも入門書として非常に役立つのではと思います。松浦弘明先生には、装丁は一般向けであっても内容は極めて本格的な著書もあります。

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西洋美術の歴史シリーズ

この本は上のような一般書ではありませんが、大学図書館にありそうな西洋美術史のシリーズものです。時代を追って分かれていますがルネサンスに関しては1、2とあるのでまず1からどうぞ。百科事典のようにできているので、気になる項目から読んでみるのも良いと思います。図書館は、基本的にどこでもリクエストできるはずです。この本はそれほど豪華本ではなく持ち運びもできるので借りられる可能性大です。

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イタリア・ルネサンスの巨匠たち

この本はイタリアで出版されているシリーズです。イタリア語オリジナルは安価ですが、日本語版は3880円、時にはコレクター値段で一万円以上!がついているので、やはり図書館にリクエストしてください。チマブーエからベルニーニまで30人の美術家が選ばれていますがボッティチェッリミケランジェロのような有名人は無理なく探せます。版が大きい上写真枚数が圧倒的に多く、一人で一冊ということもあり非常に観やすいので、私も沢山持っています。今回の都立大OUの授業に関係があるのは、ボッティチェッリ、ギルランダイオ、シニョレッリで、関連という意味ではフィリッポ・リッピ、フラ・アンジェリコラファエロ(シリーズに表記された名で記しました)辺りです。

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ペルジーノ展:甘美なる聖母の画家

今回の授業でもシスティーナ礼拝堂でも最も重要な画家であるペルジーノに関しては、日本語で読めるきちんとした本は見つかりませんでした。この2007年に損保ジャパンで行われた展覧会カタログが多分、彼に関する最も固まった資料です。大型本ですが安く入手できるので、好みならば入手したら良いでしょう。

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西洋美術史入門

西洋美術史の簡単な解説本はあちこちから結構出されているので、気に入ったものを一冊手に入れたらどうでしょうか。図版の大きさや文字など、自分に合ったものを選べば良いと思います。美術史の知識がもうあるというような人は、入門書ではなくもう少し踏み込んだものに。

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もう一つのルネサンス

岡田先生にはたくさんの著書があり、独特な視点のものから現代美術に至るまでありますが、この「もう一つのルネサンス」は初期の力作です。基本を読んだ後にどうぞ。

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ルネサンスの芸術家工房

この本は私の愛読書です。この本を読んで美術史をやりたいと思ったような本の一冊です。素晴らしい内容ですが、入門書ではないので歴史や美術をある程度知ってから読むべき。

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イタリア・ルネサンスの文化:ブルクハルト著

正直いって、私のブログを読んでくださっている方にはもうお分かりの通り、私は馬鹿らしいほど簡単な解説書が嫌いです。小学生ではあるまいし、大人なら漫画だけでできたルネサンス美術史とか、やめて頂きたい。だってどんなに簡単に解説するにしても、それほど簡単にはいかないはずなものを無理矢理簡単にしてしまうということは、真実をかなり捻じ曲げているということに他ならないからです。どんなにカタイ本でも、時には間違いもあるし、新たに判明した事実や、時代によって大方の研究者の見解が変わるなど、絶対正しいものはないけれど、無理に簡単にしようとした本よりは余程真実に近いはず。

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ルネサンス(クセジュ)

大体美術の本なのだから図版を一生懸命観る必要があり、それを手描きにして紹介するのも、私には馴染めない。漫画が大好きならば、上のような本に付け足して楽しんでください。

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イタリア絵画史:ロンギ著

簡単な本から始めました。最後の方、クセジュ文庫など、図版は既に知っているのを承知で、文章を読み込んでいくタイプです。クセジュは私の基本文庫で、ルネサンス絵画史もあります。ロベルト・ロンギはイタリアの美術史において大変有名な人なので一冊入れてみましたが、ルネサンスというよりイタリア絵画をどう捉えるかという内容です。本当はロンギ以外にもイタリア人の重要な美術史家は何人もいますが、ここで紹介したいような翻訳が無いのでこの辺で。

 

注)以前、オンライン授業は当日出席できなくてもいつでもみられると書きましたが、そうではなくて、授業当日から一週間以内だそうです。失礼しました。オンラインだろうが、とにかく授業が楽しみです🎨 

【本】ルネサンスを知るために(思想)

 日本ではルネサンスというとひたすら美術(絵画、彫刻、建築など)のように思われがちですが、音楽(オペラの発生や楽譜、楽器、楽曲の発展など)もあるし何より文学(詩、散文、小説、随筆、思想哲学など)があります。西洋の歴史を振り返るとき、日本と大いに異なるのは偉大なアジテーター(政治や社会問題の活動家)がいるかいないかということですが、アジテーターにとって非常に重要なことは言葉の力、いかに人心を掴む演説ができるかどうかということです。そしてそれは明確な思想あって初めてできることなのです。政権維持しか頭にない政府、質問に何も答えない質疑応答の無い国会が当たり前の日本とは正反対の、激論が交わされる世界です。学会もそうで、私のイタリア人の先生もたの教授と激論していました。自由な討論から新たな発想や思想が生まれるのです。ルネサンスも始まりは新たな思想運動でした。ウマニスタ(英語だとヒューマニストとなって、日本人には意味が違ってしまう。)と言われる人々、学究の徒が古代の文献を愛し、さまざまなことに興味を持って集まっては意見を交わしたのがルネサンスの源です。

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Ghirlandaio

フィレンツェの駅(S.M.N.)の目の前にある、極めてルネサンスらしいドメニコ会のサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂には、ルネサンスの思想に関連して必ず言及されるフレスコがあります。聖処女(マリアの少女時代)の物語場面にメディチ家の人々や当時の重要人物が立ち会っているのですが、その中に思想界の大物たちがいます。上図の左下にいる四人の人物は当時の人々に絶大な影響を与えたと言われる思想家(学者)たちです。彼らの主催するアカデミーにはボッティチェッリミケランジェロが熱心に通い、「春」や「ビーナスの誕生」などはそこから生まれたと言われています。後援するのはメディチ家です。

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Ghirlandaio, S.M.Novella

一方ヴァチカン図書館やルネサンス教皇について話す時、必ず引っ張り出される絵はメロッツォ・ダ・フォルリの下の図です。システィーナ礼拝堂の名は、右端に座す教皇シクストゥス四世から来たもの。遠近法といい建築様式といい、まさにルネサンスな作品ですが、後のユリウス二世やパッツィ家の陰謀の首謀者たちが描かれていることでも大変知られた作品です。しかし、ここではこの絵の主人公である初代ヴァチカン図書館長となった紺のマントで跪くプラティーナに注目しましょう。彼も偉大な人文主義者(ウマニスタ)でした。ヨーロッパ史上初めて美食についての本を書きました。要するにルネサンスとは、それまで関心を持たれなかったり無視されてきた様々な分野について広く興味を持ち、新たな価値を与え、研究することから生まれたのです。

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Melozzo da Forli

ルネサンス人文主義者の肖像作品として最高なのはラッファエッロ描くインギラーミです。教皇庁で若い時から尊敬されたウマニスタでした。彼の要望の負の要素である激しい斜視をそのまま描いています。しかしそれでもこの人物に対するラッファエッロの尊敬の念が観る者に伝わるような、威厳のある素晴らしい肖像画です。

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Raffaello

ここまできてやっと本の紹介をしたいと思うのですが、思想については美術史や一般的な歴史と違って問題があります。思想(哲学もしくは神学も同時に考えなくてはなりません)とは、言葉を基本に考えるものです。特にルネサンス当時は言葉を無視した思想など考えられない時代です。となると根本的に言語体系の違う日本人にどこまで理解できるのかという問題が起こります。加えてほとんどの日本人は、普段全くと言っていいほど思想(哲学)に馴染んでいません。思想は日常生活をただ生きるのとは違った頭の使い方をするものですから、慣れが必要です。ソシュールでもデリダでもウィトゲンシュタインでもいいし、ニーチェとかカントでもいいし、ソクラテスアリストテレスでも構わないので何かちょっと読んでみたらどうでしょうか。私が上記の人たちの思想を分かっているとは決して言いません。ただどんなものか多少は知っているし、解説書なども読んでいます。ルネサンスについてというならば、クリステラーの『ルネサンスの思想』がありますが、どうみても読みにくいと思うのでそれより「西洋思想史」「西洋哲学史」などのルネサンス頃の項目をまず読んではどうでしょうか。思想(哲学)は馴染めば、これほど面白いものはないほど面白いと思う人もいると、私は思います。

