天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【映画】「グランド・ブダペスト・ホテル」再び

今は映画や海外ドラマを見るのにもいろんな媒体がある。どれがいいのか友人と話題になって、結構内容が違うのを実感しました。VOD最大手のU-NEXT、お買い物に引き続き使ってる人が多そうなAmazonプライム、huluとかNetflixとかいっぱいある。私はイタリア語の勉強がてら、休憩と楽しみにJcomでイタリアドラマを基本に見てるけど、イタリアドラマってあまり無いのね。

みんなとろけるメンデルスのお菓子

イタリアドラマについてはまた今度書くことにして、今日はAmazonプライムを再度契約したので(きっとすぐやめるけど)どんな映画があるか見てみたら、表紙に載ってるのは興味の無いのばかり。でちょっと探したら「グランド・ブダペスト・ホテル」があった。知ってるけど、どうしても観たくなって再見。ものすごくおしゃれで内容もある映画って、そうあるもんじゃ無いでしょ。

不思議なエレベーター

本当にこの映画って素晴らしい。以前見た時より心に沁みた。前見た時は、戦争が全く実感できなかったのに、今は世界のあちこちで戦争してたり、日本だって他人事じゃなくなるかもって感じで、すごく悲しいので、それが理由だと思う。

北ヨーロッパの絵本みたいなホテル

あまりに映像が印象的で個性が強いので、日本では内容について書かれない場合が多いけど、実はとても深いテーマを持っている映画。一言で言ってしまえば「文明と暴力」の対比が描かれている。日本の評論は、物語の背景や思想についてほとんど触れないで、技術的な話や予算やスター俳優ばかり取り上げるけどそんなのおかしい。

ナチのSSを連想させる象徴

舞台は北東ヨーロッパの架空の国なんだけど、ブダペストホテルっていうくらいだからハンガリーとかその辺だろうし、ドイツ語色が強い。年代ははっきりしていて1932年から起こった出来事を回想する。戦争が忍び寄ってきて検閲や拷問があるというのが話でわかるけど、暴力的な場面はほとんど出てこない。

無国籍の主人公ゼロはロビーボーイ

日本ではベルボーイって言うけど、主人公は、戦争で家族を失い命からがら逃げてきた移民の青年と、彼の師匠で、消えゆく「文明の光」(何回もこの言葉が出る)を求めるプロフェッショナルなコンセルジュ(支配人みたいだけど)の二人。彼は常に高尚な詩と香水を身につけている。ワインも安物はダメで、エレガントであることがとても大切。だってそれは野蛮の反対だから。野蛮は無知と結びつき、さらに暴力と結びつくからだと思う。完全な白人の師匠グスタフは、一瞬ロビーボーイのゼロを差別しそうになるけど、すぐ自分の愚かさに気付く。彼は文明人の代表だ。文明は人を寛容にするものだから。そういえば大学院時代に「文化」と「文明」の違いについて考えたことがあった。英語でもラテン系言語でも文化はcultureで文明はcivilization。cultureは「耕す」のが語源で、長らく言われてきたように、人間は定住生活(農耕)をして初めて文化を獲得するという考えに基づいてるのに対して、civilは「市民」集団生活をすること(市や都市の形成)と結びついている。文化が固有のイメージが強く、文明は拡散のイメージが強いと、比較文化の教授が話したのを思い出す。(ちょっと脱線)

ホテルのロビー

この由緒正しい高級ホテルは貴族や大富豪たちに愛されてるんだけど、特に年配の女性たちの目当てはこのスーパー・コンセルジュで、彼は彼女たちの寂しい人生を明るくしてくれるカサノヴァ。超お金持ちの金髪老女が亡くなると、本気で悲しむけどおこぼれも期待するから親族に恨まれても仕方ない気もする。それが事件の源になる。でもあらすじは話さない。見て欲しいから。だって本当にすごくいい映画なんだもん。

登山電車もおもちゃみたいで可愛い

コメディタッチでちょっとブラックユーモアもあって、サスペンス仕立てで最終的にはヒューマンドラマっていう作りだから、誰でも楽しめると思う。全然小難しくないよ。ただ一見するよりずっと深刻で深い内容がある上、カラヴァッジョを思い出す絵画の小道具とか、フリードリッヒを彷彿とさせる映像とか、ツヴァイクの詩とかそういったものが何重にも奥行きを与えている。

ファンタジー映画みたいな映像

情報: The Grand Budapest Hotel (グランド・ブダペスト・ホテル)2014年、制作はドイツとアメリカで監督はウェス・アンダーソンベルリン国際映画祭グランプリはじめ数々の賞を獲得、何より専門家の評価は抜群に高い映画。ジュード・ロウがちょこっとしか出ない豪華俳優陣。準男爵のイギリス人というレイフ・ファインズが、古臭いけど優雅で、誇り高い勇敢な主人公にピッタリ。

いろんなグッズもめちゃくちゃ素敵

絶大なファンも世界中にいるから、いろんなグッズが出てる。かつては優雅で文化的な話題を提供していたゴージャスなホテルが、今ではすっかり寂れて傷んでる。私も、読んだり見たりして知っている有名ホテルや施設が悲しい状態になっているのを、何度も見たことがある。一番印象に残っているのはトスカーナのモンテカティーニ・テルメ。色々読んで行ってみたくて初めて尋ねたときはまだ綺麗で感動したのに、後から行ったら寂しい状態ですごく悲しくなった。

Montecatini terme

優雅な時代は常に過去のものになるのかな。ドレス着て、ピアノの生演奏があって、大広間で大理石のお風呂でエステする避暑地。なんて贅沢、確かに平等主義時代にはそぐわないのかも。文明の光は消えず、戦争を止めることはできるのか?まさに世界に問われている今、映画「グランド・ブダペスト・ホテル」は益々名画に感じられる💕

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