天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【旅】靴と旅する

2018年はまだ終わってないけど、靴に取り憑かれた年みたい。

 

長年履いてた、お気に入りの聖フランチェスコ・サンダルがいよいよダメになって(MBTも底が取り替えられればいいのにね)旅の前に捨てました。

 

イタリアへはだいたい9月に行くからサンダルです。向こうは日本より暑いし、サンダルが似合うのだ。で、高くもなく安くもないフランスのカジュアルブランド(ずっと前から普段ばきに何足も買ってる)で、去年と同じデザインの色違いサンダルで、歩き倒そうと決めていました。ところがどっこい、直前にブチっ!と一本紐が切れて、時間が無かったからデパートでカンペールの黒いサンダルを買いました。元値は2万8千円もするからセールで助かった。あとはお洒落用にエナメルのヒールを一足、秋用にカーキ色の歩きやすい靴、プールと部屋用のビーサン。これで出発。

 

 

 

快調にプーリアからモリーゼの石畳や砂浜、時には道無き道の草むらを歩き回り、先発旅組みが帰国した翌日、一人でイゼルニアを歩いていたら、またブチッ!!えーーーー!!ショックーっ!確かに酷使しているが、毎日拭いて綺麗にしていたのに(泣)。憤懣遣る方無いよりも、先に考えねばならないのは替えの靴。一人で街を探検しまくってて、田舎町の住宅地のお昼に差し掛かっていたので人っ子一人居ないし、お店はみ〜んな閉まって4時まで開かない!!!

 

とそこへ唯一開いた中国人の雑貨屋さんが。中国恐るべし。こんな田舎街にも進出とは。駆け込んで、とにかく履けそうなサンダルを10ユーロで買いました。安っぽくて嫌だけど背に腹は変えられない。意外に歩きやすいので気分も上がり、ナポリで後半の旅組と合流。買った二日後、パチッ!!!!なんと今度は留め金が破れました。プラスチックだったみたい(溜息)。今回はナポリの雑踏のど真ん中で目の前に庶民的な靴屋さんがあったので、そこでおじさんのいいなりにに購入。20ユーロ。(写真で履いてるのがそう)

 

 

日本と違って、金とか銀とかが当たり前。壊れたのを捨ててもらって、状況を話すとおじさん曰く、中国製と違って品質には絶対の自信を持っているとのこと。

 

中国批判したいわけじゃないんだけど、事実と疑問をちょっと。中国人のお店って、お客さんも中国人やアラブ系の人とかアフリカ系の人とかが多くて、場所によったらもちろんイタリア人もいると思うけど、とにかく裕福な人は決して来ない。私の買ったサンダルは1日半で10ユーロ、カンペールは二週間強で210ユーロ。実質セールで買ってるからカンペールは一日8ユーロ、中国サンダルは1日9ユーロくらいの計算になる。カンペールは勿論直せるけど、中国サンダルは捨てざるを得ない。物凄い高い買い物じゃない?彼らってお店持って現地に根着いて営業してるのにこんな悪いもの売って大丈夫なんだろうか?と思いました。イタリア語のほとんど話せない店員のお姉さんは、多分親切にしてくれてたらしいので(喋り方が、超片言で荒いのできつく感じる)お店がうまく行くようにお祈りします。

 

それと比べ、イタリアサンダルはおじさんの言った通り、丈夫で履きやすくその上安い、最高の買い物でした。

 

で、醜い写真を載せたのは、今回はなんと部屋ばきのビーサンも含めると7足の靴と旅したかつてない旅だったから。

 

中国サンダルを買った後、不安になってイゼルニアの中央市場でジオックスを二足も買っちゃった。ジオックスはイタリアの「呼吸する靴」って言って有名なメーカー。日本にも平凡なデザインなら入ってくる。イタリアも今年は夏が遅かったせいで、旅の間中大セールをやっていたのだ。本当はかっこいいブーツが欲しかったけど、歩くために我慢して、金のバレーシューズと銀のスニーカーもどき。本当、日本だったら健康に配慮した靴って言えば、冴えないベージュとか地味〜なデザインと色なのに全然違う。

