天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【工芸】挿絵本とは絵の付いた本ではない

先に紹介した「西洋挿絵見聞録」を中心に自分用にメモします。

 

●中世の写本

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中世の写本

一点物。手書き。大型大重量、革(パーチメント・ヴェラム)、絹、宝石・貴金属・象牙エマイユ象嵌、モザイク 、他

キリスト教、修道士による

 

●1450年代に活版印刷が発明される

 

●Aldo Manuzio / Aldus Manutius アルドゥス・マヌティウス(羅)

1452c~1515 


イタリア人、Roma, Ferarra,ラテン語ギリシャ語、学者

1494年c Venezia 印刷所・出版社

1495年ギリシャから亡命したラスカリフの文法書が出発

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アルドゥスの印

1499年 Hypnerotomachia Poliphili は一斉を風靡し美術作品も多い

プラトンアリストテレスらのギリシャ語、ペトラルカのラテン語など131点出版

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Francesco Colonna

人文主義的装丁】15世期イスラムから革に金箔押し技術伝来

印刷(時代的には手書き写本と共存)、一部手書き

Aldain Italic ゴシック体から読みやすいイタリック書体の発明(ローマン体)

携帯用の小型本、手すき紙の頁(軽量化)、総革装丁。

 

●Jean Grolier de Serviers ジャン・グロリエ

1489c~1565 フランス人、リヨン。父の後継としてフランス領ミラノ公国の財務官。

アルドゥス、エラスムスなどと親交。(下図はヴェネツィアのアルドゥス出版社における二人。黒衣がアルドゥス。)

1521年帰国後パリ財務長官。フランスに豪華で壮大な蔵書をもたらした。

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Francois Flameng

1884年 アメリカNYに愛書家のためのグロリエ・クラブ誕生、健在。

日本では神戸に「ぐろりあそさえて」が昭和初期に誕生。

【グロリエ様式】 ジャン・ピカール工房で制作。総革に金箔型押し。

幾何学文様にの間に曲線的な植物文様を配す。西洋装丁の基礎を作る。

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グロリア様式

ロココ挿絵本

もっぱら恋愛、エロチックなテーマが主流。挿絵はエングローヴィング、エッチングで雅宴画。艶笑物など。フランス革命まで隆盛。ラ・フォンテーヌはボッカッチョらのエロティックな話ばかり集めて、編集脚色したら大受け。修道院に尼僧に化けて潜入した男が修道女を妊娠させ、大騒ぎになる。誰が犯人か皆裸になっているところ、紐で一物を縛って女のふりをするが、元気過ぎて紐は千切れ正体がバレるも、最後にはお仕置きも上手く逃れる。

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艶笑鏡

この話は大流行したので、様々な絵師がエッチングを制作した。下図など、紐が切れ男の一物が修道院長の鼻眼鏡を吹っ飛ばした瞬間を描いている。こんな物に偉そうな総革の金箔押し装丁を施していた。「あれ〜っ!」て声が聞こえてきそうではある。

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ラ・フォンテーヌの同じ話

●暗いエロスの時代へ

1782年「危険な関係ラクロ著。公序良俗便覧。

マノン・レスコー」サド、ヴォルテール三島由紀夫仮面の告白

 

●イギリスの同時代で重要なのは「ベントレー挿絵によるグレイ6詩篇

出版をお膳立てしたホレス・ウォルポール(英首相御曹司でゴシック小説の父)の飼い猫の死が含まれる。夏目漱石吾輩は猫である

 

●モード本

1590年 Cesare Vecellio " De gli habiti antichi et moderni di diverse parti del mondo"

ヴェチェッリオ「世界の様々な場所の古代から現代までの衣服」木版画400点以上

大航海時代に入り、世界の様々な文化が知られるようになる

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Vecellio

1770年 「レディス・マガジン」イギリス

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英国式

1778年「ギャルリー・デ・モード」女性ファッション雑誌創刊

Fashin plate の流行は20世期にポショワール(ステンシル)で極まる

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フランス式

1912年に創刊されたLa Gazzette du Bon ton(ガゼット・デュ・ボン・トン)は私も子供の頃から大好きで、何冊もヴォーグの画集になったものを持っていました。父方の家には古い西洋やインド(時にはアフリカの)の素敵なものがたくさんあって、子供の頃から馴染んでいました。美大時代には、真似て描いたり、自分の服を絵から起こしたりしたものです。抜群のセンス❣️

 

●ゴシック・リバイバルロマン主義

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celestin Nanteuil

19世期はイギリスの覇権が世界に広がるため、イギリス式がフランスでも席巻。

 

●ジャンセニスト

無装飾の総革装丁

 

●カルトナージュ(厚紙製本)

19世期に本は手工業製本から工業製本(手仕事多し)に移行。

購入した人物が装丁をするのではなく版元が装丁まで行うように。

ドン・キホーテ」「ファウスト」など

 

●画家本:画家の絵が主体で文字はほとんど無い大判(タトウ)の連作物

コメディー・フランセーズからシャイクスピアへ

ドラクロワハムレット」画家本で最も価値があると言われているらしい

シャセリオー「オセロ」など版画連作

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1844 Chasseriau

ギュスターブ・ドレ「風流滑稽譚」バルザック

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Balzac, Gustave Dore

本国フランスの愛書家には大衆向けの挿絵と馬鹿にされたが、英米で人気を博したドレは、小口木版画の挿絵本を多数作成し後世に絶大な影響を与えた。

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狂乱のオルランド

1832年アルザスに生まれる。12歳で初のリトグラフ集「ヘラクレスの12の功業」を出版すると、出版社からパリに呼ばれ15歳からプロとして様々な新聞、挿絵、版画集、油彩、彫刻など1万点を優に越える作品を残した。中には自身の著作「神聖ロシア帝国の歴史」も含まれる。フランス以外にイギリス、ドイツ、ロシアへも作品を描き、国際的な成功を収める。ラブレー全集はじめダンテ等大家の連作挿絵本は現在も様々な国語で出版されている。にも関わらず、伝説的大女優サラ・ベルナールへの恋は叶わず、51歳(心筋梗塞)で失意のうちに亡くなった。

 

私にとってもドレは芸術家というより物凄く巧い挿絵画家でした。初めてドレの作品を見たのは子供の頃で「ほらふき男爵の冒険」です。めちゃくちゃシュールな物語で大好きでした。そうだ。コロナ暇の間に読み返そう!これは家にあったのですが、自分で買った物にはダンテの「神曲」と上図の「狂乱のオルランド」があります。正直言ってイタリア語をやっているとダンテは避けて通れないんだけど、あんな物全部読める訳が無いからドレは最高です。彼のお陰で全部通して知ることができます。読んだ気にはならないけれど、ドレの絵は完璧なデッサンと、力強い線、ハイライトの入れ方などが素晴らしく、彼に関しては、私はやはり油彩より版画作品が好きです。オルランドに関しては著者アリオストのファンなので、カルヴィーノの解説入りとかいろいろ持っています。そういえばこの三作品には共通点があるのに嫌でも気づかされます。この世を超越した(超現実的)部分があるのです。う〜ん、普通の恋愛映画とか見てらんないわけですね。

 

ウィリアム・ブレイク 1757~1827

独自に考案した凸版腐食銅版画で、絵と言葉を同一版面に描き着色。illuminated printing

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Songs of Innocence 1794

1789年の「無垢の歌」(上図)は30部程しか現存せず、1794年に合本された「無垢と経験の歌」もほぼ同数しかない。何度も複製されたが、それも貴重。

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William Blake

ウィリアム・ブレイクはすごく変わった人。出版社からでなく自身の印刷機で制作することで、出版社から独立した。その自立、独自路線は一貫して彼の作品に見て取れる。愛書家喫水の「無垢の歌」より上図の怪物悪魔の方が一般には有名で、映画や犯罪物ドラマなどにしょっちゅう出てくる。靴下職人の息子としてロンドンのソーホーに生まれ、職人としてスタートするけれど、オカルト、預言者などこの世を超越した存在が大好きな彼は詩人でもあり画家でもあり、思想家じみている。なんかさっき書いた誰かと同じだな〜と思うけれど、私は彼の絵自体が好きではないのでファンとはいえません。面白いし気持ちは分かるけれど、いかんせん彼のひく線がヤな感じ。現在のアニメを先取りしてる感も強いので、あちこちの作品で使われるのだと思うし、中には私も好きな作品がある。有名な「日の老たるもの」、神様がコンパスを使って世界を想像してる姿がカッコいい。晩年はダンテに傾倒して、死ぬまで「神曲」を制作した。そのためイタリア語の勉強も始めた。改めてダンテの凄さを痛感するな〜。

 

●「悪の華ボードレール 1857

贅を凝らした愛蔵本に蔵書票(自分の物ですっていう印)を貼り、家具の様な本棚に並べるのがベル・エポックの愛書家の夢で、その中身で大流行したのが「悪の華」。モロッコ革の無地の装丁(ジャンセニスト)は再販なのに420万円で落札。かつての所有者が名高い愛書家というのが重要な様だ。初版本ボードレールの手紙付きは4400万円(1999年のロンドン・サザビーズの話)で、この年パリ、ロンドン、ニューヨークのオークションで、ボードレールの3冊は合わせて1億5千万円だとか・・・・????