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ピーター・バーク著

ロンドンのナショナル・ギャラリーが誇るカルロ・クリヴェッリの受胎告知が表紙になっている「イタリア・ルネサンスの文化と社会」、このブログの最初に言及したギルランダイオのフレスコがある、フィレンツェサンタ・マリア・ノヴェッラが表紙になった「イタリア・ルネサンスへの招待ーその歴史的背景」などはルネサンスについて知りたい人が読む最初の本です。

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デニス・ヘイ著

ルネサンス辞典」も何冊かありますが、一般の人が購入するには金額がはるので図書館で読みましょう。貸してくれないと思うので。

いずれも最近の本ではありませんが、内容の濃い真面目なものです。最近の本は基本的にバカっぽく子供騙しのような内容の薄いものか、もしくは新しい研究でも限られた内容に焦点を絞ったものが多く、全体像を把握できるものとして上記をお勧めします。ルネサンスについて多少知った人ならブルクハルトの「イタリア・ルネサンス」を読んだかもしれません。今から見ると間違った解釈など所々ありますがルネサンス研究の源になった一冊です。

 

次は美術の本を紹介しようと思うのですが、ブルクハルトは美術史で紹介しようかと考えていました。

 

【本】ルネサンスを知るために(歴史)

いよいよ4月からひっさしぶりに西洋美術史の講座が始まります。

システィーナ礼拝堂の図像探求 2111J005 東京都立大学オープンユニバーシティー

講座については日時、申し込み、など上のサイトを見てください。

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Perugino

システィーナ礼拝堂の図像探究】というタイトルで行うのですが、全く知識ゼロ状態の人には専門的に感じるかもしれないし、以前から私の講座に参加してくださっている方でも、久しぶりで忘れてしまったところもあると思うので、始まる前に読んでおくといい本を紹介します。

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ルネサンスの歴史

ルネサンスの歴史』上下

モンタネッリ、ジェルヴァーゾ 著

藤沢道郎 訳

書店やネットで入手しやすいし、読みやすいのでぜひお勧めします。右の大きいのはオリジナル、文字が大きいけどもう残ってるかどうか・・。文庫版は探せば必ず入手できます。一般書ですが本を読み慣れていないと多少難しく感じるかもしれません。しかし大変良い内容なので、文意をよく汲み取りながら読んでください。細かなところで最新の研究とは違った記述もありますが、それは常に起こること。

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物語イタリアの歴史

『物語イタリアの歴史』Ⅰ、2

藤沢道郎 著

中公新書の「物語・・・の歴史」シリーズの第一弾はイタリアの歴史です。これは古代ローマ帝国崩壊からイタリア統一までの歴史を、時代を象徴する重要な人物を主人公に描いた短編集です。藤沢道郎先生の文章力や構想力、何より思想が明確な素晴らしい内容です。一つ一つの物語は短いので、本格的な読書が苦手な人でも入りやすいと思います。

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メジチ家はなぜ栄えたか

メディチ家はなぜ栄えたか』

藤沢道郎 著

この本は上記の本と違い入手が困難と思われますので、図書館を利用することをお勧めします。大体勉強と図書館は切り離せません。図書館を最大限に利用しましょう。上記がイタリアやルネサンスの歴史を外観しているのに対し、この本はメディチ家、しかもその起こりに焦点を当てて書かれたもので、多少専門的です。しかしルネサンスメディチは切っても切れない仲、何がなんでも出てくるのでルネサンスについて知りたいと思っているのなら興味深く読めるでしょう。

 

メディチ家に関してはさまざまな本があります。写真と図説でできた文字の少ないものから研究論文のようなものまで色々です。図書館や大型の書店へ行って読めそうなのを手にして下さい。

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メディチ家の人びと

ルネサンスと名のついた書籍は非常に多く、会田雄次の「ルネサンス」のように、今ではかなり苦しい内容のものもありますが、ある意味で昔の本は感動的で小説のように読めるので面白いかもしれません。余裕のある人はできるだけたくさん読んだらいいと思います。時代によって変化したところや、著者の解釈や価値観の違いなどに気づくのは重要なことです。

 

フィレンツェに関する書籍もかなりあります。全く本が苦手な人(そういう人で勉強しようという人は珍しいとは思うけど)はフィレンツェの写真集のような本も手軽に入手できるので探してみて下さい。

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フィレンツェ美術散歩

授業に参加しない人でも、ルネサンスに関心のある人、ヨーロッパ史や世界史に関心のある人はぜひどうぞ。参加される方には、事前に読んでおかれることを強くお勧めします。授業の面白さ、理解の度合いがまるで違うでしょう。

【講座】ローマ、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂を取り上げるよ!

都立大オープンユニバーシティでは、もう1年以上講義できていなくて本当に寂しかったんだけど、やっとオンラインで授業ができるようになりました。春からの講座ではその時出席できなくても、アーカイブで閲覧できる(予定)ので対面の時より便利!西洋美術に関心のある人はぜひ参加よろしくお願いします!!

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システィーナ礼拝堂

日時:4月10日〜7月3日(土曜日)13:00~14:30 

参加費:¥25,200(全10回)多少人によって違うので詳細は以下の大学公式ページを見て下さい。

内容:西洋美術史。今期はイタリア、ローマにあるヴァチカン市国内システィーナ礼拝堂壁画を取り上げます。

www.ou.tmu.ac.jp

西洋美術やイタリア旅行、西洋史に興味があれば、ローマやヴァチカンのことは当然聞いたことがあるはず。中でもシスティーナ礼拝堂ミケランジェロの壁画修復に日本が貢献したこともあって、最大の見所として知られています。ルネサンスの歴史や美術と深く結びついた場所なので、ルネサンスとは何か、宗教改革によってどのように思想や芸術は変化するのかなど、いくらでも深く掘り下げることができる場でもあります。

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システィーナ礼拝堂、身廊壁画

というわけで10回ではとても話しきれませんので、システィーナ礼拝堂建立初期から時代を追って見てゆきます。西洋美術史上最大の芸術家ミケランジェロの登場はこの後の講義(夏講座)になる予定です。な〜んだ、と思うのは早過ぎます。もし貴方が美術好きなら、むしろ初期の方が大勢の芸術家の素晴らしい作品に出会えて楽しいはず。具体的には、礼拝堂の両サイド(身廊)に描かれた聖書の場面を詳述します。

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Perugino キリストからペテロへの鍵の授与

常に絵画の模範であり続けたラッファエッロの師匠ペルジーノにはじまり、日本にもファンの多いボッティチェッリなど、ルネサンスが最も華やかだった頃の美術を一緒に堪能しましょう。しかし単に絵画の美しさを愛でるのではなく、非常に珍しい内容の絵が多く、それは何故なのかという謎解きをしてゆきます。当時の歴史、政治や思想も全く抜きにはできません。何故ならヴァチカン(教皇庁)は当時、今よりずっと広大で一国であり、全キリスト教徒の首都として、権力、経済力、何より最高の文化程度を誇った場所だったから。

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Botticelli ジェトロの娘たち(部分)

初めての人は高く感じますよね。でも1時間半で2500円です。何も知らない事を知りたい時は一回講座が良いと思うけど、もし勉強したいとか、ちょっと詳しくなりたいと思っていたら、月に一、二回じゃ忘れちゃうから逆に無駄。語学ができるようにならないのは、週に一回とかしか勉強しないからでしょ?できるだけ間隔を開けないでやることで初めて身につくのです。語学に比べれば美術と歴史だし、絵を見て話を聞くだけなので緊張しないでできます。でも話の内容は盛り沢山で、知識は積み重なるほど楽しいので毎週続けることが重要なのです。

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Cosimo Rosselli 最後の晩餐、磔刑など

以前からずっと受講してくださってる方に再び会えるのを心から楽しみにしていますが、初めてのオンライン講座なので新たな参加者に出会えることを期待しています。1日も早く、直接お目にかかりたいですが、オンラインの方が、もしその日時が都合が悪くても後から授業を見られるので気が楽でもあります。講座の申し込みはもう始まっているので、ぜひよろしく💕

上の大学ホームページから申し込みお願いします。💌

 

【海外ドラマ】今頃やっと「ブレイキングバッド」完走!やれやれ

もう何回目か忘れたけど、何度もトライしてやっと完走。私は圧倒的に海外ドラマファンでいっぱい見てるけど、DVDとか録画とかで溜めて見ない主義で、仕事が忙しかった時はつい抜けちゃったのが、コロナのおかげで完全制覇できました。(良いんだか?)だって「ブレイキングバッド」は一話完結物じゃなくて抜けるとわかんなくなっちゃうし、「LOST」や「ヒーローズ」なんかと違って前に出てきた話、あれはどうなったの?前に違うこと言ってたよね?みたいなツッコミがほとんど出来ない、すっごく練られた脚本で、しかも時々時間が前後するから絶対きちんとみないとダメなタイプだったから、やっと今頃完全制覇。そんなに入れ込むこととも思えないけど、ドラマの歴史を塗り替えた、受賞に受賞をしまくったドラマだし、主演の役者たちも連続して演技の賞をもらってるからさ。

「ブレイキングバッド」については、いろんなサイトがあるから内容に関してはそっちをみてね。上のファンサイトは公式サイトより凄いの!