 

で、まだ旅は半分も過ぎてない頃に8足の靴を持ったことになる。一足は捨てたけど7足を機内持ち込み鞄に入れて、旅するのは全然思っても見ないし望まないことでした。旅の間はできるだけ軽い方が良いから、いつも買い物は最後の最後に、一人ですることにしているので今回は本当に特別でした。痩せないとねー😂

 

【イタリアの街】モリーゼ州、ひとり旅

2018年9月20日にプーリアとモリーゼの旅が終わり、21日の夜後半のグループが成田から到着します。私はほぼ丸二日一人になります。正直言って、一人とみんながいるのでは全く疲れが違うから、ここで一息入れて先の旅の疲れを回復し、後半のナポリに備えないと行けないんだけど、全くゴロゴロするとかはできないに決まってる。

 

Macchia d'Isernia

 

私はイゼルニアに2泊するので、モリーゼの街を一人で写真撮りまくることになるでしょう。みんなを連れているとどうしても良い写真がなかなか撮れないのが最大の残念な点です。写真には時間が必要だから。

 

Bagnori del Trigno

 

と言ってもバニョーリ・デル・トリーニョとイゼルニアは一日3本のバス。かなり厳しいから、やっぱり車を出してくれる人次第かな。郷土愛のあるイタリア人は多いので、あとは時間が合うかどうか。

 

それよりイゼルニアの街を隅から隅まで歩いて、すぐ先のマッキア・ディ・イゼルニアまで足を延ばすのはどうでしょう。これはかなり現実的だし、疲れなさそう。

 

Macchia d'Isernia

 

最初の写真がマッキア・ディゼルニアの教会の航空写真。凄く小さな集落で、バスでイゼルニアから9分だからゆっくり歩いて行っても良いね。朝お散歩気分で出かけて、1日森林浴、と思ったら途中に巨大ショッピングモールがあった。乗るなら14:55発。帰りは16:56。これが良いかな。

 

Castello di Macchia d'Isernia

 

もひとつ、みんなと一緒だとイタリア人研究者とゆっくり話ができません。だから思いっきり話すには一人がいいのです。質問責めにします。

 

夜はアパートで大人しくテレビ鑑賞しながら荷作りすると思う。日本でも観てる海外ドラマをイタリアで見るのが好きです。英語とイタ語の違いが歴然とするし、馴染みがある方がよく分かるから。残念ながら、私はものすごくイタリア語が堪能なわけでは、全然ありませんので。あとはねー、イタリアの歌番組も好き。日本と違って上手いんだよね。お爺さん(に見える)歌手でも上手いと若い子のファンが大勢いて、日本とは大違い。ロックバンドのライブとかあったら行きたいなー。イゼルニアにそういう場所あんのか???

 

21日はイゼルニアを出てナポリへ向かいます。

14:11、イゼルニア発 16:09、ナポリ・チェントラーレ着かな。ひっさびさに大きな駅。

 

Napoli Centrale

 

前半の旅は、バーリはそれなりに大きな街ですが、あとは都会とは程遠い小村や辺境の洞窟を訪ねる、静かで穏やかな旅でしたが、打って変わって西洋史上最大の都会ナポリへ。喧騒と緊張感、巨大で荘厳な建物の沢山あることと、一本の廊下の長いこと、などまるで正反対です。

 

Via Sanfelice

 

呆れるくらいやり取りのしやすい、宿へ。ちょっとあるけど、ひたすら大通りを真っ直ぐ行けばあるから歩くと思うけど、疲れてたらタクシーに乗ります。凄く素敵なアパートですが、昔ながらの友達みたいにメッセージを送ってきます。流石ナポレターノ(ナポリ人)。ちなみに日本のようにラインは使えないのでWhatsAppです。

 

 