 

悪の華」ならペーパバックやネットで読めますよー。

 

●削除本・無削除本

原本の内、問題ありとして有罪判決を受けるなど削除された部分のある本を削除本という。このほかに削除補填本もある。

 

ボードレール 1821 Paris ~1867 Paris

ボードレールは有名だよね。毎日学校が終わると図書館へ通っていたので中学生の頃には「悪の華」はお馴染みでした。と言っても一応読んだのはずっと後だけど。一応って書いたのは、好きじゃないから教養として速読したので。好きな本や、考えたい本は時間をかけて読み直したりするけど、私にとっては、ボードレールはそういう類のものではなかった。大体詩って翻訳で読む意味がどれだけあるのか昔から疑問で、高校生あたりから詩はオリジナル言語でしか読まなくなった。こう思ったきっかけはジャムとランボーの詩集を買ってもらって、期待して読んでみたら、それまで読んでいた日本人の詩とは全く違ってほんと読み難かった。ってことは、私が読める詩は日本語、英語、イタリア語に限られる。フランス語が堪能ならボードレールも見直すかな〜?疑問。だって後ろ向きの人好きじゃないし優しくない人も嫌いだから。

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Les Fleurs du mal

ボードレールってめちゃくちゃ勝手な人で、幾ら尊敬するお父さんが6歳で死んでお母さんが再婚したからって、一生恨むなんて心が狭いよ。養父は悪い人じゃなかったみたいだもん。「彼の服装には襞一つとして無駄なものは無かった。」っていうくらいウルトラお洒落だったんだけど、中産階級ではあり得ないお金の使い方をして、親戚に旅に行かされた。お金使わせないために「世界一周してこい」なんて、なんて羨ましいと思うけど心の狭い彼には世界は広すぎて、パリに帰り、散財しまくり、問題起こして準禁治産者状態で貧乏のうちに死んだ。

 

悪の華」は101篇の詩集で、序「憂鬱と理想」「悪の華」「反逆」「葡萄酒」「死」で構成される。(共感するのは反逆って言葉だけ。)これだけで内容が分かるけど、退廃的官能的個人的。重要なのはフランスにおける韻文詩の始まりであり、象徴主義ってとこが各国の詩人たちに影響を与えた。ほぼ20代の時に書かれていて、ランボーもそうだったけど天才で売り出しあとは凡人ていうのも、私にとっては真の天才じゃ無い感じ。早熟は当然として、歳をとってなお新しい人こそ、真の天才って私は思ってるので。画家とか文筆家などに時々いる。101篇の内6篇が問題になった。「レスボス」「地獄に落ちた女たち」「陽気すぎる娘へ」「宝石」「吸血鬼の変身」がそれ。今は普通に読める。けど読書メーターで感想を見ると、揃って「あまりに退廃過ぎ、分からん」って感じです。

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ボードレール自画像

それにしてもボードレールってたった一冊の、しかも若い時に書いた詩集しかない割にものすごく有名です。死後エッセイが出てるけど、後世への影響という点では、絵の才能もあったので、美術評論をやっていた。ドラクロワを擁護したっていうのが通説だったけれど、最近はドラクロワに取り入っていた、というふうに解釈が変わってきている。昔ほどボードレールが流行らなくなったってこともあるかも。でも詩人が美術評論をするっていう先例を作った。

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Buffalmacco

ちなみにこのブログを書いている元となっている「西洋挿絵見聞録」気谷誠著161頁に、ボードレールが「悪の華」の中の「悪僧」の元としたのは、カンポサント(ピサ)のトライーニのフレスコ「死の勝利」だとあります。でもトライーニ?それってブッファルマッコの間違いですよね。日本版のボードレール全集に、イタリアから送られてきたフレスコ の絵がそのまま載っていて大変貴重だとか、ベレンソンが「イタリアの産んだ中世における最も偉大な作品」と言ってるとか結構書いているので、間違いをここに記しました。 ブッファルマッコは中世や美術史を勉強すれば、すぐにお目にかかる非常に有名な画家で、ボッカッチョが作品の中で何度も彼をモデルに使ってたりする人でもあるので、直しておかないとね。この本には、時々美術に関して疑問に思う点がありました。カンポサントのフレスコ はほとんど修理が終わったところで去年(2019)観てきたら、以前よりずっと綺麗になっていました。

 

追記:ピサのカンポサントの名高いフレスコ画は1333年頃Francesco Trainiから始まったのは事実。でもその後14世期を通じて作品を描きあげたのはBuonamico Buffalmacco, Taddeo Gaddi, Andrea Buonaiuti, Spinello Aretino, Pietro di Puccio, Benozzo Gozzoliで、問題の「死の勝利」の画家はMaestro del Trionfo diella Morte (死の凱旋の親方)と言われてきました。近年の研究ではそれはBuffalmaccoだとされていて、写真にも載せた通りです。

 

ベル・エポック空前絶後の愛書家出版の戦い

1914年までに主要なものだけで8つの愛書家クラブが設立され、挿絵本を競った。

「美書を生み出すのは一人の芸術家では無い。愛書家、出版者、挿絵画家、版画家、製本家」だそうです。(同書164頁)

 

最高傑作はメリメの「シャルル九世年代記」で、エドモン・モランの腐食銅版画で、透かし入りの手隙紙(和紙が最高)。115部が会員に配布された。

愛書家によると

1)著名な文芸作品に

2)繊細な銅版画や木版画

3)規則正しく配し

4)透かし入りの上質な紙に

5)100部ほどを吸った限定出版

いかに豪華な挿絵本であっても装丁をしなければ紙同然???

が挿絵本なんだって。イラストレイテッド・ブックとは違うらしい。

当然書店にも図書館にも並ばない。版元から愛書家に渡り、好みの製本を施し書斎に納めれば、もう誰の目にも触れない。これってまさしくオタク。不健全だ〜。メリメだって大勢の人に読んで欲しかったと思う。みんなじゃ無いけど。

有名なのがパリのコンケとカルトレ書店。

大金持ち相手に注文で商売する、中世みたいですな。

 

 

●マリユス・ミシェル

当代随一の製本家。アール・ヌーヴォーアール・デコなデザインがかっこいい。

http://bibliotheca-g.jugem.jp/?eid=50

今更だけど、著者のブログです。言うまでもなく私と真逆のスポンサー付き。ここでマリユスのデザインが見られます。

 

●蔵書票 Exlibris Bookplate

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15世紀の修道院蔵書票

本は昔宝物だったので、入手した人は自分の所有物であるという印を、本に貼り付けた。それが蔵書票。上図は修道院が所有している本に貼る。西洋の本が取引されるようになると、日本では蔵書票は本のデザインの一部と勘違いしてしまったようで、最初から蔵書票のような印が内表紙や裏表紙に印刷されたり、表紙のデザインとなったりした。この話は面白い。

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デザインになった蔵書票

こんな感じ。日本のアールデコ時代のイラストって大好きです。子供の頃大好きだったのに北原白秋の詩集があります。アールデコな版画が印象的でした。白秋は凄くおしゃれだからアートディレクターでもあった。

 

私も読書家だからと言って、イタリア世の蔵書票をいただいたことがあった。薄緑色の景色が彫られた版画で、中程が空間になっていると言うもの。そこに名前を書くんだろうと思って、最初は入手日と名前を書いていたけれど、とてもじゃないけど全部に貼ってられないので辞めました。モロッコ革の金箔押し装丁を発注したこともないので。

 

あー疲れた。もし読んでくださった方があればお疲れ様です。 

 

ウィリアムモリスについては別に書きます。

 

【本】西洋挿絵見聞録:病跡学、鯰、エログロなど未知のもの

題名:西洋挿絵見聞録 製本・挿絵・蔵書票

著者:気谷誠

出版:2009、2010年 アーツアンドクラフツ

 

すごく変わった本だった。忙しかったらとても読めなかったと思うけど、コロナのため収入は激減した代り時間はあるから、普段読めない本を読んでいて、その内の一冊。こんな趣味に走った本がまともな値段で、しかも二版も出ているなんて驚きです。

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本との静かな悦楽

中野の「まんだらけ」でこれを見かけた時は、印刷、版画、ポスターなどに関する資料を探している時でした。この本も関連はあるけれど、いわゆる美術史でもなければ芸術論でも全くないし、印刷技術の話でも無い。よく知らない世界でした。帯には「ルネサンス期、アルドゥスがイタリック体で作った小型本から、総革装に幾何学模様金箔押しのグロリエの装丁本、さらにロココ時代の艶笑本挿絵、ベル・エポック期に沈没したタイタニック号に積まれた宝石本など、西洋の挿絵・製本・蔵書票のエピソードを綴る。惜しまれつつなくなった著者最後のエッセイ。」とあります。アルドゥスはイタリア史や美術史、西洋史をやっていれば知ってて当然の重要人物だし、図版170点というのもあって買ってみました。

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メリヨンとパリの銅版画

この本と並んで「風景画の病跡学」という上図の本があり、よく見ると同じ著者のものでした。病跡学って言葉、専門用語です。なんとなく知っていたけれど調べ直しました。日本病跡学会というのがあったのでサイトを見てみると、トップページには「年会費を納入してください!」という言葉と住所だけがあります。日本全体が貧しくなってるから、この学会も潰れてしまいそうなんですね。で、内容はその学会と福島章氏によると「精神医学や心理学の知識で天才といわれる人々の、個性、創造性などを研究するもの」。でランダムハウス(英語辞典)には「著名な芸術家の精神生活の異常性が創造性に及ぼした影響などを調べる研究。米国人作家J.C.Oatesの異常行動をテーマとした小説。ドイツ人精神科医P.J.Mo(¨ウムラウト)biusが1917年に作ったPathographieが源。」ということが分かりました。小説は、今で言うBAU(Behavioral Analysis Unit)かな?海外ドラマ「クリミナル・マインド」初め、今では定番の行動分析物ですね。

 

で、買った本は古本だけど新品みたいに綺麗だったから、読まずに出したんでしょうね。ちなみに図書館は気持ち悪くて使えないという人がいますが、コロナのご時世ではよく分かる。でもどうせ私の読む本は皆、ほとんど読まれていないかわいそうな本なので綺麗なもんです。

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同著者の別作品

この題名なんか私には読めませんでした。魚と念と書いて「ナマズ」だそうで、江戸時代のパロディ浮世絵のジャンルだということが分かりました。ナマズ地震を感知するという民間信仰から始まり別ヴァージョンがあります。はしか絵とかあわて絵とかいうそうです。表紙の絵は鹿島大明神が鯰を押さえつけている場面でした。興味があれば

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%B0%E7%B5%B5 

Wikiを参考にしましたのでどうぞ。

 