壮絶な受賞歴など一目瞭然のウィキ。あまりに評価が高過ぎて「つまんない」って人の書き込みも結構あるけど、私にはやっぱりかなりかなり面白かった。演技はほんと凄い。迫力の演技で連続助演男優賞のアーロン・ポールは、小柄で可愛い顔してるのに散々ボコボコにされて何度もひどい顔になるんだけど、ミュージックヴィデオでもすでにそんな役をやってる。ドラマが始まった当初はまだ少年っぽさが残っていたけど終わりにはすっかり大人になっちゃって時間の経過を感じます。可愛い系で売り出した男優って年取ると悲しい人も多いけど、彼は演技力がすごいから今後も絶対期待できるな〜と思うけど、インタヴューで、あまりにジェシー(ブレイキングバッドの中の役)が複雑で魅力的な役で脚本が良かったから、あとはひたすら下り坂。っていうようなこと言ってた。でもそれだけジェシーの役が最高で作品が良かったから、下り坂でも嬉しいっていうようなコメントもなかなか。

癖の強烈な役柄ばかりでいろんな俳優さんが気になるけど、主演のウォルターの息子役RJミッテは本当に脳性麻痺なんだって。あまりに真実に迫ってるからそうかなと思ったけど、役柄よりは軽度だっていうけど、凄い努力の人で様々な障害者支援に関わってる。若いのに偉いな〜。とんでもないろくでなしや極悪人みたいな人ばかりに囲まれて唯一健全なほっとできる役柄でした。こういう素直でまともな良い人もいないと困るよねーって。出演時間の割にとっても存在感のある良い役だった。大ブレイクしたから今はモデルとか、色々かっこいい彼を観られます。

アメリカ的な麻薬捜査官役のノリスは、私にとってはお馴染みの俳優さんであっちこっちで見てる。90年代に大ブレイクした、人造人間みたいな体のパメラ・アンダーソンが主演のド派手なドラマ「VIP」は、馬鹿馬鹿しい明るさと衣装で好きなんだけど、最初の本格悪役がノリスなの。軍人役が似合う。で、もっとびっくりなのは「VIP」は高級警備会社なんだけど、社長役がブレイキングバッドの主役ブライアン・クランストン!女好きの元アクションスターで今はセレブ御用達の警備会社の社長、でも脱税容疑で有り金持ち逃げ。面白おかしいとんでもない役で二度と出てこない。クランストンはとにかく圧倒的な高い評価を得まくって、実力派俳優って言われる人たちからも絶賛されてるけど、すごく面白い人らしい。

初めて日本で放送が決まった時、凄い評判だったけど乗り気がしなかったのは、なぜかっていうと、どーして「おじさんのブリーフ姿」何度も見なきゃならないの?素っ裸も得意だし、可愛いジェシーはトイレに落っこったり、ヘドロまみれだったり、とにかく汚いのが結構ついていけなかった。でも見出すとほんとによく出来てるのにびっくり。演出と脚本がこれ以上無いほどプロっぽい。音楽の選び方とかカメラワークとか、物語とは無関係に挿入される象徴的な映像(ピンクのテディ・ベア初めメキシコの音楽やフライドチキンの宣伝とか殺し屋兄弟とか)とにかくおかしくカッコいい!!

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元ダメ生徒のジェシーと化学の先生ウォルター・ホワイト

音楽も独特でちょっとしたMTVみたいなのが挿入されたり、印象的な場面で歌ったり。知ってる曲も知らない曲もあったけどいい感じで、あのすっとぼけたぼよ〜んとしたタイトルメロディーも個性があった。特にラストでの音楽の占める重要性は大きくて、歌いたくなっちゃった。

主人公ウォルター・ホワイトの妻スカイラー役を演じたアンナ・ガンは殺人予告までされて、対策取らないといけない程だったんだって。信じられない。妻スカイラーはめちゃくちゃ嫌われてたらしい。役者と物語の登場人物の区別がつかない人が世界中にそんなにいるってことがビックリだけど、私はスカイラーが好きだったしアンナ・ガンもゴージャスで大好きだったのに、両方でびっくりした。大体スカイラーが嫌いな人は「女のくせに亭主に楯突くとは何事だ」とか考えていそうな低脳な人だというのは分かるんだけど、女性でそういう人がいるのがつくづく残念。あと私は結構太ってた時のスカイラーがセクシーで好きです。

スカイラーが嫌われたのに対して主人公のウォルターはウルトラ人気があった。すぐブリーフ姿になりたがるシワクチャのおじさんにも関わらず、大したもんだ。子供を可愛がる優しいお父さん、つまらなそうな高校生を前にした冴えない化学の先生、天才的麻薬製作者の顔を完全に使い分けた大熱演で、あの低くて渋い声は魅力的だった。声といえばジェシーも小柄ながら結構低めのハスキーな声で、見た目に加えて彼を魅力的にしてる。

結局、脚本家で製作者のヴィンス・ギリガンが才能があるんだろうけど、過去の有名な大監督と言われる人々と違って全然偉そうじゃないのが凄い。ここではブレーキングバッド誕生秘話みたいのを話してる。スピンオフって全然つまんないやつとか、本家より面白いのとかあるけど、ブレイキングバッドにはスピンオフもたくさんあって、軽薄コテコテ強烈弁護士「ベター・コール・ソウル」も大人気だし、ジェシーを主人公にした映画「エル・カミーノ」も評価されてる。トッドが太りすぎなのが、もうちょっとなんとかならないのかと、人のことはとてもいえない私でも思うけど。彼は俳優なんだからさ。

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アメリカとメキシコの境アルバカーキの景色がキマってる

感想の最後。末期癌に犯された真面目な男の大転落の話。ていうようなことが書いてあるけど、私が思ったのは「人間の自己正当化」がテーマだということ。ウォルターは自分の死後、家族が困らない(大金残す)ために強烈な麻薬を造っている、と最後の最後まで言うけれど、ラストで実は自分のためだったと告白する。家族のためなら何をしてもいいのか?国を守るためなら他の国を侵略してもいいのか?生き残るためには何人殺してもいいのか?とかアメリカのドラマや映画を見て、よく納得いかないのがその点なんだけど、ブレイキングバッドは、何をしても良くはない、と言うことを明確にした真面目なドラマだった。それでいて最後の歌が示しているように、愛すること(ウォルターの場合ブルーメスを作ること)は止められない、って人間の逆らい難いサガが共感を呼んだんじゃ無いかな〜。お付き合いありがとうございます。面白いよ、本当に。暇だったら見て。

【本】国立と銀杏書房、絵本の紹介

国立はクニタチと読みます。知らないとコクリツと読んでしまうのですが、住人にとってはコクリツがクニタチに見えてしまう程です。東京の中央線、国分寺と立川の間だから国立という味もそっけもない名前なのですが、街はとても良い街です。というか良い街でした。一橋大学を中心に発展した文教都市で、駅前にパチンコ屋や風俗店のない「住みたい街」の上位に来る街として知られていました。

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1.Tiepolo by Daniel Kiecol

私は国立生まれではありませんが、小学生時代から国立が最寄駅です。海外も含めあちこちに引っ越しましたが戻ってきました。だから国立駅周辺は私の最も馴染んだ場所で愛着があります。

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2.The Vinegar works by Edward Gorey

国立が素敵な町だった大きな理由は、日本では珍しい駅から伸びるまっすぐな大通りを中心とした都市計画と、そこに並ぶお店が個性的だったことです。

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3.Henri's walk to Paris,illustrated by Saul Bass, story by Leonore Klein