ナポリでは3泊するので荷物をほどきます。一息入れて情報確認したら、久しぶりのナポリの街へ。みんなが来る前に撮れる写真は撮っておこうと思います。でもこのアパート本当に広くて綺麗だし、ソファーがあるしごろっとしてしまいそう。

 

 

 

 

【イタリアの街】モリーゼ最後の日

なんかタイトルが、モリーゼが壊滅するみたいですが、当然最初のグループの旅の最終日という意味👻

 

2018年9月19日(水)

 

昨日書いたばかりだけど、その後モリーゼの教授から連絡があり、洞窟の聖母も18日に連れて行ってくださることになったので19日に、もう一つ行きたい場所へ行けるようになりました。

 

Museo Nazionale, Venafro

 

ヴェナーフロはイゼルニアから1時間ほど。この有名な(モリーゼ中では絶対有名)パンドルフィ城は国立博物館となっていて、中でも写真のフレスコがある部屋はとても名高いものです。馬はもっといて、白いのやいろんな鞍をつけたのが部屋中を歩いている感じで、とても大らかで印象的です。城主は馬をとても愛していたのが伝わって来ます。

 

Castel Pandolfi,Venafro

 

で、この城が午前中しか空いていないので、19日は朝支度ができ次第、大家さんの車でカンポバッソからイゼルニアへ移動し、宿へ荷物を置いたらその足でヴェナーフロへ。

 

Venafro

 

ヴェナーフロは「イタリアの最も美しい村」の一つです。ま、これは結構あるのですが、大抵とても孤立した場所にあり、中世の面影を保っていますので私は大好きです。前の旅ではみんなをトスカーナのバルガへ連れて行きました。

 

anfiteatro

 

 

まるでルッカ?と、イタリアをよく知っている人なら思いますが、これはヴェナーフロにあるアンフィテアートロ(競技場)。ルッカのと違い規模も小さいですし、人が住んだりしていませんが、歴史を通じて古代の建造物が維持されたのが分かります。

 

 

こうして見ると町全体の規模が把握できます。パンドルフィ城は、写真手前左の真ん中あたり。競技場も十字路の近くにあります。本当にイタリアの町は、どこもローマ帝国由来、もしくは古代ギリシャに通じる町が普通にあり、世界でも特別だと痛感します。

 

Villa

 

お屋敷もいくつも残っています。打ち捨てられているようなものも、最近は修復が進行しているようです。

 

 

同じ噴水があるのが分かりますか?夜にはこんな感じになるんですね。小さな街は綺麗でゆっくりしたいですが、お昼をここで済まし、何度もこのサイトでは触れているサン・ヴィンチェンツォ・アル・ヴォルトゥルノ大修道院へ行かなければなりません。

 

San Vincenzo al Volturno

 

ヴェナーフロからカステル・サン・ヴィンチェンツォへは4時間に一本バスがあるのですが大修道院を通過するみたいです。Venafro14:20 - Castel San Vincenzo 15:23 ですが寄ってくれとは言わないので、降ろしてくれと頼み込んで降ります。もしくはカステッロ(お城)もなかなかのフレスコがあるので最初に寄って、最後に大修道院でも良いかも。何しろ修道院は18時まで空いているので。もうこの辺は行ってみないことには、分かりません。向こうで車を出してくれる人に会えそうな気もするし・・・。そう期待しましょう!何しろヴァレンテ教授がフェイスブックで私たちの訪問をみんなに知らせて、歓迎してくれているので、助けてくれる人に会えるかも💛

 

教授のFBでみんなに宣伝されてる。頑張らないと〜!気合いだー💪

 

 

 

【旅】専門家とモリーゼ踏破

2018年9月18日(水曜日)

この日の書き込みは3回目です。これが最終だと思う。

 

9時:フランコ・ヴァレンテ教授がカンポバッソのアパートまで迎えに来てくださいます。

 

9:30~10:30 道の聖母聖堂

 

 

Santa Maria della Strada

 

ロマネスク史上最強の破天荒な彫刻を堪能。

 

11:00~12:30 殉教者聖ジョルジョ聖堂

 

San Giorgio Martire

 