この著者は、展覧会の企画に関わったり、何冊も出版しているのでその筋では名の通った方に違いありません。が、印象を一言で言えば、完全無欠のオタクな内容でした。

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西洋挿絵見聞録のカバーを外したところ

印刷や出版の揺籃期はイタリアです。イタリアは今、本当にコロナで苦しんでいるけれど(海外がびっくりする危機感の無い日本がそうならないよう祈るばかり)世界史、特に文化史におけるイタリアの貢献はどれほど大きいかしれません。イタリアで出版が盛んになったのはルネサンス期なので、相手は主に富裕市民ですが、一般市民にも門戸が開かれました。中世には本は宝石同様で、内容は聖書に限られていましたが、古典古代の小説や歴史、ダンテやペトラルカなど格調高いものから、ボッカッチョのようなエロチックな小噺(艶笑本)も出てきます。それが著者の愛するロココ時代のフランスで様変わりし、装丁を競う物になっていくのです。昔、本は表紙の無い状態で売られていて買った人が、好きなように装丁したのです。挿絵も買った人が、版画家や時にはドラクロワロートレックなど名の知れた画家に描かせたりします。装丁の革の素材やデザインに凝る愛書家と言われる人たちです。千個以上も宝石を散りばめた豪華な装丁の本が所有者の愛書家と、タイタニック号と共に沈んだ話はまさに象徴的でしょう。私の受けた印象では、愛書家という人たちは趣味の権化と化した大金持ちで、俗っぽいというものです。亡くなった人を悪くいうものではないし、非常に丁寧に調べて書かれたもんですが、この著者も大金持ちに違いない。だってサザビーズやクリスティーズで世界の金持ちと争って入手した本を沢山所持しているんだもん。世界の特別な古書店(古本屋とは言わない)から連絡が来るし、展覧会へ所蔵品を何店も出品できるような人です。

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豪華さの追求

私が愛書家という人たちを素直に受け入れられないのは、本の内容が俗なことです。時にはエログロとしか言いようが無い場合もあり、とても残念です。アルドゥス(イタリア語ではアルド)は見た目なんかより、内容にとても気を配っていました。少しでも多くの人が知的で文化的な環境に置かれるように生涯努力したのです。とても尊敬します。対してここに出てくる愛書家は、たわいもない恋愛や通俗的で下品な話などを、高価な装丁で仕立て、手触りやデザインの素晴らしさを誇っています。私も美術史家の端くれだから、デザインや美にはとても興味がありますが、これは違っていると感じるのです。本の命はその思想にあり、何千万円とか億とかで取引される豪華さや珍しさにあるのではないと思うのです。だからこういう人たちを愛書家と素直に呼べません。でも本を大切にする気持ちは共通のものですし、彼らとは全く違ったやり方ですが、私も本を愛しています。装丁にも様々な様式があることを確認しました。この本ではなんとなく知っていたことが、確認され勉強になりました。

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工芸製本は確かに素晴らしい

http://www.frgm-reliure.jp/reliure/

上のサイトは、装丁を日本で現在行っている人たちのサイトです。作品や解説など載っているので見てください。いつか古い訳の聖書でもお願いできたら、と夢見ながら。

 

【語学】語学勉強は必要か?

首都大学東京のオープンユニバーシティで講座が持てるようになってから、ただの一度も授業がなくなった事はありませんでした。それが半年以上開校されないなんて、恐ろしやコロナウィルス!因みに私の受け持ちは「西洋美術史」と「イタリア史」です。世界遺産世界一のイタリアですが、コロナ世界一で日本人に知られる事になるとは夢にも思っていませんでした😭

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世界遺産ピサの奇跡の広場

オープンユニヴァーシティというのは、人数が集まらないと開校されないので、多くの講座が開校されないまま閉じてしまいます。中には真面目な良い講座もあるのに残念ですが、それが資本主義というか民主主義というか大衆化というか近代化です。社会主義だったら「難しい」とか「つまらない」という理由だけで、真面目な良い内容の講座が開かれないような事はありません。と言っても公務員と同じで、どんなにしたって辞めさせられないと思えば講座の内容も低下するということも容易に考えられます。悲しきかな人間。結局、世界史的に社会主義共産主義も含め)が滅んだのは意味あってのことでしょう。と言って今、世界中で資本主義が行き着き、その弊害があらゆる点で現れています。私たちは、社会主義と資本主義のいいとこ取りの福祉国家を目指すべきだと思います。

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普段は入るのに何時間も並ぶフィレンツェ大聖堂

私は小学生の低学年の頃、世界にお金は幾らでもあるのか、それとも限界があって、誰かが儲かるという事は、誰かが損をするという事なのかと考えました。実際にはそんなに単純なものではありませんが、そういうことを考えない、自分の利益しか考えない人が大儲けできるのが実情です。もちろんそうで無い場合もあります。追求してきたことが、世界の要求にあって莫大な利益が出、それが社会の役に立つならば夢のような話です。特別な才能のある人も、スポーツの世界などでは極端に儲かります。タレントや俳優という一部の、収入が両極端な仕事もあります。私は極端な収入に対しては常々疑問を感じています。世界中に、生きるか死ぬかの人が幾らでもいる一方、大勢の人を救えるだけの収入を独り占めするのは、正しいことでしょうか。

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ドナテッロのマグダラのマリアにも祈って欲しい

すみません、つい話が逸れてしまいます。要するに資本主義では、一眼で分かる簡単な内容の事=大勢を楽しませるような内容しかお金に直結しないので、文化はどんどん低次元化します。私も体の一部のように使っているコンピューターの発展も、ある意味で人間を反知性的にしました。本を読むことが以前に増してできなくなったのは、文化の崩壊につながると思います。長い凝った文章を正確に読解するための語学力は、もはや日本人にあるのか疑いたくなります。言葉は「考える」ための道具であり、困難な問題を考えるためには必要不可欠なものです。政府がどんなに不真面目で、理屈の通らない答弁をしても無関心な人たちは、きっと言葉が分からないのだと、最近私は思うようになりました。海外では「不思議な日本人」と言われています。自分たちが住んでいる社会なのに、発言の意味を考えもせず投票する程無責任な事はあるでしょうか。

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12世紀の天使もどうか世界のために祈って

他国の語学を学ぶことの最大の意味は、外から日本を見ることができるようになる事です。世界には、様々な考え方や価値観があるということを、言葉を通じて理解できます。大体、文法自体、西欧文法は日本語と比較し大変合理的で正確に作られています。数学的な正確さが求められ、話者の意見が明確に伝達できるようになっているのです。それだけで、言いたいこともよく分からず、何気なく話し始めて、すっかり話が何処かへ行ってしまったというような、日本語にありがちなことは不可能です。私は、そのことを痛感し、話す前に意見を確認するように(一瞬でするのですが)頭を切り替えました。

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コロナでがんじがらめの世界

何が本当に正しいかは誰にも分かりません。でも情報は多いほど真実に近づけるし、真実を理解するためには、それを読み解く力が必要です。それには知識をつける必要があって、知識の基礎は言葉なのです。朝から晩まで、些末で僅かで表面的な情報を何度も何度も繰り返し流すテレビには本当にうんざりなので、ぶちまけてしまいました。(真剣に良質な番組を作っている人たちの苦労を、心からお察しします)

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最強の大天使ミカエルにお願いしたくなります

写真は、世界で一番ひどい目にあっている哀れなイタリアで撮ったものです。信じ難く美しい風景や、素晴らしい美術作品で溢れた国イタリア。世界に1日も早く平穏が戻りますように。そして心晴れやかに勉強できますように。

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穏やかなジョヴィナッツォの港の夜の社交

【美術】技法の紹介サイトと春の美術講座

首都大学東京オープンユニバーシティの3月講座では、すっかり授業ができなくなったけど、「美術と共にキリスト教を知る」授業は秋以降に引き続き行います。今回紹介しようとしてできなかった「ルツ記」やイエスの喩え話はもう用意してあるヨ。

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ルドン

4月から3ヶ月の春講座は、まだ開講できるか不安だけれど、もう申し込んでくださった方々もいることだし、頑張って準備しています。内容は首都大から近い飯田橋印刷博物館が、リニューアルオープンしたのに合わせて、印刷と美術をテーマにしたものです。でも当の博物館がコロナ閉館中なので、実技ができるかどうか怪しいけど、博物館訪問予定は6月だし、できることを祈りましょう。ミラノの友人たちもコロナで閉じ込められてるけど、世界中何ヶ月も、何もかも閉まっていたんじゃ大変な事になるもん。みんなで必死に手洗い、気をつけて普通に戻したい。

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印刷博物館のサイトから

今、私は印刷の元祖というか、版画を美術作品として制作した作家たちのことをいろいろ読んでいます。クレーやルドンは必ず紹介するし、このブログでちょっと前に書いたマーティンも考えてるし、ロートレックやムハ(ミュッシャ)は当然として、ホルバインみたいにルネサンス期の人も、さらっとしか触れないと思うけど中世の木版なんかもね。日本との関係も触れる事になると思う。

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印刷博物館所蔵の「狂乱のオルランド

それに加えて、技法についても知識を改めてます。私は元々美大を出ていて、在学中には一通りの技法を実習しましたがそれも昔の話だし、力のいる仕事は基本的に苦手だったので、彫刻は苦手です。シルクスクリーンみたいな技法だって結構体力がいるんだよね。

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ロートレックのポスター

美術史の講義をしていて常に感じるのは、ほとんどの人が制作経験が全く無く、実際の技の困難や、質感の違いなどを想像できないという事

です。教室でプロジェクターを通して作品を紹介しますが、限界は大きく、本物の素晴らしさは言葉で伝えるしかありません。せめて簡単に様々な技法の知識があればと思い、幾つかサイトを紹介します。日本語サイトはいつもそうですが、西洋美術に関しては非常に少ないので、他言語のサイトも混ざっています。印刷に限らず広い意味での絵画の様々な技法のサイトです。

 

http://zugakou.web.fc2.com/techniques.html

主に絵画における新しい技法が色々(日本語)

 

http://www.joshibi.net/hanga/history/historytop.html

版画史など(日本語)

 

https://craft.city.taito.lg.jp/craftsmaker/2337/

江戸木版画(日本語)

 

https://surimacca.com/somosomosilk.html

シルクスクリーン(日本語)

 

https://www.discoverychannel.jp/0000034078/

石版画:リトグラフ(英語だけど日本語の解説ページもある)

 

https://www.youtube.com/watch?v=jcZRfTn4Ogk

銅版画(日本語)

 

 https://www.youtube.com/watch?v=qJXqP5wzz1w

エッチング(日本語)

 

https://www.youtube.com/watch?v=HhoD6Jj-mVA

彫金(日本語)

 

https://www.youtube.com/watch?v=NOBjc2Z8Xaw

テンペラ(イタリア語)

 

http://sekainohanga.blog.fc2.com/blog-category-1.html

クレーの版画(日本語) 

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【美術・芸術】映画と芸術性またはルイス・ブニュエル

コロナのお陰で出かけられないから、部屋を片付けたり、本を読んだり、映画や海外ドラマを見てます。隠したいけどゲーマーにもなるので気休めに筋トレやストレッチもします。