世界中のタバコやパイプ、ライターのコレクションがある専門店が、郵便局になりました。郵便局は必要ですが、他の場所にあったし、これから郵便局の時代とも思えないのに、合理的などこにでもあるつまらないプレハブに毛の生えたような建物になりました。タバコ屋さんの時は前を通るだけで、色とりどりのデザインが楽しめて小さな博物館みたいだったのに。今は全く吸いませんが、色んな国の変わった匂いのタバコを買ったものです。

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4.Tueseday by Devid Wiesner

何軒もあったレコード屋さんは、クラシック中心のアポロを除いてとっくの昔に無くなりました。流行とは無関係な欧米のロックやSSR(シンガーソングライター)ものはどれだけ買ったかわかりません。

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5.One City,Two Brothers-A story from Jerusalem by Chris Smith & Aurelia Fronty

レストランや喫茶店も個性的なお店がたくさんありました。金髪ロン毛のお爺さんマスターがいた邪宗門は最高でしたが、打ち捨てられています。なんとかロージナには残って欲しい。

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6.Crocodile Crocodile by Peter Nickle

装飾品関係のお店も随分少なくなりました。ランプや時計などの本格的なアンティークやフランスやアメリカの古着、そんなものにも散財しました。

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7.The boy who bit Picasso by Antony Penrose

100円ショップやコンビニ、飲食店も洋服屋さんも何でもかんでもチェーン店。個性など無い決まりきったお店が私はどうしても好きになれません。仕方なく使うこともあるけれど、日本中の多くの街が似たり寄ったりで、機能性と経済効果しか考えない殺伐とした(私にはそう見える)街になっていく。国立にはヨーロッパの美しい街並みをどこか連想させるものがあったのに、それも過去の話になろうとしているのが本当に残念です。イタリアのルッカ市と姉妹都市提携するためのお手伝いをしている最中なので、益々ルッカの美しさを思い浮かべてしまいます。文化都市を謳っている国立なのに・・。

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7.Under the windou by Kate Greenaway

個性的なお店がどんどん無くなって行く中、ついに最も愛する銀杏書房まで今月末で閉店が決まってしまいました。銀杏書房は文化都市国立のまさにシンボルでした。本当に悲しい。え〜ん😭 

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8.Der Struwwelpeter by Heinrich Hoffmann

そんなわけで、思い入れたっぷりの銀杏書房で、収入激減にも関わらず有り金はたく勢いで買ってしまった最近の本も含めて、とっても素敵な本たちを紹介します。

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9.Happy Birthday,words by Andrea Beaty, pictures by David Roberts

贈り物によくここで絵本を買いました。昨日もイタリア語の生徒さんの赤ちゃんにピーターラビットと猫のトムを買いました。赤ちゃん用の厚紙で型抜き。彼女は英語も好きなので読んであげてくれるに違いありません。

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10.The tale of Little Pig Robinson by Beatrix Potter

ピーターラビットは私にとって初めての英語勉強の購読本です。しかも何故かピーターではなく小豚のロビンソンのお話。小学生の時に父が選んだのですが、何故だろう?10才にもならない普通の日本人の子供に、いきなり難しいに決まってると思わなかったのか不思議です。昨日買った幼児向けの文字数の少ない本ではなく、ふっつーの本です。大体日本語で言われてもわからない言葉だらけ(船用語とか)が沢山あって、珍紛漢紛でした。

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8.Der Struwwelpeter by Heinrich Hoffmann

自分で買えるようになってからは、ビクトリアン・スタイルのシールとかドールハウスを切り抜いて作ったり、モリスやアール・ヌーヴォーアール・デコのスタイル・ブックを参考に絵を描いたり刺繍したりしました。カントリー・スタイルのキルトやフラワー・ムーブメントのリフォーム・ファッション、ヴォーグのデザインやストリート・アートなどの写真集も好きで、ジーンズに絵を描いたりスパンコールや反戦マークを貼り付けたりしたものです。正直今でもやりたい気分💖

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11.アールヌーボー・デザインブック

歴史的に有名な絵本に一時凝ったので、色々集めました。世界で初めての絵本と言われる「もじゃもじゃペーター」(図8)など、オリジナルのドイツ語版だったのに入手。日本語を勉強しているドイツ人に教えてもらったのですが、彼の日本語もかなり怪しく読めませんでした。印象的だったのは「黒人」を彼はクロヒトと言いはって、いくらコクジンと読むと言っても一歩も引かず頑迷なドイツ人の印象を私に与えました。でも怖いのは分かった。そういえば日本の昔話も怖いですよね。昔は世界が怖かったんだろうな。問題になったカルピスのロゴマークも思い出す「ちびくろサンボ」は大好きな絵本で、オリジナルの、全然可愛くない絵のも持っています。あの話が差別だからいけないと言って抹殺されてしまうのは悲しい。少年は可愛いしお母さんのパンケーキは凄く美味しそうなのに、差別なんでしょうか?ハラスメント問題の難しさを感じます。ハンプティ・ダンプティはじめマザーグースがいかに不思議な内容か知ったのも銀杏書房で買ったからです。これには谷川俊太郎の訳があったので参考にして読みました。

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12.Where the wild thing are by Maurice Sendak

今ではTシャツ・ブランドのグラニフでも買えるほど有名ですが、センダクのWhere The Wild Thing Are(図12)もあそこで知りました。邦訳は「怪獣たちのいるところ」ですが、残念ながら全く本来の題名が持っている雰囲気が失われてしまっています。映画の方がワイルド感が凄いです。「小さなお家」や「素敵な三人組」、エリック・カールなど、グラニフは素敵な絵本を他にも使っています。安いしね。

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6.Crocodile Crocodile by Peter Nickle

絵やデザインが何より好きなので、知らない本でも一眼で気に入ったものも少なくありません。ミュンヘンの作家ペーター・ニクル(図6)には一目惚れしました。「クロコダイル・クロコダイル」が有名ですが、これもドイツ語版しかなかったので英語版を待たずに入手。シュールレアリスムと御伽噺が合体した夢の風景のような絵本です。非常に丁寧な筆裁き、沈んだ青系の色彩に差し色のピンクが映えること!幾つかの場面は複製しましたし、カレンダーやポストカードも大事に持っています。素敵すぎて使えないの。模写したといえばケイト・グリーナウェイの絵もずいぶんやりました。彼女の絵は素直に可愛いので、これをもうちょっと平凡にしたようなイラストレイターはよくいます。グリーナウェイはそれなりに有名なので展覧会に出たり、今でも絵本が出ていますが、私の持ってる版の装丁がかっこいいのです(図7)。本にはやはり装丁も非常に重要で、日本語版では装丁やデザインが急にダサくなることがよくあって、何故なのか悩みます。銀杏書房には革のアール・ヌーヴォー時代の高価な装丁本も沢山あって、イギリスの独特な芸術家ウィリアム・ブレイクの本などもあります。


ブレイクは(歴史的には)数少ないイギリス人芸術家ですが、銀杏書房は美術書(図1)も必ず置いてあって、しかも大型の本屋にある専門書の重くて高いのと違って、薄っぺらいペーパーバック系のものからあり親しみやすいのも本当によかった。最も気軽に買えるシリーズはドーヴァーです。

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13.Great Anatomical Drawings by Masters

ドーヴァー・シリーズ(図13)は色々と知りたいのにお金の無い人間には、ありがたい友です。美術関係、歴史系、デザインやボタニカル・アートのような趣味のものなど様々な内容があってCD付きだったりします。その上1000円前後のものからあるので散々お世話になりました。ルネサンス期のヴェサリウスというパドヴァで活躍した有名な解剖学者の本は、学術書にも関わらず非常にデザイン的で素晴らしいイラスト付きだったので一世を風靡しました。骸骨が不思議な風景を背景に悩んでいたり、喜んでいたりして異様で、多少気持ち悪くもあるけれどおかしくもある、そんな彼の本は銀杏書房でも大ヒットだったそうです。

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2.The Vinegar works by Edward Gorey

骸骨といえば、私が銀杏で買った最も高い本の一つがエドワード・ゴーレイの「ヴィネガー・ワークス」です。1963年の七冊入りのボックスで、アメリカのサイトで899ドルで売っているのを見ました。ばらで一冊1万円くらいのもあった。凄っくおまけしてもらったよ〜!嬉しい!!以下ウィキからゴーレイ(ゴーリーとも)の紹介記事を掲載します。