物凄く小さな街の中心広場に面した、なぜか曲がった聖堂がサン・ジョルジョ。ここにも迫力の浮き彫り、内部も素晴らしい。

 

「可愛いお昼」と教授のメールに書いてあったのですが、どこで食べるのでしょうか?本気でひなびた村です。

 

14:00~15:00 モリーゼ観光ではかなり有名な、黒い石(ピエトラクーパ)へ。

Pietracupa

 

めちゃくちゃ、崖というか岩山に作られた要塞のような洞窟聖堂。

 

15:30~17:00 洞窟の聖母(サンタ・マリア・デッレ・グロッタ)

 

Santa Maria delle Grotte

 

ここはヴァレンテ教授のサイトで知りました。フレスコがどうしても見たかったのです。ここも洞窟聖堂です。一つ前の記事で紹介した、やたら空気の澄んだ感じの場所です。川と野原と洞窟聖堂しかなさそうです。凄い。

 

18:00 カンポバッソ

 

 

 

アパートへ向かいに来て、重要地点を5箇所回って、鍵を開けてくれ、家まで送り届けてくださるそうです。道順まで3枚添付してくださいました。お礼はどうしたら良いでしょうか?美術家同士ということで日本の美術書を進呈しようかと思ってるんだけど・・・。

心の底から助かります。車があるだけでなく、空いてる時間も気にせずに、最高のガイド付きでモリーゼの最重要地域を回れることになりました。

 

cauciuni molisani

 

それぞれの聖堂や街については過去にも何度か書いているので、見てください。(検索できる)感謝感激ですが、教授は結構ジョークも得意なので、言葉を鍛えておかないとやばいっ!!今度の取材で本が出せるでしょうか?応援してください。

 

 

 

【イタリアの街】イゼルニアと岩窟聖堂

2018年9月19日(水)プーリア&モリーゼの旅、実質最終日

 

朝カンポバッソのアパートに大家さんに車で向かいに来てもらいます。ガソリン代プラスちょっとと言う大変良心的な金額で車を用意してもらいました。荷物を積んでそのまま最後の宿泊地イゼルニアへ連れて行ってもらうのですが、

 

(ここからは変更になりました。ここは18日に訪問します)

まずモリーゼの聖母マリアと言う村の洞窟聖堂へ行きます。と書いていた矢先、ヴァレンテ教授から連絡がありました。この洞窟聖堂の鍵を彼は持っているので、時間無制限に開けてくださるそうです!!!

 

Santa Mari del Molise

 

どこから見ても空気の良さそうな所です。今この記事を書いている国立の家の周囲でも虫の声が鳴り響いていますが、そんなもんじゃなく周囲は自然で一杯な場所のようです。

 

Sant'Angelo in Grotte

 

これが目標の洞窟聖堂入り口です。崖というか岩というかに、めり込んだ小屋のようです。

 

 

ヴァレンテ教授のサイトから借用しました。中にはフレスコが残っています。私にはかなり魅力的な内容です。

 

 

太陽の顔が、キリッとしているというか凛々しいというか、全体の構図の中で見ないとわかりませんが、何かの象徴でしょうか?これから勉強します。

 

(ここは付け足しだったので行けないかもしれません)

 

Santuario di Santissima dell'Addolorata

 

すぐ近くの非常に有名な聖所も道すがらご訪問。一般的な観光では、世界一美しい聖堂の一つに挙げられるほど人気の高い所です。中世愛好家の目からすると、あまりにもピカピカで近代のゴシック・リヴァイヴァル炸裂の聖堂ですが、奇跡の場所は大切にします。

 

内部もピカピカで見れば見るほど行かなくてもいいかと思いたくもなりますが、ちょこっと寄ります。周囲には宿泊所もあるみたいで、こんなに何にもない草原に大勢の人が来るような場所という事でしょうか。

 