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スペイン語のポスター

日本では当初公開されなかったブニュエルの映画が2017年に劇場公開されたのを、見直しています。以下は公式サイト。

http://www.ivc-tokyo.co.jp/bunuelangel/

この時は『皆殺しの天使』をメインにし『ビリディアナ』『砂漠のシモン』+『アンダルシアの犬』と言う素晴らしい内容でした。「奇跡のロードショー」と歌っていますがまさにその通りです。中でも私が一番見たかったのが『砂漠のシモン』でした。『アンダルシアの犬』は公開されていて、芸術系の映画館では時々見られたのですが他は無理だったし、何よりシモンは実在の人物をモデルにしています。

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柱の上にいるシメオン

この作品は1965年にヴェネツィア映画祭を受賞しています。流石、天才奇才の映画史に残る大監督です。私はブニュエルを愛してやまないわけでは無いけど大好きで、できる限り見ています。愛してやまないのと大好きの差は、唯ひたすらに心から愛せるか否かにかかっています。ブニュエルの作品はいわゆる分かりやすいの正反対で、不条理の帝王なので「分かる!良い!」とはなかなか行きません。しかし彼の持つ問題意識、それは政治的社会的関心だったり、芸術とは何かと問うような表現法だったり、信仰、欲望、善悪と言うような人間の根源に関わる問題だったり、そういった抽象的な概念を映像化する、何よりも妥協の無いやり方には頭が下がります。

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奇跡を前に畏敬を露わにする修道士たち

シモンとはキリスト教の聖人で、カトリックや特に東方教会で崇拝されるのでシメオンと呼ぶのが普通です。390年頃キリキアに生まれ、459年に神に召されました(と信じたい)。聖人にも色々ありますがシメオンは13歳の頃自ら修道院の門を叩き、18年間暮らしますが、余りの激しい修行のため修道院長によく怒られました。歴史に名を留めた聖人にはそう言う人がよく出てきますが、彼が特別なのはその後で、なんと40年間柱の上から降りずに居た!と言うのです。そのため彼を柱頭行者(カトリックなど)とか登塔者(東方オーソドックスなど)などと呼びます。でも柱頭と塔は全然違うので本当はどっちだったんだろう?とか思ったりします。

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ビザンチンのシメオン

ビザンチン美術にはシメオンのイコンは沢山あり、大抵人間が一人乗ったらやっとのようなお椀型柱頭の上にいます。

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ビザンチン美術

この絵など見ると塔なのかもしれません。塔ならよくお姫様が悪い継母や馬鹿な王様に閉じ込められたりします。あれなら食事を与えられれば、なんとか生きていけそうです。コロナで数週間出られないからストレス溜まってる私とは大違いで、激しい修行を愛する聖人なら40年間だって軽いでしょう。

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『皆殺しの天使』の一場面

ブニュエルのはこんな感じです。5世紀のシメオンは修道院を出て砂漠へ向かいますが、孤独に挫けるのを恐れ、自分を石に鎖で繋ぎました。そこへアンティオキアの教父メレティオスが来て「人間は自らの意志の力で制御するのであって、唯知恵と希望によってのみ自らを抑えよ。」と素晴らしいことを言ってくれたので石に繋ぐのは諦め、高い塔を作りその頂上の小屋でひたすら祈った。らしいのですが、その後伝説は過激化し柱頭になったのでしょう。あり得ませんがその方が伝説らしいし、奇跡の聖人らしいから。

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ジャバル・サマーン

シメオンの柱と言われるものはアレッポ修道院に現存し、今は廃墟となっているけれど、周辺はジャバル・サマーン(シメオンの山)と呼ばれています。素敵なロマネスク聖堂だったのに大変残念です。

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アレッポのシメオン教会

シメオンは人々に親切で話をよく聞き、奇跡もなしたので大変崇拝され、各地にシメオン教会ができました。今もロシアなど東方教会では珍しくありません。彼を真似する人も出ましたが、あまりに変わった祈りの形態に次第に廃れました。

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アレッポのシメオン教会

アレッポは石鹸が有名ですが、大変歴史あるところです。このディル・サマーン(シメオン修道院)は5世紀まで遡ることができる西アジア最大級のキリスト教聖堂にして、現存する最古のビザンチン聖堂の一つでもあります。素晴らしい❣️

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人々の話を聞くシメオン

上の場面は、伝説の初期の頃を物語っています。シメオンは目立ちたがりで、自分は人より天に近いという傲慢からこんなことをするのでは無いか?と疑がわれ、修道士たちが様子を見に来ます。修道院長とはなかなか頭の良いもので、この時も「そんなことをして傲慢だからすぐに降りて来い」という修道院長の教えに従って、降りてきたなら、シメオンは傲慢ではなく服従の精神(修道士の基本)を持っているので、塔に留めよ、と修道士たちに言ってありました。あっという間にシメオンは降りようとしたので修道士たちは、塔の上にいるように言い、彼を認めました。それにしても高いなー。一応ロープがあるけれど風もあるし絶対怖そうです。私の友人のように高所恐怖症の人は、映画も観られないかもしれません。

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悪魔の誘惑にあう

そんなシメオンを悪魔は姿形を変えて、塔から降ろそうと誘惑します。レタスしか食べないのは嘘で隠れて贅沢に暴飲してるとか、色仕掛けとか色々ですが、その度に「悪魔よ去れ」と言われ、退散します。この画面など、ブニュエルの画像の美しさがよく伝わると思います。汚れ亡き少女の姿は実は悪魔で、退散するときは裸の老婆。

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奇跡を起こすシメオン

このページの一番最初の画像は彼と母の映像です。心配した母は、シメオンの柱の近くに小屋を建て悲しそうに見守っています。彼は母に「肉親の愛より神への愛の方が強いので、もう二度と触れ合うことはない」と言いますが、この場面は間違いなくマタイ福音書を思い出しますし、母は美術的にはピエタを連想させて、映像時間は短いのに印象に残りました。映画の終わりは???いきなり砂漠の頭上に飛行機が現れたかと思うと、ニューヨークのディスコへ・・・

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ダリの描いたルイス・ブニュエル

ブニュエルはスペインの有力階級の息子でガルシア・ロルカサルバドール・ダリなどと友人になり自然科学、歴史、哲学を学んだ後、パリでシュールレアリスムと出逢います。ダリと作った『アンダルシアの犬』は大評判、ところがフランコ軍事政権下で指名手配犯にまでなりメキシコへ亡命。この作品はメキシコから数十年ぶりにスペインに帰国し作った、渾身の作品のうちの一つです。でもカンヌ・パルム・ドールを取った『ビリディアナ』がカトリック世界で大問題となり、結局メキシコへ帰化することになりました。富裕階級出身者らしいといえばそれまでですが、富裕層だって無知で品性下劣な輩も幾らでもいるなか、やはり彼は芸術とは何か、映画に芸術作品が作れるのかという問題と向き合ったと思うのです。芸術に関心のある人は絶対見てほしい。キリスト教に関心のある人もね。

 

 

【美術館・博物館】日本の美術館と私

コロナウィルスの影響で、兼ねてからの計画だった大塚国際美術館行きもダメになりました。3月末だったので希望は捨ててなかったんだけど、飛行機の払い戻しも今日決まり、一緒に行く人も不安を抱えたままでは、ゆっくり美術も堪能できないということで流れました。

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大塚国際美術館のスクロヴェーニ礼拝堂再現

https://o-museum.or.jp/

美術館のサイトです。

 

サイトの頭にコロナで閉館のお知らせが載っています。1日も早く通常のサイトに戻れることを祈っています。

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大塚国際美術館

東京に住んでいると、展覧会に行く機会は無数にあります。上野のように国や都の大美術館が集まっている場所の他、結構区や市にも良い美術館があるし、小規模な専門化した美術館も沢山あります。ブリジストンや三菱のように企業の美術館も、かなり高い質で観甲斐があります。なのでついつい東京から出ないのですが、この大塚国際美術館はできた当初から行ってみたいと思いつつ、時間が経過しました。徳島って私には遠くて、ヨーロッパへ行くのとあんまり変わらないんです。もちろんヨーロッパへ行くときは出来る限り長い時間を固めてとるしそれなりにお金もかかるんだけど、でも日本の方が、食費とか交通費とか入場料とか、とにかくコストパフォーマンスを考えると高くつきます。それに私にとっては、なんと言っても直接仕事と結びつかないので、なかなか行けずじまい。それが、今年ついに飛行機も宿もとってすごく乗り気だったのに、本当に残念です。今年中にリベンジしたい。

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大塚国際美術館システィーナ礼拝堂部分再現

大塚国際美術館は1998年に開かれた新しい美術館です。えーっ!20年以上前だよって言う人もいるかもしれませんが、ルネサンス期からやっているイタリアの美術館に慣れている私には、もうめっちゃくちゃ新しい!神社仏閣で時々ご開帳があるのが習慣だった日本の美術館の歴史は浅く、奈良と京都の国立美術館が東京より先にでき、西洋美術に関しては1930年の大原美術館が最古参。日本の歴史において岡山がいかに文化先進地域だったかを物語る。日本の国内なら岡山を旅したい❣️

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大原美術館

大塚国際美術館に話を戻すと、なかなか行かなかった理由はこの美術館の特殊性にもあって、本物が一点も無い、全て複製、しかもそっくりではなく陶器で再現(?)と言う普通ではなかなか思いつかない内容にもあります。美術を楽しむ時、本物かどうかは非常に重大だし、それ以上に作品の質感が失われることは信じ難い大問題です。さらに原寸で再現するため、大きな作品にはいくつものタイルの線が入ることになり、最初はとても行きたいと思いませんでした。その上世界一高いとなれば・・・ね。

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Pitti, Firenze

世界一本物が揃うイタリアでは、美術館自体が大作品です。聖堂のフレスコ など決してその場でしか見られない、歴史を背負ったオリジナル作品が山ほどあるのです。でも大塚美術館は開館後大勢の人が訪れて、当初は悪口もあったけれど、今では好評を博しているし、何より世界中の有名作品、重要作品を原寸でこれだけ一挙に見られるところは世界でここしか無いので、やはり意味があるでしょう。

