天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【芸術】参加者の感想:西洋美術愛好会

私の都立大OUの講座に連続して何年も参加してくださっている方々は、私の人生の一部でありどんなに感謝してもしきれませんが、間を置きながらも何度も参加してくださる方もいて、それはまた別の嬉しさがあります。オープンユニバーシティは教師と先生というより講師と参加者という大人の関係ですし、学生のように数年間ぶっ通しで一年中顔を合わせるわけではありません。だから親しくなれる人もそうでない人もいます。全ての人と心底うまくやれるような人はいないし、特に私の授業は個性が強いので、合う合わないも大いにあります。だから誰かが来なくなると中には気になる人もいて、何が問題だったか考えたりもします。Uさんは色々とお忙しい中、参加可能な時には来てくださる方で、何より私のイタリアの旅に親子で参加してくださいました。お嬢さんとはイタリア語も一緒に勉強して、彼女の赤ちゃんはイタリア語で数えたりするというのを聞くと、こんな私でも少しは生きている意味があるかと思ったりします。そんなありがたいUさんからのメールを一部紹介します。

Paul Cezanne

一昨年のオンラインの「西洋美術愛好会」等のお陰で、セザンヌ降の近代美術に、
より親しみを感ずることができるようになりました。ありがとうございました。
絵画を観ることだけでなく、音楽や人間についても、視野を広げることができたと感じ
ています。樹々や動物に対しても、共感的に観たり、感じたりすることが深くなった気
がします。どんな気持ちで、何のために、絵を描いたのか、音楽を作曲したのか、樹々はなぜ枝を伸ばすのか、対象の内面を想像するようになりました。
昨年は、バッハの「マタイ受難曲」を湘南フィルハーモニーのコンサートを聴きましたが、美しい曲の数々をバッハがどんな気持ちで作曲したかを念いながら、心地良く聴くことができました。昨年は、エゴン・シーレ展、キュビズム展、ローマ展に行きました。先生の講座のお陰で、より興味深く鑑賞することができました。

Cezanne, 1895

私には枝を伸ばす木々の内面を想像することなど叶いませんが、Uさんは大変ロマンチストなので、私の授業からそんなふうに発展させてくださったんですね。芸術は人から言われて「すごい!」と思うものではありません。自ら感じることが何より先にあると信じています。もし理解したいと思うなら、歴史や思想や芸術家を取り巻く社会状況や作家の性格その他を考察する必要がありますが、まず最初に作品を「好きだ、いい!」と感じなければ絶対に理解に近づくことはできません。作品解説ばかり読んで、ろくに作品を見ていない人が多い中、目を閉じて音楽に没頭するように絵を眺めたいものです。

Cezanne

私は芸術全般が好きですが、中でも子供の頃から美術が好きでした。家にはセザンヌの画集があり、父から重要な画家だと知らされていましたが良いと思えるようになったのはずっと後になってからです。特に彼の描くあまりにデッサンを逸脱した人間の絵が気持ち悪く嫌いでした。今でもセザンヌに限っては、風景や静物などが好きで人はあまりピンと来ません。それでも美術史全体における彼の果たした役割の重要性は分かります。どんなに偉大だと言われていても好きでなくて構わないのが芸術のいいところではないでしょうか。算数のように正解があるわけではないし、善悪のように理解するべきことでもない。最も大切なのは自由な精神だと思う。

Uさんのメールにかこつけてつい長くなりました。今朝もかなりの地震がありました。東京もいつどうなるか分かりません。でも悲しいことや心配ばかりでは生きていけないので、美しい物事に心を慰めてほしいと思います。心を新たにより勉強したいと思っています。

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