でとにかく朝一でイゼルニアの宿へ直行。イゼルニアの宿は旧市街ではなく現代的な普通のマンションの一室です。目の前がカラビニエーリ(軍警察)だから安心かな?もとより町と言えるかどうか怪しい小さな街だから、そんな犯罪があるとも思えないけど。

 

 

 

朝食が並んだ壁には「星の王子さま」もどき。この宿の名前がそうで、あちこちにピッコロ・プリンチペ(小さな王子様)の絵や本が見つかる、メルヘンちっくなお部屋。「星の王子様」は大好きな作品だけど、メルヘンチックは私の趣味ではありません。移動に便利な場所で人数分ベッドを確保できるのがここだけだったのだ。評価は物凄く良いよ。

 

(最初に訪れるのはヴェナーフロです。後の記事をみてください。ヴェナーフロの次がこの大修道院です)

 

 Abbazia di San Vicenzo al Volturno

 

かつては大修道院だったヴォルトゥルノの聖ヴィンチェンツォです。今はわずかに残った聖堂とフレスコ、回廊のアーチが当時を偲ばせるのみですが、西洋美術史の世界では昔から有名な場所で、勉強し始めた最初期から私も知っていました。でもあまりにも行きにくい場所なので、今回が初訪問です💖

 

 

美術史の教科書に載っている聖ロレンツォの殉教場面。彼は巨大金網で焼かれました。その時、もうこちらは焼けたからひっくり返せと言ったとか。なんとも恐ろしい話ですが、人間の残酷さには驚くばかりです。それでも世界はほんの僅かづつでも文明化され、残酷さが卑しいものと認識されるようになってきていると思う事で救われます。現在も心の狭い、自分さえ、自国さえよければ良いと言う人たちが、少なからず居ることは大変残念な事です。

 

 

ギリシャ系の筆を感じる、パセティックなフレスコです。痛んでいなかったところを見たかったと言う気が募ります。磔刑のイエスの足元に居るのが、この聖堂が捧げられた聖ヴィンチェンツォです。

 

 

周囲には何もなく、大修道院跡が時の流れを物語っています。感動的な美しい場面と、誰にも感じられるようで、こんな行きにくい場所なのに、このアーチを伴った修道院の写真は多数投稿されています。

 

ここへは車でそのまま送ってもらうか、バスがあるか調べきれていません。何せモリーゼを車無しで旅するなんて信じられない事だし、地元の人は一人一台持っているので、公共の手段が発達していないのです。向こうで決めましょう。

 

最後の夕飯はイゼルニアの旧市街のレストランで、ゆっくり時間をかけましょう。

 

Isernia Centro Storico

 

旧市街にはレストランが並んでいるのでお散歩しながらどれにするか選びましょう。大きな街と違って、ほぼ一本道に集中しているから気が楽でしょ。お土産になる素敵なものも見つかると良いね💝

 

Monte Sant'Angelo

 

めちゃくちゃ通な旅に付き合ってくれてありがとう。

感謝します💐

 

 

【旅】2018年プーリアとモリーゼ州の旅日程

*2018年の旅の記事です。サイトの引越しで錯綜してごめんなさい。今年のは既に掲載済み。

 

いよいよ出発が1週間後となりました。

大変な台風に襲われたところもあり心配ですが、一応出発の日の成田は、今の所曇りで最高の状態です。

【 】内は宿泊都市 紺字は移動 主な訪問先

 

9月

11日(火)

13:15 成田発 19:00 ローマ着 

21:30 ローマ発 22:40 ブリンディシ着  

【ブリンディシ】

 

12日(水)

8:18〜8:30 オストゥーニ

Cattedrale S.M.Assunta + 街

     

11:00〜11:22 ブリンディシに戻る

Santa Maria del Casare, Chiesa del Cristo, Tempio di San Giovanni al Sepolcro

     

18:30(19:32)〜40(50)後 バーリへ                

【バーリ】

 

13日(木)

バーリ市内見学

San Nicola, San Gregorio 


ビトント バスで25分                      

【ビトント】  


14日(金)

9:05〜9:35 バスでルーヴォ・ディ・プーリア

Cattedrale di Ruvo di Puglia, Chiesa del Purgatorio

         