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大塚美術館のチラシ

それに2020年の大塚美術館のテーマはイタリアだそうで、まさに私のためにあるようなと独りよがりに考えて、美術史の生徒をみんな連れて行きたい。と言っても、今は4月以降開講できるかどうかさえ怪しいけど・・エ〜ン。

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Cappella Sistina, Citta del Vaticano

大塚美術館の創立者大塚氏は、イタリア文化を広めたお礼に前ローマ教皇から勲章もらってる程、イタリア好きなんだと思うけど、それなら一言苦言を呈したい。美術館の最大の売りであるローマはヴァチカン宮殿内のシスティーナ礼拝堂再現は、酷い!酷過ぎる!!だってシスティーナを再現してるんじゃなく、ミケランジェロのフレスコ 部分だけを再現してる。あんなの全く歴史無視だし、本物無視だ!フライヤーにはボッティチェッリを使っているけど、システィーナではボッティチェッリも凄く頑張ってるのに、全く無視され全部消されてる。ローマ教皇庁はヨーロッパ世界の美術家が競い合う最高の舞台。ミケランジェロが中世の美しい天井画や先にあったラッファエッロの師匠ペルジーノの優美なフレスコ をぶち壊して、天上の空間を地獄の空間へ作り替えて以来、現代の美術を見る目の無い人や、何より有名好きな売れさえすれば良い人たちが、システィーナはミケランジェロの作品のように言うけれど、それは完全に間違いだ。あれは長らく嫌がられた作品だし、ミケランジェロの最高傑作は彫刻であって絵じゃ無いのは、まともに美術を見る目を持っていれば明白な事実。ミケランジェロだってかわいそうだ!だから是非、今、まるで何も無いようになっている大塚美術館の壁を、システィーナを正しく再現したように修正して欲しい。みんなの大好きなボッティチェッリミケランジェロより先に裸体の地獄図を展開したルーカ・シニョレッリ、レオナルドの数少ない友達だったコジモ・ロッセッリ、フィレンツェ中の聖堂に巨大フレスコ を展開したギルランダイオ、最も愛されたペルジーノ等の、非常に手の込んだ壁のフレスコ を再現して欲しい。ロマネスク愛好家からすれば内装のミーノ・ダ・フィエーゾレ等の大理石もあれば言うことないけど。お願いしまーすっ

 

ヴァチカンはシスティーナ礼拝堂の解説です。英語だけど、あちこちクリックすれば普通には見られないフレスコ の解説画などあります。本物を見てね。

http://www.museivaticani.va/content/museivaticani/en/collezioni/musei/cappella-sistina.html

 

 

【本】カルヴィーノ、イタリア、安野光雅

私は学生時代からイタロ・カルヴィーノの大ファンです。先日、今まで知らなかった彼の本を発見しました。それがこの「カナリア王子」です。児童書なので気付かなかったのです。でも読んでみると、流石の内容でものすごく面白かったので、ぜひ大人の方にもお勧めしますし、当然ですがお子さんたちに読んで欲しいです。

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カナリア王子

ご覧の通り、イラストも安野光雅で素敵です。表紙だけで無く、中にも沢山入っています。安野光雅ってイタリアが本当に好きなんだなーと思いました。イタリアの画集を何冊も出しているし、2020年も「イタリア憧憬」が出ています。大変上手な人なので是非手にとって見てください。いつもとても繊細で丁寧な仕事ぶりです。

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安野光雅

題名:カナリア王子

出版:2008年 福音館

編集:イタロ・カルヴィーノ

 

650円と安いし、子供向けで平仮名だらけで読みにくい点はありますが、文字も大きく、本当に大人にもお勧めします。ちなみに福音館は当然キリスト教書店ですが、良い本を結構出していて、特に児童書は誰にもお勧めできるモノです。

https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=1163

福音館書店のページです。

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イタリア童話

この本はカルヴィーノが取り組んできた仕事の一つです。イタリアの埋もれた民話を収集し、200編ほどにまとめたのです。この中から選ばれた7編が日本語になっています。児童向けでは無いですが、1984年には岩波から上下巻で「イタリア民話集」も出されています。こっちはとっくに読んでいましたが、児童版にはイラストも含め、また別の良さがありました。

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マルコヴァルド

カルヴィーノは、とても児童書とは思えませんが、上記の「マルコヴァルド」も書いていて、これも翻訳があります。イタリアの昔話の良さは、イソップや日本昔話と違って、道徳教育的では無いところ、全く自由なところが最高です。本当は、イソップなどもそうだったのかもしレませんが、子供はこんなこと知ってはいけないとか、残虐だとか言って、本来の姿をどんどん変えて、味も素っ気もない教科書のようにしてしまうのは、どうかと思います。

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カルヴィーノの本の一角

やたら勝気で負けず嫌いなお姫様たちが太陽の娘に対抗して、自らグツグツ煮えた御釜に入ったり、耳をちょんぎったりしてバタバタ死んでしまったり。あまりの突飛な展開や、映像化でもすれば過激な表現になるだろう行動も、爽やかなまでにさらっと書かれていて驚きます。これ、どこかで読んだことがあると思うお話がよく出てくるのですが、実はイタリアがルーツだったりするのです。グリム童話も本当は、結構恐ろしい内容ですが、イタリアのは恐ろしいというより、おかしいのが特徴です。

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コスミコミケ

カルヴィーノは決して童話作家では無く、戦時下の子供の目を通して描かれた「蜘蛛の巣の小道」のように社会派の面もありますが、一言で言えば、物凄く知的で独創的な作家です。いわゆる幻想小説というカテゴリーでは収まらない作風で、作品はいちいち違った文体や、構成を持っている上造語も多く、イタリア語で読むのは大変です。古典作品や、いわゆる文学全般にも非常に通じている上、エッセイも実に興味深いもので、来日したときの日本の印象など、特に日本人には面白いと思います。芸術一般、科学などあらゆる分野に関心のある彼ですが、世界の起源に迫った「コスミコミケ」は、学生だった私に深い印象を与えました。「人類の起源三部作」の「真っ二つの子爵」「木登り男爵」「不在の騎士」の初期作品は、全く非現実的であるにもかかわらず大変感動的です。本で家が潰れそうなので、大量に処分したのにカルヴィーノの本は捨てられませんでした。読み返す価値のある本だから、似たようなものは無いから。

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見えない都市

イタリア語も持っていますが、最初に翻訳してくださった方々の努力なしには、私など読めませんでした。心から感謝したいです。

 

読書こそ文化の源、どうぞ手にとって未知の世界を覗いてください。もし、貴方が特に西洋文化について知識があるなら、さらに面白く読めるに違いありません。

 

 

【本・美術】異能の幻想画家ジョン・マーティン

題名:ジョン・マーティン画集

出版:2009年河出書房

初版:1995年ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ

 

私が普段授業する、首都大学東京OUもついに休校になったので、授業できない代わりに頑張ってブログ更新します。

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John Martin

「異能」って言うだけでワクワクします。本を見ると、装丁がいかにも怪しげです。帯の書体も意図的に古い印象を与えていて、なんだか埃をかぶった忘れ去られた本を再発見したみたいな感じです。読めると思うけど一応写すと「古代神話、聖書をもとに世界の破滅を描き続けた19世期の英国人画家の壮絶なる黙示録」「地上は人の悪がみち、都市には不義と悪徳が渦巻いていた。やがて子羊が第六の封印を解き〈神の大いなる怒りの日〉が訪れた。」だとさ。

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ソドムとゴモラの滅亡

実はこれはシリーズ物で、大型書店の美術部門では結構大々的に売っていたのですが、当時は買いませんでした。だって買わねばならない重要な本はいくらでもあって、こういう趣味っぽい、と言うか正統派から外れたようなものは後回しになってしまうからです。ところが再販のこのシリーズも無くなってきて、ちょっと前に中野の「まんだらけ」で見た『モンス・デジデリオ画集』は売れてしまったので焦って買ったのです。ここで使っている画像は全て買った本から撮ったものです。私は「まんだらけ」に行きます。そう聞くと、知っている人は、私はアニメオタクだと思うかもしれませんが、私が行くのは4階の美術書とか小説とか音楽とか演劇とか、そういった類の古本を扱う方です。昔から疑問に思っているのが「写真」コーナーにあるポルノ本。そう言う内容を求めている人は写真芸術に関心があるわけではないと思うから、きちんとそう言うカテゴリーにした方がいいと思うのですが、どうしてああなっているのでしょうか?「向いには宗教とかスピリチュアルなどのカテゴリーがあって、非常にまともな研究書から宇宙人やスプーン曲げの本まであります。不思議な所です。

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忘却の水を探し求めるサダク

うわー、この人大変そう。ヒーローって感じもしないところがなんとも言えない。

 

私がジョン・マーチンを知ったのは聖書の美術を色々と調べている時でした。ソドムとゴモラが40日間神の怒りで火達磨になった場面を描いた、二つ目の写真がそれ。ネットで知ったのですが、ごく僅かしか情報が無く良い状態でも見られなかったので、ぜひ本物を見てみたいと思いました。火柱の立ち方が異様に迫力があって目を引くのに、人間が非常に小さく、どうなっているのかよく分かりませんでした。本で見ると、天使に逆らって振り返ったロトの妻が、遠く一人、白い閃光に打たれ塩の柱になったところで、ロトと娘たちは脇目も振らずこちらへ逃げてきているのが分かります。136.3×212.3と言う巨大な作品でイギリスにあります。私の海外経験の最初がロンドンなので、これを機に行ってみたい気もしますが、画集を見れば見るほど、この画家があまり巧く無いのに気づきます。どの絵を見ても、人物表現が酷く、わざわざこのために渡英は考えられなくなりました。ま、イギリスには他所から取ってきた素晴らしい作品がたくさんあるし、聖堂もなかなか見ものなので、いつかは再訪したい国ですが。

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混沌にかかる岩橋

これは版画作品で、この作家の魅力をよく表していると思います。大変不思議な空間が広がり、光に満ちた彼方へと橋がかかっています。手前には空気なのか、水なのか色々と想像したくなる白い筋が何本か浮かび非常に効果を上げています。橋のこちら側には妖精か天使か、謎のものがいて人間と思しきモノに何やら命令しているようです。なんとこれは栃木県が持っているらしいので、このコロナ・パンデミックが治ったら直ぐにでも訪問したいと思います。版画は一点ではありませんから、良い作品が結構日本でも見つかりす。Bridge over Chaosという題名だけでも興味を引かれます。混沌と訳したのは仕方ないにしても、カオスの概念は難しく世界の創造の根元の次くらいに来る、重要なものなのですが、古典研究者の間でもこのギリシャ語の訳にはいろんな考えがあるようです。