「絵本という体裁でありながら、道徳や倫理観を冷徹に押しやったナンセンスな、あるいは残酷で不条理に満ちた世界観と、徹底して韻を踏んだ言語表現で醸し出される深い寓意性、そしてごく細い線で執拗に描かれたモノクロームの質感のイラストにおける高い芸術性が、「大人のための絵本」として世界各国で熱心な称賛と支持を受けている。また、幻想的な作風とアナグラムを用いたペンネームを幾つも使い分けて私家版を出版したことから、多くの熱狂的なコレクターを生み出している。」さらなる説明は以下で

というような人なのだ!この人も銀杏書房で知った。今まで高くて買えなかったけど、ついに閉店ということで思い切って買いました。信じ難く負けてくれたし、内容も期待以上でした。明日にでもまた銀杏書房へ行って、取材ついでに喜びを伝えて来ます🌟

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2.The Vinegar works,The Gashlycrumb Tinies by Edward Gorey

上の骸骨が傘をさしている作品は「ギャシュリークラムのちびっ子たち」という訳で作家が亡くなった後、初めて出た邦訳がある作品。アルファベット順に「Aは・・・Bは・・・」というリズムをつけた昔ながらの定番様式に則ってはいるものの、内容が普通じゃない。訳は確かに頑張っているものの、オリジナルの淡々とした怖さが薄れている感じです。隣の黒っぽい表紙のは「中国のオベリスク」という題名でやはりアルファベット・ブック。先のが子供だったのに対して今度は主人公は男性一人、でもやっぱり死んじゃう。

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2.The Vinegar works, The Evil Garden by Edward Gorey

彼は、不条理な残酷な結末の物語を音楽的な言葉でもって紡ぎ出すのが得意なんだけれど、絵だけの不思議な物語も得意。????????なんだけど自分で色々と想像して解釈を作る。黒一色のか細い線のクセに、妙に存在感があって空間を感じさせる。B級SF映画の芸術版みたいだったりもする。

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2.The Vinegar works, The Evil Garden by Edward Gorey

私の買った作品はスイスにあったみたいで、チューリッヒのマニアックな図書館(だと思う)宛のハガキも入っています。調べたてみたら今もシンプルでかっこいいウェブサイトがありました。ゴーレイは今でも世界中に大ファンがいる才能のある人なのに、生涯猫と暮らしました。第二次対戦中に毒ガスなどの研究所で働かされたせいもあるかも知れません。戦争反対!例え夢物語と言われようが、武器商人がこの世から消えてくれる事を祈ります。

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9.Happy Birthday Madame Chapeau,words by Andrea Beaty, pictures by David Roberts

暗澹たる作品から可愛くて綺麗な作品へ。例えば渋谷のクレヨンハウスのように、子供の本や絵本を集めているところは、日本にも多くはないですがあります。でも銀杏書房のように大人の絵本作品に出会えるところは滅多にありません。しかも神保町の専門店より安くてセンス抜群! お洒落でデザインを学べる、飾りたくなるような頁の本。

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3.Henri's walk to Paris,illustrated by Saul Bass, story by Leonore Klein

「ヘンリーはパリへ歩く」はシルクスクリーンのような質感を持つ、美術作品絵本です。1頁1頁が異なった色彩とデザインで、とてもネットでは再現できない美しさ。漫画やアニメには決してできない美の世界です。日本人にとっては、この手のものは英語の勉強になるというよりカッコいい写真集同様目に麗しいものですが、それでも少ない文字数でも言葉と絵が響き合うのが絵本ですから、やはり読めた方がいいですよね。その点、ドイツ語が読めない私には何冊も残念な本があります。

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4.Tueseday by Devid Wiesner

 僅かな文字数で何度も受賞しているディヴィッド・ワィズナーの本では、なんといってもこの「火曜日」が最高。アメリカの良さが現れたような、親しみやすく明るい職人的な描き方は天才イラストレイター、ノーマン・ロックウェルの影響がまだ残っているのを感じます。絵本に与えられるコールデコット受賞作品は必ず何冊かは置いてあって、「星からの(キラキラ輝く)使者、ガリレオ」は、イタリア美術を仕事にしている私ですから、迷う事なく買いました。この頁、フィレンツェの夜、塔に唯一の灯りが見え、その中に小さな人影が。よく見ると望遠鏡で観察している姿と分かります。

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14.Starry Messenger-Galileo Galilei by Peter Sis

美術的な質が高く、言葉の勉強になり、しかも一般教養も身につく絵本を私はいつも求めていました。ところが中々こういう本はありません。子供を馬鹿にしているのか、もしくは子供に教養がつくと操れなくなるからまずいと思って、一億総白痴化政策の一環なのかとさえ思ってしまうほど、良い本はありません。このガリレオの本はそういった物を全て持った本です。近代化学の父といわれる人物の簡単な伝記ですが、地理の他「落下の法則」など彼の発明と同時に一般知識、さらには宗教裁判などの歴史にも触れられるのだから。絵もとっても素敵ですが、短く数学や化学の法則の説明もあり。その上凄く安い。

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14.Starry Messenger-Galileo Galilei by Peter Sis

自分が語学を勉強するのに、多読が絶対だからと思ってレベル別ペンギン・ブックスなど色々読みましたが、日常生活の話や簡単な推理小説などよりこういう本が欲しかったのです。そういえば英語の勉強に銀杏書房で買った本の中に、セサミストリートの百科事典がありました。ずっと前に友人の子にあげてしまったけれどあれは役に立ちました。とても書ききれないので、この辺で。

 

 

【本・美術】ヒトラー強盗美術館

題名:ヒトラー強盗美術館

著者:デヴィッド・ロクサン、ケン・ウォンストール

訳者:永井淳

出版:1968年 月刊ペン社

 

めちゃくちゃ古い本です。勿論古いのが悪いという気はサラサラありません。珍しい内容なので手に取りました。西洋美術の歴史の一頁であり、ナチの歴史の一幕でもあります。ヒットラーの史上稀に見る複雑な性格の実例ともいえそうです。

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1936年のナチのポスター

米軍戦略事務局に、ナチにより略奪された美術品の捜査班が組織され、三つの膨大な報告書(ヒットラー・コレクション、ゲーリング・コレクション、ナチの公認略奪組織ローゼンベルグ機関)となり50部弱がコピーされ「極秘」資料となった。著者たちはワシントンの国立記録保管所の資料の一部を入手した。彼らの入手でこの資料の「極秘」扱いは取り消されたが、他の尋問報告書など多くが未開示のままアメリ国務省に隠されている。怪しい!というような内容で始まります。

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ナチのオリンピック

我々は野蛮人であり、野蛮人たることを希望する。

それは名誉ある呼称である。

アドルフ・ヒトラー

 

最初は、ヒトラーの自伝「我が闘争」に書かれた内容に反して、彼は裕福な社会的地位のある家のダメボン(バカボンじゃなく)だった話から始まる。優秀だったのは小学校時代だけであとは急降下、ついに中学も卒業できず、美術学校も絵では入れず、なんとか建築科に滑り込んだけど中退。病気で死にそうな母親を見捨て、徴兵忌避を狙ってウィーンやミュンヘンで遊びまわり、自作の水彩画を売って暮らすもいよいよ一文無しに・・・。知らなかったのはめちゃくちゃ運動神経がいいってこと。体育だけは常に抜群だったらしい。そーいえばファシズムの開祖ムッソリーニも民衆の前で派手に運動するのが大好きだった。上半身裸で乗馬とか水泳とかね。なんかプーチン思い出す。大体権力者はやたらオリンピックをやりたがる。ほとんどの日本人は現在その最大の被害者だから、この本はタイムリーな気もします。

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ヒトラーの水彩画

世界大戦の基本知識は当然あったほうがいいし、最低限の歴史の知識はあるべきだと思うのだけど、一応何も知らなくても読めるようにできてます。ナチはリーフェンシュタールの「民族の祭典」(オリンピック映画)が代表するように、非常に美術に力を入れたので有名です。服飾史でも軍服のデザインのカッコよさに定評があるし、何よりあのハーケンクロイツ(鉤十字)は印象的。それらはヒトラーが美術に執着したことと無関係ではあり得ない。彼は故郷リンツを世界最高峰の文化都市とすべく情熱を注いだのですが、その中心は世界一の博物館で、中でも絵画を蒐集しました。これはそのことに的を絞った本です。本の原題はThe Jackdaw of Linz-The Story of Hitler's art Theftsで、リンツの小鴉(ヨーロッパのおしゃべりな小型のカラス)、ヒトラーの盗品美術の物語、です。

