天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【美術】壁に絵を掛ける習慣:ボッティチェッリ他

日本だと医院の待合室に穏やか〜な風景画とかがかかってるのが一般的なくらいだけど、イタリアでは自宅の壁に絵を掛けるのは当たり前。私の場合は父が絵が好きなので、画集と壁の絵を眺めて育ちました。玄関には知人の作品が二点。版画と油、油は神津善之助さんの優しい作品。ヴェネーツィアの新作が描かれた彼のサイトもどうぞ。https://yoshinosuke.net/

応接間にはレンブラントとミレー、踊り場にはマチスピカソ、台所は汚れるから絵はなくて、代わりに絵皿。みたいな感じ。

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Pontormo

新年が明けた時、世界に重くのしかかる不穏な空気に押し流されないように、せめて自分の書斎の空気を変えたいと思いました。壁の絵を総入れ替えしたのです。日本の家の壁は薄いから、いかに額を軽くするかが重大問題だし、貧乏なので基本複製ですが。これが一番のお気に入りってわけではありませんが紹介します。

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Pontormo, Deposizione

1:ポントルモの《十字架降下》部分と全体のポスター二枚。

ルネサンス思想が下火になり宗教改革の時代を迎える頃、フィレンツェでは新たな動きが生まれます。現在ではマニエリスムと言われる様式で、ポントルモはその草分けにして最大の画家。オリジナルはフィレンツェのポンテ・ヴェッキオを渡ったところにあります。この極めて独創的な作品を、私は一体どれだけ長い時間眺めてきたことでしょう。十字架の描かれていない《十字架降下》というだけで革新的ですが、布なのか肌なのか判らない幻想的な色彩で描かれた人々。イタリアで最初に見たかった作品です。ポントルモが生きた時代は、大きな時代の転換期にあたり不穏な空気が漂っていました。彼の描く人々(天使も)は大変不安そうで神経質な印象を与えますが、それは現在の世界の置かれた状況で観ると、一層心に触れるものがあるのです。

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Valerio Adami

2:ヴァレリオ・アダミのリトグラフ。70・88センチの大きな作品です。日本のサイトで見ると2〜3万円するようですが、私はミラノでずっと安く買いました。初めてイタリアへ行った時、一ヶ月ミラノの中心地に住んだのですが、その時にあまりの格好良さに、何度も画廊へ通い思い切って買った、思い出の作品です。アダミの素晴らしさは、計算され尽くした線、形、色面と色彩なのに、携帯でちょこっと撮ったこの写真では全然良さが伝わりません。それに実際は絵の下のレタリングがまたカッコ良いのです。興味のある人は彼のサイトを見てください。

http://www.studiomarconi.info/print/print/artist/Adami/Valerio?&lang=jpn

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Carroll Cloar

3:キャロル・クロアーの1953年の《秋の会話》板にテンペラです。

ガラスが光ってあまりに見難いので一部切り取ります。

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上の写真の部分拡大

クロアーは20世紀のアメリカ画家では有名な人です。私はアメリカのこの手の画家に好きな人が多くいます。この手っていうのは、ナイーブ・アート(素朴派)風だけどしっかりしたデッサン力のある風俗画家とでもいうのでしょうか。ナイーブ・アートはおよそ三つにタイプ分けできると私は考えています。1番目はデッサン力の無い、正規の美術教育を受けていないタイプ。日曜画家として描いたアンリ・ルソー創始者ですが極端には子供、精神疾患のある人などが当てはまります。子供が描く絵なら何でもナイーブ・アートではもちろんありませんが、自由気ままに、思ったことを描きたいように描いていて、どこかにこだわりがあるのが特徴です。2番目は、教育を受けたデッサン力のある画家が、意図的に下手くそに描いたもの。この手は大抵嫌いだけどデュビュッフェとフンデルト・ワッサーは好きです。三番目がクロアーのようなルソー風なんだけど基本がしっかりした画家で、20世紀のアメリカには結構素晴らしい画家がいます。老夫婦の肖像画で知られるウッドが有名で、アメリカン・ゴシックと言ったりもします。