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マクベス

↑左手で謎の光に乗ってやってくるシェーッ!をしている3人組が印象的。

 

ジョンはフランス革命の1789年にイギリスで生まれ、多分生涯国を出ずに1854年アイルランドグレートブリテンとの間にあるマン島で死にました。64歳でした。大家族の末っ子です。母は地主の娘なので大反対にあいましたが駆け落ちして12人も子供を産んだプロテスタントでした。余程母が恋焦がれたと思われる父は、職を転々とした過激な人だったように見えます。ジョンの、よく言えば意思が強く、悪く言えば強情な性格は両親譲りです。教養は最低限ですがピエモンテ出身のイタリア人画家ボニファッチョ・ルッソと知り合い、第二の家族のようになって絵を覚えてゆきます。ボニフッチョの息子カルロ(イギリス生まれなのでチャールズと英語風に発音していた。)にもとても世話になります。僅かに残った作品では親子はまともな画家のように見えます。

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チャールズの作品

実の親から離れ師ルッソを追って絵付けの仕事などをもらいながら絵を描いてゆきます。展覧会でも当初は落選しても、大物に買い上げられたり彼は出会いに恵まれていたようです。才能があっても貧しいまま無名で死ぬ画家は数えきれない中、彼はデッサン力も無いのに大成功します。人々は大挙して彼の絵を見にギャラリーへ詰めかけたそうです。多分イタリアでは成功しなかったと思いますが、イギリス人の好みに合ったのでしょう。成功者となった後彼は自費で聖書などを版画で出版したり、ロンドン改造計画を考えたり、部分的にレオナルド・ダ・ヴィンチの真似事をしています。間違いなくルッソ親子の影響でイタリア人画家を知っていて、巨人たちが「最後の審判」図に描かれています。ラッファエッロが一番大きく、明快で、その横にレオナルド、ミケランジェロの姿も見えます。この人たちは天国へ行けるのでしょうか?他にも当時の実在の人物が描かれていますが、この本の解説には一切触れられていませんでした。大体、解説者の大瀧啓裕という人はSFファンタジー、幻想モノを中心とした翻訳者のようで、ひたすら「崇高の美」とマーティンの作品を呼ぶのですが、私には違和感がありました。

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最後の審判の中のラッファエッロたち

しかし、繰り返しているように芸術とはただ上手いだけでは説明できないモノです。彼には描きたいモノがあったことは確かです。作品を見るとグワァ〜ッ!とかシャーッ!とか言いながら描いている姿が目に浮かぶようで、岩や炎や稲妻を描くときの迫力たるや他に類を見ません。それに対して手前の人物があまりにも酷いのですが、ほとんど闇に紛れているため、絵全体を見ればそれほど気になりません。

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神の大いなる怒りの日

フランス革命産業革命という世界史の大転換時期にあって思うところがあったのでしょう。本当の意味で夢を追求して破産し、最後に描いたのは最後の審判三部作でした。

 

英語版のマーティンは解説がより正確です。

https://en.wikipedia.org/wiki/John_Martin_(painter)

日本語版は記事内容は?と思う点がありますが画像がたくさん載っています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3

 

【旅】運不運と死の観念

ミラノの友人とやりとりしていて、ミラノにはまだコロナウィルスの患者が出ていない事を知った。日本のテレビを見ていると、どのニュースにもかの有名なミラノ司教座聖堂が映り出されていて、いつもはごった返す広場はがらんとして居る図だ。全くミラノはウィルスの中心地みたいだけれど、実際には40キロ離れた場所なんだとか。

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Carlo Crivelli

ただがらんとして居るのは当然で、日曜日から学校、教会、バーなどなどみんな一斉に閉まっていて、友人らも全員自宅で仕事をして居る状態だそうだ。かく言う私も仕事が延期とかキャンセルとか、あちこちで変更が出てすっかり混乱してしまった。私のような非常勤講師には辛い現実だが、もっと辛い人々も居るのだから仕方ない。開いた時間で、積読本を読みまくろう。

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Duomo di Milano

生まれてこの方、こんな騒ぎになったのは記憶に無い。中には不運にも命を落とす人もいるが、冷静に考えれば致死率はそれほど高くなく、歴史を見てもこれ以上、ずっと過酷な疾病の流行は何度もあった。にも関わらず、ここまでヒステリックな報道や、常軌を逸したマスクの値段、町をあげての封鎖などは、死と言うものが遠のいてきた証拠でもあるかもしれない。

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Poldi Pezzoli, Milano

出掛けでもしたらまるで悪人状態のこんな状態が、1日も早く収束して欲しいと皆思って居るに違いないけれど、第二の武漢などと言われている現在は仕方のない事なのだろうとも思う。こんなことになったのは、日本経済がこの10年で世界にすっかり追い越された事を如実に物語って居る。国民の安全、社会福祉に何よりも予算をつけるべきなのに、ケチ臭い政府の予算は、もう日本が先進国では無くなってしまったかのようだ。

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Piero della Francesca,Brera,Milano

ヨーロッパでは社会福祉や公共の平安という意識は、古代ローマは別として、一般にルネサンス以降見られるもので、病院の起源となるような宿泊施設や孤児院があちこちに出現した。それまでがあまりにも死と隣り合わせの日々だったからで、例えば14世紀には黒死病で人工の3分の1が失われるようなこともあった。今の私たちと、どれほど死というものの感じ方が違っただろうと思う。もちろん現在でもアラブやアフリカなどの紛争地帯で生まれ育った人たちは、一年中死と身近に生きているわけで、それが当たり前だった中世と違い、当たり前ではない事を知りつつ生きるのはより辛いだろうと思う。それどころか数十年昔でさえ、今より野蛮だったのを映画や小説などから感じるし、そう言う意味では、遅々としてではあっても人類は平和への道を歩んでいるのかもしれない。

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Poldi Pezzoli, Milano

これらの写真は去年、ミラノで撮影したものばかり。去年のミラノは素晴らしかった。街には活気があり、重要な美術館も夜遅くまで運営され、多くの作品が修復されていた。もし今旅をしていたら、と思うと恐ろしい。旅は全く違ったものになったはずだ。キャンセルできる旅なら良いが、普通ヨーロッパへの旅は何ヶ月も前に計画をして航空券を買っているはずだし、何よりずっと楽しみにしているだろうから、取りやめるのはよほど勇気のいる事だ。不運極まりないダイヤモンド・プリンセスの人たちを思い出さずにはをれない。

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Brera,Milano

キャンセルできればすれば良いと書いたけれど、反対にキャンセルされる側に立てばとんでもないことになる。3月の終わりに小旅行をする予定だけれど、どうなる事やら。親はやめるように言うけれど、そうすべきなんだろうか。勿論その時になって、戒厳令が発令されたり、体調が悪ければ取りやめは当然だけれど、そうでもない限り私は出掛けたい。キャンセルされなかった宿や街の人たちは喜ぶはずだと思う。

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vicino a San Sepolcro, Milano

あらゆる時と場所に運不運がついてまわる。中世には「運命の輪」と言うのが誰もが知る象徴として、聖堂に描かれたり彫られたりしていた。運を支配しようとする努力が、中世と近世を隔てる態度の一つでもある。それが近代化だし科学の力なんだけど、人は決して完全に運を降伏させることはできないし、その受け入れ方、受け止め方は個人で大きく違う。こう言う時にこそ、その人の度量が知られるもので、無意味ないじめが決して起こらないことをひたすら願う。

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Porta Ticinese, Milano

旅には、劇的に危険性が減ったとはいえ、昔から死と喜びが共にあった。12世紀からミラノを観てきたこの門は、古代ローマ皇帝様式の聖ロレンツォ聖堂のすぐ近くにあるから、より一層多くの死、それに喜びを観てきただろう。世界に平安が訪れますように。

【芸術】映画とお金と芸術性

芸術全体に言えることだけれど、映画はあらゆる芸術の中でも最も予算を無視できないもの。制作に関わる人の多さだけでも他のジャンルとは異なる。よく「総予算〜!」と言ってお金のかかったことがまるで良いことのような宣伝文句を聞くけれど、これは作品の良し悪しとは関係無いどころか、個人的にはむしろ反比例する気がしてならない。

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ムーンライト

以前「ムーンライト」のことを書いた。2016年の映画。場面の表現方法や演出が芸術的だと感じたし、とても感動した映画。差別とLGBTテーマ繋がりで思い出すのは、これよりさらに出演者が少なくて、演出もシンプルだけれど良かった2018年の「ブロークバックマウンテン」。ほとんど二人だけで、後は自然の美しさが印象的な映画だから、主人公の二人は決定的な意味を持っている。これがブラピとデカプリオだったら、私は観なかったと思うし、結果的にこの映画が非常に成功した理由の一つだと思う。

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ブロークバックマウンテン

ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ダウン・バイ・ロー」などのジム・ジャームッシュとか低予算だけれど独創的で良い映画を作る人は、それなりに居るのに、日本では本当に話題にならない。スパイク・リーの映画も幾つかは結構低予算で、とても印象的だし、何より存在理由のある映画。大掛かりで有名人が出てる凡庸な内容の単純な映画とは、大違いだ。

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スパイク・リー、1990年

やたら派手なアクションとシーンで、美男美女の有名俳優が出てくるとそこに目が行く。逆に人数が少なく、地味な背景で、場面展開も無いと、当然演出とセリフが重要になる。ヨーロッパ映画にはそういうのが沢山あって、ほとんど部屋の中だけで二人で喋って終わり、みたいなのさえある。思想がしっかりしていて、内容があればその方が余程心にしみるものだ。確かに社会派なしっかりした思想を持っていたとしても、演出や画像があまりにも悲しいとなると、私も苦しい。だからこそ、大袈裟な映画では大して問題にならない演技力や、言葉の力、美しい背景やセンスが低予算映画には必要だ。もちろん低予算ならなんでも良いわけでは無いし、大金かけた映画にもいい物もたまにはある。