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ハーケンクロイツを掲げる姿は死者たちを引き連れ復活したイエスの図を連想させる

なのでいかにヒトラーが人心を鷲掴みにし、ヨーロッパ中の軍隊を蹴散らし、狂気のうちに敗戦となるかというような話を期待してもダメで、その代わり画家や画商の名前が出てきて、この辺は全く西洋美術を知らないとつらいかもしれません。西洋美術史の講師としてはかなり面白い内容で、知らない画家が何人か出てきました。今では評価の低い19世紀のドイツの画家たちです。

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Hans Makart

リンツ博物館の主な蒐集絵画はドイツロマン派です。ドイツロマン派といえばゲーテをどうするかは別としてもハイネ、ベンヤミン、ベートーベン、シューマン、グリム兄弟、ワーグナーマーラー他、様々な分野、特に音楽に大物がいます。それに比較し絵画ではホルバイン以降大美術家が出ていないドイツ。著者らは「けばけばしく二流」のドイツ・ロマン派絵画がヒトラーの好みだったと書いています。その中では上のマカールトは有名な方で、鷹を調教する強そうな女性の肖像画を吟味するヒトラーやドイツ高官たちの写真が何枚も残っています。

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ベックリンの「死の島」を背にするヒトラー

余談ですが、ドイツロマン派には良い画家が何人かいます。この本では無視されていますが、フリードリヒとランゲが最高で、他にも興味深い画家が確実にいると私は思っています。

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最初の収集作品はイタリア人のボルドー

本によるとヒトラーの好みは狭く、後は権威に基づいて世界最高のリンツ博物館のために収集されました。ということは、ゲルマン魂を表す18~19世紀のドイツ画家のほかはイタリア、フランス、スペイン、フランドルの巨匠が最高で、イギリス人はゲインズバラなど僅かに入手し、東欧には期待せず、ロシアに芸術が存在するはずはないとして破壊行為を行なった、といいます。

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レンブラントは確実な権威ある画家だったので集めています

蒐集の仕方は幾つかあり、1、(非常に安くゴリ押しで)きちんと買う。2、民族浄化のためユダヤ人から没収。3、めちゃくちゃな理由をつけて法的に所有権を主張し取り上げる。 4、どんどんお金を刷りまくって高値で買う。などで、後で一流品だけがヒトラーの故郷リンツのために彼自身により選別され、次は、当時最高のドイツの美術館博物館へ回され、最後に高官たちが手に入れるのですが、途中で略奪や仲介屋が絡み失われた作品もあります。

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Canaletto

私が思うに、ヒトラーはカナレットが好きだったようで、カナレット一族の作品を喜んで集めています。カナレットは誰が見ても(絵を知らない人が見ても)素晴らしい画家ですが、生前にイタリアではあまり高い評価は受けませんでした。なぜってイタリアは人物こそ最高の主人公!なのにカナレットの人物はチョコーンと小さく、風景が主役だったからです。イタリアでは「遠近法の親方」などと嫌味に呼ばれたりもしています。 ヒトラーの絵は水彩、デッサンと結構残っていて、芸術家とはいえないけれど、普通の人よりは上手で、特に建築風景が得意だったようなので、カナレットに通じます。百万倍カナレットが素晴らしいんだけれど・・・。

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Jan van der Meer van Delft

この有名な作品もヒトラーによって正しく買い取られたもの。私は正直言って、何度も書いているように、現在のフェルメールの評価は他の画家に比較して高過ると思っています、というか他にも素晴らしい画家は大勢いる。けれどこの作品は大好きです。フェルメールの最高傑作だと思うし、画家自身もそう考えていた節のある作品です。1946年アメリカはこの作品を元の所有者(チェルニン家)ではなくオーストリア政府へ返還しました。本当は無理矢理買い取られてしまったのに、売買契約が成立しているので自発的に売ったとして、元の所有者は返してもらえなかったのです。私だったら怒りで発狂しそうですが、チェルニン家は2009年に再度訴え、法律が変わったことで半世紀ぶりに元の場所へ戻る可能性が出てきました。現在の所有者であるウィーン美術史美術館は大打撃ですが、ナチの横暴は明かだし、せめて所有者の名を記して博物館に貸し出して貰えばどうかな〜と思います。

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何万枚もの作品が何度も移動した

作品は今では大観光地のノイシュバンシュタイン城などへ保管されましたが、いよいよドイツの敗戦が色濃くなるとあちこちへ大移動させられました。写真はローマのベネディクト修道会総本山モンテカッシーノからヴァチカンへ避難させられるところです。モンテカッシーノは西洋修道制の源であり、文字通り聖なる場所なのに世界大戦末期、アメリカ、イギリスを中心とする連合軍はここにドイツ兵が隠れているとして大爆撃を行ったため、最高の歴史建造物は廃墟と化しました。ナチとヒトラーの行いは言語道断の非人道的なものであることに違いありません。でも正義の味方面した連合軍が破壊した文化遺産は、悪名高きドレスデン爆撃(広島や長崎同様、とっくに決着がついて不必要にも関わらず大爆撃)など無数にあります。絵画作品に関しては、むしろヒトラーが無理矢理集めて隠しまくったからこそ破壊を逃れたとさえ言えるほどです。モンテカッシーノからは修道士や神父も手伝って作品を積んだのにヴァチカンへ行き着くまでに大掠奪されました。右の兵士が手にしているのは女性画家の特徴を生かし大成功したロザルバ・カッリエーラの作品です。彼女はパステルの価値を知らしめた画家でした。

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ノイシュバンシュタイン城

ノイシュバンシュタインも遠目には素晴らしいですが、完全に倉庫と化していました。ただあまり芸術的価値の高い建造物ではないので、壁が剥がされたり、部屋ごと盗まれて移設されたりはしていません。ナチはあちこちで建造物も盗んだのですが。

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Peter Paul Rubens

ヒトラーの世界一の博物館構想のために、当然何人かの美術の専門家が働きました。中でも絵画部門は花形で、元ドレスデン美術館館長だったハンス・ポッセが大車輪の活躍をします。ルーベンスのガニメデもポッセが一目惚れし、リンツ博物館のリストに載った作品です。正直言って私はルーベンスが嫌いなので、この作品に情熱を掻き立てられたりしませんが、上野の西洋美術館にも何点かルーベンスは当然のようにあります。ゼウスが美少年をさらうのに鷲に変身している場面だけど、内容も嫌いだし色もギラギラして筆使いも嫌い。ま、これはものすごく個人的な好みの問題だけどさ。

www.dw.com

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最近ドイツで修復されたヴェネツィア派の Francesco Guardi

集められた作品リストを見ると最初はイタリアの作品がいかにも少ないのですが、歴史を知っていれば当然です。ムッソリーニヒトラーの兄貴分だし最初イタリアは同盟国、日独伊の三国同盟(枢軸国)だったのだから、喉から手が出るほど欲しかったのに盗めませんでした。大戦末期にイタリアはするりと抜けたので、敗戦国となったドイツや日本ほど酷い賠償を負わずに済んだのですが、その代わり枢軸国でなくなるや否やどんどん作品は掠奪されました。中にはミケランジェロやラファエッロ、レオナルドなどが含まれています。ここでこの本で最も印象的だったエピソードが出てきます。イタリア人の美術への愛は計り知れず大きく、潜入して盗まれた美術品の情報を集める捜査官に志願した者が大勢いました。拷問の末命を落とした人々もいましたが、戦後どこへ運ばれたか行方知れずの多くの作品が戻ってきたのは彼らのおかげでした。涙が出ます。

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ミケランジェロの作品を救出

このブルージュにある聖母子像はミケランジェロの全作品中極めて珍しい作品です。なぜって彼は故郷フィレンツェ(近郊だけど)を愛していたし、教皇庁のために仕事をしたので作品はほとんどフィレンツェかローマにあります。現在世界の美術館博物館に存在するミケランジェロは、ずっと後になってから購入されたもので、彼が生きていた当時から外国に設置されたのはこの作品のみ。ミケランジェロはメジチをはじめとする大金持ちや歴代の教皇相手に仕事をしたので契約に関する資料がそれなりにあるのですが、この作品には全くそれもありません。なのでベルギー政府や旅行代理店は100%ミケランジェロ作としますが研究者によっては、これはミケランジェロ作品ではないと言う人までいるほどです。私も初めて見たときはそんな気がしないでもありませんでした。彼の情念にも似たど迫力が感じられない作品です。弟子の手が入っていると言うのが妥当でしょうか。とにかくこれも、ナチの大量の強奪作品発見場となった塩鉱から救出されたのです。