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John Cane

4:ジョン・ケインの《キャンベルがやって来る》

ケインは先に書いたアメリカン・ナイーブ・アートの先駆者です。スコットランド生まれの移民で、今は完全に失われたかに見えるアメリカン・ドリームを象徴しています。貧しい大家族に生まれ10才で父を亡くし、19才でアメリカに来て様々な仕事をしますが、お昼休みに全く独学で描き始めました。1927年、67才の時下の作品で衝撃的にデヴューし話題沸騰。作品は出自にこだわったスコットランドの風習から田舎の暮し、都会風景など。日本ではグランマ・モーゼスの一人勝ちなのが残念です。

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John Cane,1927

5:ボッティチェッリの《聖母子》

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Botticelli

この作品は有名なのでネットで幾らでも探せますから、良い画像のを見てください。ガラスの写り込みと安物携帯のせいで酷い出来ですから。オリジナル作品より大きい、今部屋にある最大のポスターです。私はかの有名な《ビーナスの誕生》や《春》より圧倒的にこの作品が好きです。ビーナスも春も、知識全開で、新しい事、誰もやらなかった事をやろう、あっと言わせようというサンドロ(ボッティチェッリの事)のやる気がみなぎった作品ですが、この聖母子像にはそういった欲を感じません。彼の誰にも真似のできない美しい繊細な線が際立ち、落ち着きの中にも憂いを含んだ完璧な作品です。これも最初のイタリア滞在で書いました。ミラノには素晴らしい博物館が幾つもありますが、ポルディ・ペッツォーリは美術好きの人に必ずお勧めする博物館です。ミラノへ行く度にPP(上の博物館)へ行き、PPへ行く度にこの作品の前に長く留まります。

 

6:コレッジョの《昇天》フレスコ天井画の変型ポスター

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Correggio

天上の光と窓からの光彩の中、無数の人々がワラワラと慌てふためいています。昇天の目撃者となっているからです。パルマといったら天井画、天井画といったらコレッジョです。実際には巨大ドームに描かれたフレスコを下から見上げて鑑賞するものなので、こんなぺったんこになって小さくなっては全くの別物ですが仕方ありません。ハムで有名なパルマには、天へ登って行く(昇天)、または天に引き上げられる(被昇天)のドームに描かれたフレスコ画があっちにもこっちにもあって驚きます。初めてこれを見た人たちがいかに気に入って、自らの街を誇りに思ったか想像に難くありません。私の持っているものはそんなに大きくないのですが、どこに飾ろうか悩み中。天井に貼り付けようかな。

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パルマ大聖堂内のドーム

7:サッセッタの複製、金の古典的な額装。

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Stefano di Giovanni detto Sassetta

この絵だけはズ〜っとかけ続けています。なぜって私の勇気の源だから。中学になった頃買ってもらったもので、当時の新しい複製技術が使用されています。当時の私が14世紀に生まれたサッセッタを知るわけもないのに、ゴッホルノワール、ビュッフェやピカソに混じって、一際全然違った内容のこの絵に一目惚れ。空間表現も、ケンタウルスみたいな存在もとにかく不思議な絵です。バラ色の時代のピカソを選んだ弟がいかにもまともに感じられたものです。当時の日本語の美術書にはこの作品を見つけることができず、販売員も全く頼りにならなかったので、何年も謎の絵として部屋に掛かっていました。15世紀前半に活躍したイタリアのゴシック画家ステーファノ・ディ・ジョヴァンニ、通称サッセッタの《聖アントニウスと聖パウロの出逢い》。残存する大変貴重な作品でワシントンのナショナル・ギャラリーにありました。

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シエナ

要するに、私が中世西洋美術に関わる仕事を一生の仕事に選んだのは根拠のあることでした。好きこそ物の上手なれ。何よりまず、心惹かれることが大切。歴史背景や様式や寓意像や、芸術家の人生や、そんなものの知識より、作品そのものを見ること。

 

この記事を読んでくださった方ならわかる通り、時代も描き方も様々です。私は現代彫刻や映画も好きです。ルネサンス印象派が素晴らしいわけではありません。あらゆる時代、様式に良い作品は存在します。陳腐な有名画家の作品も少なくありません。私にはいつでもポントルモもサッセッタも素晴らしいのです。

 

今日は部屋の壁の画家を一部紹介しました。家にいる時間を有意義に使うために、美術好きな貴方、この機会に知らなかった作品や芸術家と出会ってください。

 

 

 

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