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オーバーロードZ

低予算映画で思い出すのは、アサイラムアサイラムは1997年に設立されたカリフォルニアの映画会社で、低予算、短期撮影で有名。パクリとかスプラッター・ホラーなんかも特徴で、日本では結構人気があって劇場公開されたりもする。果たしてこの会社のファンの女性がどのくらい居るのか謎だけれど、私は間違いなくファンで、アサイラムって聞くと観たくなってしまう。頭が4つあるジョーズと巨大タコ対決みたいな呆れた馬鹿らしい映画もあるけど、それでも結構最後まで見られるのは、製作者が作りたくて作ってる感じがして楽しいから。でも特にそう言ったあまりにも内容のない作品は、日本からの発注で作られた物だったりして、全体的にはカウンターカルチャーとはいえ批判精神がある。これはアサイラム批判に関わらず常にそうなんだけど、日本では「オーバーロードZ」なんか異色のゾンビ映画って売られ方をして、ゾンビが見たい人には、ただただ数人の兵士が必死になってるだけの映画で、評価は1〜2点!とかなっちゃう。私には最後の場面が、あの映画の価値をいきなり引き上げた気がした。それまでひたすらドイツの悪魔め!一色だったアメリカ兵が部下をみんな失って命辛々帰国すると、上司がドイツ研究所から生まれた悪魔の生物兵器アメリカで使おうと、こう言う。「心配しなくてもいいんだ。我々は使っても。我々は正義なんだから。」戦争は人を狂わせる、どの国も正義とが悪とか無いって言ってるのは明白。大体とんでもない虫(生物兵器)を開発したのは連合軍側の女性科学者(マッド・サイエンティストの典型)だしね。

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フルメタル・ジャケット

戦争主題の映画は、結局二つに分かれると思う。「過酷な状況での友情を描く!」系の映画は、自国は正義、敵は悪が明確で、敵はどんどこ死んでも主人公側は楽しそうにしてるような単純な物。これに対して、どんな戦争も良い戦争なんか無いっていう反戦映画。私は当然後者しか見るに耐えない。キューブリックは最高の反戦映画監督で、映画史に残る作品をいくつも残した人。「博士の異常な愛情」「フルメタル・ジャケット」は直に戦争を扱った凄い作品。ただお金かかり過ぎではある。

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トータルリコール

大金かけた映画は幾つもあるけど、例えば「トータルリコール」。1990年にシュワルツネッガーがやった超娯楽物は、全く原作と違うし反美的なので話にならなく、今思い出してるのは2012年版の方。お金かかってるなーっ!とつくづく思いながら観ました。シュワルツネッガーのよりは、画面も主人公もずっとカッコいいし、何より大好きなフィリップ・K・ディックの1966年の原作 "We can remember it for you wholesale"と近い。ディックの小説は超一流とは思わないけれど、ほぼみんな読んでるほど好きです。オリジナリティがあるし、繊細さと阿呆らしさ、それに優しさが感じられる。そうだな。結局、どこまで製作者が作品を愛してるかっていうか、やりたいことをやってるかっていうことはすごく重要なんだと思う。芸術の基本要素かな。アサイラムが芸術とは決して言わないけどさ。

 

【芸術】永遠のテーマ

首都大学東京OUの講座「展覧会をもっと楽しく」が無事終了しました。

無事っていうより、考えていた以上に良い内容だったと自画自賛しています。

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Milano, 2019

講座初日に、東京富士美術館の「ルネ・ユイグの眼差し:フランス絵画の精華 大様式の形成と変容」

https://www.fujibi.or.jp/exhibitions/profile-of-exhibitions/?exhibit_id=1201910051

を観に行きました。去年ミラノで撮影した上の写真とは真逆の内容です。ルネ・ユイグとはアカデミックを一身に体現したような人ですが、写真は悲惨な社会問題である性犯罪をテーマとした、インスタレーションの現代美術ですから。私にとってはどちらもアートです。そこにアート、芸術とは何かという永遠のテーマが存在します。

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フィリップ・ド・シャンパーニュ

これは今回の展覧会中、ほとんど唯一の宗教画です。アカデミックです。フランス絵画とはいえ、ほとんどイタリア絵画の焼き直しのように見えます。近代以降フランスは芸術の中心地の時代がありました。しかし個々の作品を見ると、イタリアに遠く及ばないのが明確になります。印象派やエコール・ド・パリの画家たちも多くはフランス人ではありません。イタリアは、特に美術史において圧倒的な地位を占めるのでどの国も及ばないのです。

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Annibale Carracci, Brera

アンニーバレ・カッラッチのブレラの作品です。彼は美術史上最も重要な画家の一人です。教科書にも載っている「豆を食べる人」は彼の作品です。アカデミック(大美術)な観点から、描くに値しないと判断されてきた普通の人々を描いた最初の画家と言っていいでしょう。彼の描く肉屋は、間違いなくエコール・ド・パリで最も過激な画家スーチンに深く影響を及ぼしていると私は考えています。その彼にしては平凡な作品ですが、シャンパーニュが手本にしたのは明快だし、シャンパーニュよりデッサンも色彩もカッラッチの方が優れています。世界を圧倒するイタリア美術会ですが、現代美術において話は違ってきます。ブレラの小さな近世絵画の一角では、イタリア人の作品は一枚だけになっています。

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ブレラ絵画館の近代美術の一角

展覧会では学芸員の方に長時間お付き合いいただき、解説していただきました。私の横槍が入るので、ずいぶんやり難かったはずですが大変丁寧に対応していただき、心から感謝します。ダブル解説というか、絵の内容を細かく解説する彼女に対して、私は個々の作品と言うより、美術史全体の流れや、それぞれの国の特徴、歴史的、宗教的、社会の心性をいつも重視しています。タッマーにですが、それは違うだろうと思うこともありましたが、解釈や考え方はそれぞれなので、できるだけ多くの意見を聞いたほうがいいのは当然です。

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アンニーバレ・カッラッチ自画像

いつものように、前置きが長いですが、要するに言いたいことは簡単です。

「アカデミック美術は芸術か?」

「素朴派(ナイーブ・アート)は芸術か?」

と言う問題です。

無理やり答えを見つける必要はないのですが、芸術の概念を明確にする基準はあっていいと思っています。

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Luca Giordano

なので講座の後半は、講義室でアカデミーの歴史を作品を追いながら話しました。今回の展覧会にちなんで、一応フランスアカデミーを中心に据えましたが、言葉の源、プラトンから始まり、美術アカデミーの始まりであるフィレンツェヴァザーリから、ローマ、各国と続きます。ボローニャのアカデミーはカッラッチ兄弟により運営された、最もアカデミックでないアカデミーです。

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アイエツ自画像

写真のルーカ・ジョルダーノやフランチェスコ・アイエツはアカデミックな画家です。「手に筆を持って生まれてきた」ような人たちです。彼らの筆は走りまくります。フランスアカデミーでは、筆の跡を残してはならないと言われてきたのですが、それは凡庸な迫力のない作品が多く生み出される要因の一つとなりました。でも兎にも角にも、アカデミーの画家たちはデッサンは上手で、職人芸に長けています。

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ブグロー

ブグローは今回の展覧会の花形画家の一人で、最後のアカデミーの巨匠ではないでしょうか。この作品は「ルイ13世誓願」というアカデミーで熱狂的に支持された作品です。でも美術史を知っていれば、誰でもラッファエッロを思い出すでしょう。

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ラッファエッロ

1820-4年に描いたブグローは、1513年のラッファエッロのシスティーナの聖母を下敷きにしています。足元の二人の天使、両側の緑の天幕、中心は空間浮遊する聖母子で、それを崇拝する寄進者という内容は、そっくりそのままです。拝む人物を教皇からフランス王へ変えているだけ。ラッファエッロの作品は私の写真が良くない上、三百年も前に描かれているので当然痛みも激しく、比較するには不利です。それでもラッファエッロの作品の魅力は現代人にも訴えるものがあり、それにひきかえブグローの聖母子は硬く、つまらない作品となっています。ブグローはちょっと変態を疑いたくなるほど、美少女、美少年、美女の裸が得意な画家なので得意分野でなかったことは確かですが、とにかく誰が見ても綺麗に描くことのできる画家でした。

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ブーシェ 自画像

綺麗に描くことができたといえば、ロココの帝王ブーシェ を思い出します。彼も天才に違いありません。彼らのように、天才的なデッサン力、天性の構図力や色彩感覚を持っている画家が、必ずしも芸術と感じさせてくれるわけではないのを、痛感します。カラヴァッジョを天才という人が沢山いますが、彼はデッサン力も構図力もありません。しかし彼の絵には芸術だと感じさせる迫力があり、特に晩年の作品には鬼気迫るものがあります。印象派の画家なんて、びっくりするほど下手だったりしますがあれだけ愛されています。20世紀には、アカデミックという言葉は俗悪以外の何物も指さなかったので、ブグローのような画家の作品には全く値打ちがありませんでした。今は数万倍の価値がつけられています。いつでもお金に換算して考えるのは大変悲しいことですが、それはその時代が望んだ価値を表しているともいえます。20世紀は抽象の時代、ジャクソン・ポロックやルーチョ・フォンターナの時代だったので、アカデミックな画家はクソミソに言われました。

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Lucio Fontana

私は、デッサン力を高く評価しますし、構図や色彩感覚も重視しますが、独創性や魂の入った作品というか、心から表現したいと作者が感じているかどうかは実に大切だと思います。社会問題と取り組む挑戦は、真面目に受け止められるべきだとも思いますが、コンセプチュアル・アートはしばしば、反芸術的で、真の芸術を愚弄するものだったりします。何でもかんでも、テレビやネットで話題だからすごいのだと判断したり、エピソードに感心して芸術だと思う態度は、芸術とは正反対の非独創的な態度なのです。

 

Buon Anno! あけましておめでとうございます

    求めよ さらば与えられん

   尋ねよ さらば見出さん

   叩け さらば開かれん      (マタイ第7章7節より)

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Matteo Civitali, Lucca

去年ルッカで撮影した、マッテーオ・チヴィターリ作、救世主の大理石彫刻です。何度も撮影していますが、季節や時間、その時の私の心の状態で変化があります。

この写真は、ほぼコンピューターの修正なし(原寸はもっと大きい)ですが、悲しい現実の多くある世界において、未来への微かではあっても光を感じさせる雰囲気が伝わるのではないかと思い、年頭に持ってきました。

