天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本】ルネサンスを知るために(思想)

 日本ではルネサンスというとひたすら美術(絵画、彫刻、建築など)のように思われがちですが、音楽(オペラの発生や楽譜、楽器、楽曲の発展など)もあるし何より文学(詩、散文、小説、随筆、思想哲学など)があります。西洋の歴史を振り返るとき、日本と大いに異なるのは偉大なアジテーター(政治や社会問題の活動家)がいるかいないかということですが、アジテーターにとって非常に重要なことは言葉の力、いかに人心を掴む演説ができるかどうかということです。そしてそれは明確な思想あって初めてできることなのです。政権維持しか頭にない政府、質問に何も答えない質疑応答の無い国会が当たり前の日本とは正反対の、激論が交わされる世界です。学会もそうで、私のイタリア人の先生もたの教授と激論していました。自由な討論から新たな発想や思想が生まれるのです。ルネサンスも始まりは新たな思想運動でした。ウマニスタ(英語だとヒューマニストとなって、日本人には意味が違ってしまう。)と言われる人々、学究の徒が古代の文献を愛し、さまざまなことに興味を持って集まっては意見を交わしたのがルネサンスの源です。

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Ghirlandaio

フィレンツェの駅(S.M.N.)の目の前にある、極めてルネサンスらしいドメニコ会のサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂には、ルネサンスの思想に関連して必ず言及されるフレスコがあります。聖処女(マリアの少女時代)の物語場面にメディチ家の人々や当時の重要人物が立ち会っているのですが、その中に思想界の大物たちがいます。上図の左下にいる四人の人物は当時の人々に絶大な影響を与えたと言われる思想家(学者)たちです。彼らの主催するアカデミーにはボッティチェッリミケランジェロが熱心に通い、「春」や「ビーナスの誕生」などはそこから生まれたと言われています。後援するのはメディチ家です。

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Ghirlandaio, S.M.Novella

一方ヴァチカン図書館やルネサンス教皇について話す時、必ず引っ張り出される絵はメロッツォ・ダ・フォルリの下の図です。システィーナ礼拝堂の名は、右端に座す教皇シクストゥス四世から来たもの。遠近法といい建築様式といい、まさにルネサンスな作品ですが、後のユリウス二世やパッツィ家の陰謀の首謀者たちが描かれていることでも大変知られた作品です。しかし、ここではこの絵の主人公である初代ヴァチカン図書館長となった紺のマントで跪くプラティーナに注目しましょう。彼も偉大な人文主義者(ウマニスタ)でした。ヨーロッパ史上初めて美食についての本を書きました。要するにルネサンスとは、それまで関心を持たれなかったり無視されてきた様々な分野について広く興味を持ち、新たな価値を与え、研究することから生まれたのです。

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Melozzo da Forli

ルネサンス人文主義者の肖像作品として最高なのはラッファエッロ描くインギラーミです。教皇庁で若い時から尊敬されたウマニスタでした。彼の要望の負の要素である激しい斜視をそのまま描いています。しかしそれでもこの人物に対するラッファエッロの尊敬の念が観る者に伝わるような、威厳のある素晴らしい肖像画です。

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Raffaello

ここまできてやっと本の紹介をしたいと思うのですが、思想については美術史や一般的な歴史と違って問題があります。思想(哲学もしくは神学も同時に考えなくてはなりません)とは、言葉を基本に考えるものです。特にルネサンス当時は言葉を無視した思想など考えられない時代です。となると根本的に言語体系の違う日本人にどこまで理解できるのかという問題が起こります。加えてほとんどの日本人は、普段全くと言っていいほど思想(哲学)に馴染んでいません。思想は日常生活をただ生きるのとは違った頭の使い方をするものですから、慣れが必要です。ソシュールでもデリダでもウィトゲンシュタインでもいいし、ニーチェとかカントでもいいし、ソクラテスアリストテレスでも構わないので何かちょっと読んでみたらどうでしょうか。私が上記の人たちの思想を分かっているとは決して言いません。ただどんなものか多少は知っているし、解説書なども読んでいます。ルネサンスについてというならば、クリステラーの『ルネサンスの思想』がありますが、どうみても読みにくいと思うのでそれより「西洋思想史」「西洋哲学史」などのルネサンス頃の項目をまず読んではどうでしょうか。思想(哲学)は馴染めば、これほど面白いものはないほど面白いと思う人もいると、私は思います。

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ピーター・バーク著

ロンドンのナショナル・ギャラリーが誇るカルロ・クリヴェッリの受胎告知が表紙になっている「イタリア・ルネサンスの文化と社会」、このブログの最初に言及したギルランダイオのフレスコがある、フィレンツェサンタ・マリア・ノヴェッラが表紙になった「イタリア・ルネサンスへの招待ーその歴史的背景」などはルネサンスについて知りたい人が読む最初の本です。

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デニス・ヘイ著

ルネサンス辞典」も何冊かありますが、一般の人が購入するには金額がはるので図書館で読みましょう。貸してくれないと思うので。

いずれも最近の本ではありませんが、内容の濃い真面目なものです。最近の本は基本的にバカっぽく子供騙しのような内容の薄いものか、もしくは新しい研究でも限られた内容に焦点を絞ったものが多く、全体像を把握できるものとして上記をお勧めします。ルネサンスについて多少知った人ならブルクハルトの「イタリア・ルネサンス」を読んだかもしれません。今から見ると間違った解釈など所々ありますがルネサンス研究の源になった一冊です。

 

次は美術の本を紹介しようと思うのですが、ブルクハルトは美術史で紹介しようかと考えていました。

 

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