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Hans von Kulmbach

 フランドルの巨匠は評価していて、数は少ないですがメムリンクやファン・デル・ウェイデン、ブリューゲルの「乾草の取り入れ」など強奪しています。支配下に置かれた地域の教会は祭壇画などを守ろうと住民総出で戦ったところもあります。ハンス・フォン・クルンバッハも、デューラーとフランドル系の影響を感じる良い画家ですがクラクフの聖堂から持ち去られました。クラナッハを好んだのがゲーリングなのかポッセなのかそれともヒトラー自身だったのか明確ではありませんが集めています。ドイツ魂を感じることは確か。

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集めた作品は全て撮影されカタログ化された

この本には何度かドイツ的と言う言葉が使われますが、それは「きちんと組織立っている」と言う意味でよく出てきます。絵画強奪も整然と組織立って行われ、その後整理番号と写真とともにカタログ化されました。手紙も沢山あり、面白いのは、ヒトラーがどんどん目が悪くなったので、ツルツルしていない厚紙に3行おきにタイプするように、と言う指示が出ています。細かな手書きの文字で薄い光沢のある紙の裏表に書かれたら確かに読みにくいですが、ヒトラーは戦争が激化する中でも絵画作品の蒐集に関する報告書に自分で目を通していたのが分かります。著者らによるとヒトラーゲーリングと違い美術を愛していなかったのですが、そうなんでしょうか。彼の複雑な人柄を忍ばせます。

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Castiglione, Noe

ヒトラーより4年下のゲーリングもナチとドイツの歴史における超重要人物です。パイロットとして成功しヒトラーに誘われてからはナチの大躍進に貢献しました。強硬派のヒトラーに対し穏健派で明るかったそうです。戦争中に明るいのもどうかと思いますが、そんな政治家は大勢いそうです。自分のお城への絵画運搬に空軍を使っていた彼が美術を愛していた証拠に、彼は強奪した絵画を部屋に飾りよく何時間も眺めていたと言うのです。対してヒトラーが自室に飾った絵はごく僅かです。私も、絵画作品を買っておきながらしまいこんだり、ほったらかしてダメにする人を何人も見てきました。カビの生えたダリの版画、滲みのついたデュフィ・・・美術を愛する者からすれば怒りを覚える反文化的な行為です。ゲーリングは違ったみたいだけれど、だからって掠奪品を乗せた連なる列車が日に何度も走るようなことが許されるわけはありません。盗んだカスティリオーネの「ノアの箱舟」のように、自分たちも、動物でなく作品を避難させているつもりだったのでしょうか。ゲーリングは自殺します。

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私の愛するロレンツォ・ロットも捕まっちゃった

大金持ちの美術愛好家でユダヤ人の血が流れていれば、大量殺戮は逃れてもロスチャイルド家のように散々な目に遭いました。中でもフリッツ・マンハイマーは特筆に値する人です。財政の天才で、ユダヤ人で、ナチを憎んでいた彼は、何より西欧文明を愛していたのでヒトラーと戦ったと書かれています。ナチに対抗できると踏んだ相手に莫大な援助をして、ナチのブラックリストを上り詰めました。その結果ワイマール共和国を支えたメンデルスゾーン銀行を破産に追いやってしまった彼は自殺します。非常に心臓が弱かったので公には自然死ですが。自身の大コレクションは二ヶ月前に結婚したばかりの若い妻に残され、ヒトラーは憎き敵の大コレクションを全部自分のものにしようとしましたが、マンハイマーの資産凍結の結果、大部分がユダヤ人ではない人たちに権利があったので歯軋りしたのです。彼はとても興味深い人物なのでもっと調べたかったのですが、英語とドイツ語資料しか見つけられませんでした。

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マンハイマー・コレクションのシャルダン

発見された盗品美術は、寒村の小屋の天井まで積み上げられた場合もありましたが、ミケランジェロの聖母子が出てきたアルト・アウスゼーの洞窟が最大で約1万点の絵画、その半数は古大家(権威ある作品)で、デッサン、水彩、版画はそれに含まれていません。タピスリー95点、彫刻68点、古銭32箱、武具甲冑128点の他工芸品に演劇文献などです。さらに地下にはヒトラー個人の所有として絵画、彫刻、図書などがありました。国宝級の作品も、連合軍の空襲から守ると言う理由で集められ、かの有名なヘントの祭壇画もトラックに積まれて険しい道をごとごと運ばれたのでした。大した損傷もなかったのは神の奇跡と言いたいくらい。

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Hubert & Jan van Eyck, Gents altaarstuk

ナチが風前の灯となると、美術界にとって最も恐れていたことが現実になろうとしていました。この素晴らしいコレクションを決して敵方に渡してはならない。そのためには全て爆破!と言う命令が下ったのです。ヒトラーは狂気の中にあり、周囲の人々はあれほど熱心に固執していた美術品の破壊命令が果たして本心なのかどうか右往左往します。こんな状況において人々の態度はいくつかに分れます。1:美術品を奪って逃走(マルチン・ボルマンはナチの美術品に関わった高官の一人。2200枚の金貨コレクションを保護すると言って姿を消した。完全に別人になり代わり笑って過ごしたかもしれない映画になりそうな人物。ナチ再建のためにやはり金貨コレクションを持ち逃げしようとした者がいたが失敗。)2:バリバリのナチ(塩鉱の洞窟の守備隊はSS)は当然爆破しようとする。3:爆破から美術品を守ろうとする。

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Altaussee Salt

もちろん連合軍は美術品爆破阻止のために様々な行動を起こしていましたが、実際にはたった一人の小柄なドイツ人美術修復家によって膨大な美術品は救われました。カール・ジーバーはナチの初期に修復士として雇われ、塩鉱で熱心に修復作業を行っていましたが、美術品を救おうとするオーストリア抵抗運動のメンバーに誘われ一緒に計画を練ります。抵抗運動の人々は最初彼がドイツ人なので心配しますが、ジーバーは愛国ドイツではなく愛する美術のためにヒトラーの命令に反くことにためらいはありませんでした。いよいよナチの爆弾が洞窟に運び込まれその日が近づくと、彼らはナチより先に、美術品が眠る洞窟の手前で小さな爆発を起こし誰も入れないようにするという計画を実行します。洞窟はSSに守られていますから、オーストリア人は入れません。ジーバーは爆破に必要な知識を与えられ一人で実行しましたが、誰も彼を疑いませんでした。それ程無害な目立たない存在だったのです。

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Dorfstraße

時々思いがけず発見され元の所有者の子孫に返還されて、世界のニュースになる略奪美術品がありますが、まだまだ見つかっていない作品は沢山あり、イタリアでは600点以上の名画が失われたとさえ言います。発見されたくない人々が大勢いることも確実でしょう。残念なことです。

 

驚くほど残酷で自己中心的な人が権力の座につくことは、残念ながら珍しくありません。私など思わず人間嫌いになりそうですが、そうならずに済むのは自己犠牲を厭わない勇気ある善意の人々もいるからです。重苦しい世界情勢が当分続くのでしょうが、戦争だけは何がなんでも避けてほしい、そう願ってこの本で知ったドローグスロートの平和な絵で締めたいと思います。

 

*今回はほとんどWIKIから画像を拝借しました。

【芸術】ダンテの『神曲』を無料で

iictokyo.esteri.it

世界中のさまざまな言語で解説が聞ける。もちろん日本語でも。

しかも無料。

なぜか知らないけどダンテは「ダヴィンチコード」の最終章など、世界中で知られていて、日本でも思わぬ人が興味を持っていたりするので、おウチ(この言い方本当は嫌い。「おうち」って言うのは本来は幼児語です)時間を文化的に過ごしてみてはいかがでしょうか。

 

翻訳はとてつもなく読みにくく、たとえ大変な努力の末最後まで目を通したとしても、歴史背景や政治状況、さらに神学の基礎知識など知らないと結局全然分からないので、聞くだけでちょこっと分かるのは、何よりです😃