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Matteo Civitali, Lucca

初期ルネサンスに生きた天才的な彫刻家の一人でフィレンツェでも修行しましたが、ほとんど故郷ルッカで仕事をしました。中世から近世へかけてヨーロッパで最も華やかだった都市を、さらに輝かせました。様々な素材で製作された聖像は、どれも大変感動的です。それはドナテッロの様な強烈な個性を放つ、力強い生命の躍動というより、繊細で今にも壊れてしまいそうな、それでいて五百年の歳月を生き続けている、ある種耐える力に対するものでしょうか。口をきっと結んだドナテッロ作と反対にマッテーオのイエスは僅かに口を開けています。

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Matteo Civitali, Lucca

絵画作品を背景に持っていたため、背中が平らになっています。元のフレスコから引き離されて、いよいよ悲しさが募ります。このイエスは死を超えて復活した、勝利の頂点に立つ図像であるのに、なんとか両手を広げ、人間の悲惨を一身に受け止めているのです。

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Matteo Civitali, Lucca

エスの像は悲壮ですが、聖母子は心が和みます。何世紀ものチリや埃、風雨に晒され彩色は変化し痛んでいますが、それでも元の像の美しさが十分に伝わります。一部の成人男性だけが人間扱いされて来た歴史の中で、女子供は表現する価値がありませんでした。表現する価値が認められるには女神か聖女でなければなりません。中でも聖母子像が圧倒的に多く愛されたのは、幼児イエスの存在を抜きには考えられません。聖母子像に関しては孤高の天才彫刻家ドナテッロより、マッテーオ・チヴィターリに軍配をあげたいと思います。

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チヴィターリ工房、聖フレディアーノ、ルッカ

                 いつの日か

           人々の心に理解と寛容の精神が生まれ

             世界に平和が訪れますように

 

【展覧会】小旅行に美術館へ一緒に行こう「フランス絵画の精華」

https://www.ou.tmu.ac.jp/web/course/detail/1942I002/

首都大学東京オープンユニヴァーシティの、私の講座のサイトです。

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Claude Lorrain, 部分

私は首都大のOUで二つの講座を持っていて(それ以上は持てない規則)、南大沢と飯田橋で授業をしています。南大沢校舎へは、受験シーズン部外者は立ち入り禁止。なので冬季の授業は2〜3日の短期集中講座を行なっています。

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スコットランド国立美術館

飯田橋校舎では西洋美術を中心に授業しているのに対して、南大沢ではイタリア史(最近は宗教改革期なのでヨーロッパ全般が対象)の授業ですが、冬季は西洋美術に関する短期集中講座をすることにしていて、今年は八王子の富士美術館へ行くことにしました。展覧会タイトルは「フランス絵画の精華・大様式の形成と変容」です。

https://www.fujibi.or.jp/exhibitions/profile-of-exhibitions/?exhibit_id=1201910051

美術館の展覧会サイトです。

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大英博物館

ヴェルサイユ、オルセー、大英博物館スコットランド国立美術館らの協力で行われる展覧会で、西洋美術の王道や基本などを理解するのに分かりやすいと思いました。もちろん南大沢方面の方を対象にしているのでその近くってこともありますが。

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ヴェルサイユ

私にとっては、最近はイタリアばかりで他国へ行けていないので、懐かしい美術館、博物館ばかりということもあります。ヴェルサイユへは冬に行ったので、自慢の庭園は全く楽しめませんでしたが、かの有名な歴史上の建造物やナポレオンの戴冠シーンなどを見に行きました。大英博物館へは何度も行きました。美術よりロゼッタストーンとかエジプト関係の資料の方が印象的ですが、無料だということや写生ができることには深く感動しました。オルセーでは、それまで良いと実感した事がなかったゴーギャンを見直す事ができました。ルドンの名前をロダンと間違って解説しているバカな日本人が忘れられません。画家と彫刻家の違いも分からない人がどうして解説できるのでしょうか?

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オルセー

スコットランドアイルランドウェールズなどの地方は、大英帝国の光と影を見る思い、中世西洋文化の精華であるケルト美術を生んだ場所でありその起源である謎のケルト人、などなど子供の頃から特別な思いがありました。

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Philippe de Champaigne

富士美術館では、表題の特別展の他に常設で「ルネサンスから20世紀まで」の西洋絵画、レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の「アンギアーリの戦い」、マネの銅版画や女性写真家など盛りだくさんの内容が同時に楽しめます。特に今年はレオナルド500年祭なので 「アンギアーリ」はこの機会に見ておくのも良いでしょう。

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Hubert Robert

初日は、美術館で合流し、多分とても少人数だと思うので、作品を前にして色々お話するつもりです。後にミュージアム・カフェで感想など出しあいましょう。二日めは大学の校舎で、映像を見ながら作品解説をします。二日間の冬の小旅行と思って、一緒に美術館へ行きませんか?人数が集まらないと開催されないので、ぜひご参加ください。

 

連絡は首都大学東京オープンユニバーシティ事務室

TEL:03-3288-1050 (受付時間:平日9:00~17:30)
FAX:03-3264-1863

 

お問い合わせメールアドレス:
ou-kouza●jmj.tmu.ac.jp
(おそれ入りますが、メール送信の際には上記アドレスの●を@に置き換えてくださいますよう、お願いいたします)

 

💙

 

【旅】旅先でお財布を買う?

じゃ〜ん!作ってみました!

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勢いガマ口!

幼稚園か小学校かって感じのガマ口です。もちろん1日で作った!フェルトの有り合わせで、手がうまく動かなくなった老齢のマチスが愛した切り絵をイメージ!!あとはバスキアの勢い(彼の絵は吠えてたり怒ってたり、わけわかんない感じ)です。誰もそんなこと思わないけど、私、本人はそんなつもり。

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ガマ口もう一面

なんでこんなことになったかっていうと、使っていたお気に入りのデザインの長財布が傷んだから捨てました。Pylonesっていうフランスのブランドので、日本にも多少入っています。でもイタリアの方がデザインも豊富だからフィレンツェで見たんだけど、どうしても気にいるのがなかった。下の写真のお財布、これ出す度に褒められた、お気に入りでした。

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お気に入りだったお財布

でもデザインが気に入ってただけで、ジッパーもYKKの様には滑らかでないし正直言って使いやすくはなかった。何よりユーロ紙幣に合わせて作ってあるから、円には余りが出ちゃう。カードは沢山入るけど、減らしたいし。出来るだけ軽くて小さい方が良い!と思って、海外土産にいただいたお財布を出してみた。昔流行ったセリーヌ(左上)の小銭入れなんて使いにくい事この上ないから二日で却下。アイルランドの帽子型小銭入れは、冬モード全開で可愛いけど、全く小銭しか入らないので現実的ではない。葉っぱのはフィレンツェの高級皮革でやたら手触りはいいけど、こんな形だから紙幣は折り畳んでも無理。Mywalit(右上)もイタリアの皮革専門ブランドで、これは紙幣も小銭もカードも入るので、イタリア旅行用にいつも使っていた物。日本で買うと平気で万する高級品だけあって(もちろんイタリアで買ってる)作りはしっかりしてる。でもやっぱりユーロ用だから円を入れるのは辛い。

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海外のお財布色々

結局、紙幣を二つ折りすれば入るくらいのガマ口型が、小さくて使いやすいのではと行き着いて、散々デパートやアウトレット始めいろんなお店を覗いたけれど、なかなか無い。で、作るに至ったのでした。フェルトだからめっちゃ軽い。中は二つに分かれているので、紙幣とコインを分けられる。お・気・に・い・り。作ってみたら、長財布は大きくて嫌だからガマ口が流行ってるって聞きました。そーなんだ。やっぱりね。

 

旅先でお土産(自分用にも)などにお財布を買うときは、紙幣の大きさを考えましょう。有名ブランドの高級品もそういう意味では結構使い難かったりします。

【旅】海外での携帯やwifiについて

海外旅行へ行く時にwifiを空港で借りて行く人がいる。今頃それはない。重いし使える容量は少ないし、日数で契約すると思うから1週間もいればかなりになる。

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Simカード

私は現地へ着いたらできるだけ早く携帯のSimを入れ替える。30ユーロ前後で一ヶ月使用可。今回はヴォーダフォンだったけど、普通はTim(テレコム・イタリア)を使う。そんなに違いはないので最初に出会った方を選ぶ。

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sim裏

飛行機をイタリア国内で乗り継ぐ場合は、ローマとかミラーノの空港で、乗り換え時間に交換するのが理想的。飛行機を降りた時からイタリア人のように、使用量を気にせず使えるし、気軽に電話もかけられる。旅先で一年中動画を見てる人もいないだろうから、ほぼ縛りなしでネットも電話もかけられる。TIMかVodafoneの看板があるお店で聞いてみてください。絶対おすすめだから。

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Pavia

今回はモスクワ乗り換えだったので、乗り継ぎ時交換は不可能でした。EU内ならどこでも使えるけれど、当然国内だけで使用するのと国をまたがるのでは金額(使用量)が違ってくるので、あちこち国をまたがる旅の人は、長く居る国で交換するのがいいかも。

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Pavia

B&Bというか民泊というか、昔ながらのホテルとは違った宿がどんどん出てきている現在、持ち主(大家さん)と連絡を取って鍵をもらい、開けてもらう形式がとても増えた。大抵ホテルより経済的で、旅の情報サイトで点数を上げようと頑張ってるところも少なくないから、とっても素敵な事も珍しくない。 当たり外れがあるのは確かだけれど、英語のできるイタリア人も増えたし、最近は翻訳ソフトも随分向上したので、必要最低限の言葉ができれば面白いのでお勧め。問題あった時にはホテルの方が楽ではあるけど。私は常にこういう民泊を利用するので、向こうですぐに連絡がとりあえる携帯が必須。だからSimを替えてるの。自力旅行が好きで、言葉も頑張りたいって人はぜひやってみて。

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Cattedrale,Pavia

今回はパヴィーアの駅近くで替えたので、パヴィーアの写真を入れました。でも、それより先にハードユーザーでない限り、普通の1週間程度の旅行で、たまに家族へ無事の連絡を入れる程度ならシムを買う必要もwifiを契約する必要もない。ちょっと高くなるけれど、海外で使える契約にしておけばそれだけでいいと思います。海外での携帯をどうするか考えてる人の役にたったらいいな💛

 

 

 

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