【美術】壁に絵を掛ける習慣:ボッティチェッリ他

日本だと医院の待合室に穏やか〜な風景画とかがかかってるのが一般的なくらいだけど、イタリアでは自宅の壁に絵を掛けるのは当たり前。私の場合は父が絵が好きなので、画集と壁の絵を眺めて育ちました。玄関には知人の作品が二点。版画と油、油は神津善之助さんの優しい作品。ヴェネーツィアの新作が描かれた彼のサイトもどうぞ。https://yoshinosuke.net/

応接間にはレンブラントとミレー、踊り場にはマチスピカソ、台所は汚れるから絵はなくて、代わりに絵皿。みたいな感じ。

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Pontormo

新年が明けた時、世界に重くのしかかる不穏な空気に押し流されないように、せめて自分の書斎の空気を変えたいと思いました。壁の絵を総入れ替えしたのです。日本の家の壁は薄いから、いかに額を軽くするかが重大問題だし、貧乏なので基本複製ですが。これが一番のお気に入りってわけではありませんが紹介します。

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Pontormo, Deposizione

1:ポントルモの《十字架降下》部分と全体のポスター二枚。

ルネサンス思想が下火になり宗教改革の時代を迎える頃、フィレンツェでは新たな動きが生まれます。現在ではマニエリスムと言われる様式で、ポントルモはその草分けにして最大の画家。オリジナルはフィレンツェのポンテ・ヴェッキオを渡ったところにあります。この極めて独創的な作品を、私は一体どれだけ長い時間眺めてきたことでしょう。十字架の描かれていない《十字架降下》というだけで革新的ですが、布なのか肌なのか判らない幻想的な色彩で描かれた人々。イタリアで最初に見たかった作品です。ポントルモが生きた時代は、大きな時代の転換期にあたり不穏な空気が漂っていました。彼の描く人々(天使も)は大変不安そうで神経質な印象を与えますが、それは現在の世界の置かれた状況で観ると、一層心に触れるものがあるのです。

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Valerio Adami

2:ヴァレリオ・アダミのリトグラフ。70・88センチの大きな作品です。日本のサイトで見ると2〜3万円するようですが、私はミラノでずっと安く買いました。初めてイタリアへ行った時、一ヶ月ミラノの中心地に住んだのですが、その時にあまりの格好良さに、何度も画廊へ通い思い切って買った、思い出の作品です。アダミの素晴らしさは、計算され尽くした線、形、色面と色彩なのに、携帯でちょこっと撮ったこの写真では全然良さが伝わりません。それに実際は絵の下のレタリングがまたカッコ良いのです。興味のある人は彼のサイトを見てください。

http://www.studiomarconi.info/print/print/artist/Adami/Valerio?&lang=jpn

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Carroll Cloar

3:キャロル・クロアーの1953年の《秋の会話》板にテンペラです。

ガラスが光ってあまりに見難いので一部切り取ります。

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上の写真の部分拡大

クロアーは20世紀のアメリカ画家では有名な人です。私はアメリカのこの手の画家に好きな人が多くいます。この手っていうのは、ナイーブ・アート(素朴派)風だけどしっかりしたデッサン力のある風俗画家とでもいうのでしょうか。ナイーブ・アートはおよそ三つにタイプ分けできると私は考えています。1番目はデッサン力の無い、正規の美術教育を受けていないタイプ。日曜画家として描いたアンリ・ルソー創始者ですが極端には子供、精神疾患のある人などが当てはまります。子供が描く絵なら何でもナイーブ・アートではもちろんありませんが、自由気ままに、思ったことを描きたいように描いていて、どこかにこだわりがあるのが特徴です。2番目は、教育を受けたデッサン力のある画家が、意図的に下手くそに描いたもの。この手は大抵嫌いだけどデュビュッフェとフンデルト・ワッサーは好きです。三番目がクロアーのようなルソー風なんだけど基本がしっかりした画家で、20世紀のアメリカには結構素晴らしい画家がいます。老夫婦の肖像画で知られるウッドが有名で、アメリカン・ゴシックと言ったりもします。

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John Cane

4:ジョン・ケインの《キャンベルがやって来る》

ケインは先に書いたアメリカン・ナイーブ・アートの先駆者です。スコットランド生まれの移民で、今は完全に失われたかに見えるアメリカン・ドリームを象徴しています。貧しい大家族に生まれ10才で父を亡くし、19才でアメリカに来て様々な仕事をしますが、お昼休みに全く独学で描き始めました。1927年、67才の時下の作品で衝撃的にデヴューし話題沸騰。作品は出自にこだわったスコットランドの風習から田舎の暮し、都会風景など。日本ではグランマ・モーゼスの一人勝ちなのが残念です。

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John Cane,1927

5:ボッティチェッリの《聖母子》

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Botticelli

この作品は有名なのでネットで幾らでも探せますから、良い画像のを見てください。ガラスの写り込みと安物携帯のせいで酷い出来ですから。オリジナル作品より大きい、今部屋にある最大のポスターです。私はかの有名な《ビーナスの誕生》や《春》より圧倒的にこの作品が好きです。ビーナスも春も、知識全開で、新しい事、誰もやらなかった事をやろう、あっと言わせようというサンドロ(ボッティチェッリの事)のやる気がみなぎった作品ですが、この聖母子像にはそういった欲を感じません。彼の誰にも真似のできない美しい繊細な線が際立ち、落ち着きの中にも憂いを含んだ完璧な作品です。これも最初のイタリア滞在で書いました。ミラノには素晴らしい博物館が幾つもありますが、ポルディ・ペッツォーリは美術好きの人に必ずお勧めする博物館です。ミラノへ行く度にPP(上の博物館)へ行き、PPへ行く度にこの作品の前に長く留まります。

 

6:コレッジョの《昇天》フレスコ天井画の変型ポスター

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Correggio

天上の光と窓からの光彩の中、無数の人々がワラワラと慌てふためいています。昇天の目撃者となっているからです。パルマといったら天井画、天井画といったらコレッジョです。実際には巨大ドームに描かれたフレスコを下から見上げて鑑賞するものなので、こんなぺったんこになって小さくなっては全くの別物ですが仕方ありません。ハムで有名なパルマには、天へ登って行く(昇天)、または天に引き上げられる(被昇天)のドームに描かれたフレスコ画があっちにもこっちにもあって驚きます。初めてこれを見た人たちがいかに気に入って、自らの街を誇りに思ったか想像に難くありません。私の持っているものはそんなに大きくないのですが、どこに飾ろうか悩み中。天井に貼り付けようかな。

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パルマ大聖堂内のドーム

7:サッセッタの複製、金の古典的な額装。

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Stefano di Giovanni detto Sassetta

この絵だけはズ〜っとかけ続けています。なぜって私の勇気の源だから。中学になった頃買ってもらったもので、当時の新しい複製技術が使用されています。当時の私が14世紀に生まれたサッセッタを知るわけもないのに、ゴッホルノワール、ビュッフェやピカソに混じって、一際全然違った内容のこの絵に一目惚れ。空間表現も、ケンタウルスみたいな存在もとにかく不思議な絵です。バラ色の時代のピカソを選んだ弟がいかにもまともに感じられたものです。当時の日本語の美術書にはこの作品を見つけることができず、販売員も全く頼りにならなかったので、何年も謎の絵として部屋に掛かっていました。15世紀前半に活躍したイタリアのゴシック画家ステーファノ・ディ・ジョヴァンニ、通称サッセッタの《聖アントニウスと聖パウロの出逢い》。残存する大変貴重な作品でワシントンのナショナル・ギャラリーにありました。

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シエナ

要するに、私が中世西洋美術に関わる仕事を一生の仕事に選んだのは根拠のあることでした。好きこそ物の上手なれ。何よりまず、心惹かれることが大切。歴史背景や様式や寓意像や、芸術家の人生や、そんなものの知識より、作品そのものを見ること。

 

この記事を読んでくださった方ならわかる通り、時代も描き方も様々です。私は現代彫刻や映画も好きです。ルネサンス印象派が素晴らしいわけではありません。あらゆる時代、様式に良い作品は存在します。陳腐な有名画家の作品も少なくありません。私にはいつでもポントルモもサッセッタも素晴らしいのです。

 

今日は部屋の壁の画家を一部紹介しました。家にいる時間を有意義に使うために、美術好きな貴方、この機会に知らなかった作品や芸術家と出会ってください。

 

 

 

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