ビトントへ戻る

Cattedrale di S.M.Assunta, Chiesa del Purgatorio,  San Domenico, Palazzo Sylos


ジョヴィナッツォへ バスで20分    

【ジョヴィナッツォ】

 

15日(土)

8:43〜9:23 トラーニへ 電車で19分1,8ユーロ

Cattedrale di Trani

 

12:18 (13:08)〜12:30 (13:20) モルフェッタへ 電車で12分1,4ユーロ

Cattedrale Vecchio, San Bernardino

 

               ジョヴィナッツォへ戻る 電車で5分     

【ジョヴィナッツォ】

 

16日(日)

Cattedrale di Giovinazzo

           

10:41〜12:00 フォッジャ 電車で7,7ユーロ

車で2聖堂訪問  S.M. di Siponto, S.Leonardo di Siponto 

           

14時頃 モンテサンタンジェロへ到着

Santuario di San Michele,  Castello, Santa Maria Maggiore ecc.

                                                                   

【モンテ・サンタンジェロ】

 

17日(月)

10:10〜11:00 サン・ジョヴァンニ・ロトンドでバスを乗り換え、もしくは車でカンポバッソへ直行(2時間)

 

カンポバッソ聖堂巡り 

S.Leonardo, S.Bartolomeo, S.Giorgio, S.M.del Monte, Castello

【カンポバッソ

 

18日(火)

Petrella Tifernina, Matrice, S.M.della Strada, Pietracupa, Sant'Angelo in Grotte

Franco Valente教授の車で1日モリーゼの旅    

【カンポバッソ

 

19日(水)

イゼルニアへ 車で1時間

Venafro, Abbazia di San Vincenzo al Volturno     

【イゼルニア】

 

 

Isernia

 

20日(木)プーリア&モリーゼ組はローマから成田へ出発   

 

 

     

【イタリアの街】シポントの二つの小さな大聖堂

2018年9月16日(日曜日)

 

Santa Maria di Siponto

 

プーリアとモリーゼの旅の6日目

以前書いてから進展があり、詳細が決定しました。

 

Giovinazzo

 

私たちはジョヴィナッツォの海岸沿いの貸家に泊まっています。船着場が二本出てるでしょ。その左側の付け根あたり。楽しみだー!プーリアの海岸に沿った街はどこも構造が似ていて面白いし、素敵。私たちの家の対岸には司教座聖堂が見える。

 

夜はこんな感じに見えるはず💒

 

10:41の電車に乗るので、朝は海岸をお散歩して旧市街の司教座聖堂へ行ってみたい。大家さんが車で駅まで送ってくれる。

 

お迎えはここに来る。石壁がイタリアらしさ、中世らしさを物語る。

 

ジョヴィナッツォで10:41に列車に乗ったらちょうど12時にフォッジャ到着。フォッジャには今回の宿泊先中最も豪華なパレスホテルから、車を派遣してもらいます。これで、以前書き込んだマンフレドニアは通過もしないことになりました。フォッジャはプーリア最大のジャンクションで絶対通過が必要ですが、マンフレドニアはローカルなのでかなりの時短につながります。車に荷物も詰め込んで、シポントの二つの聖堂を巡りながらモンテ・サンタンジェロのパレスホテルへ直行します。

 

ここで一番最初の写真に注目。

この状態になってから行ったことが無いので、実際にはどうなってるかよく解らないのですが、現在シポントの聖母マリア聖堂は大々的に発掘作業などが進められています。どこでもあるように、ただ工事現場みたいにほっておかないで、考古学的イベントにしようとして飾り付け(?)、夜もライトアップしています。

 

 

訪問先の聖母マリア聖堂とこのカッコイイ考古学現場の位置関係はこんなです。私たちが着くのはお昼なのでこんな感じでしょうか。

 

 

ビザンチン様式の大変可愛い聖堂ですが、ビザンチンの影響の強いロマネスクの最も美しい例の一つと言われています。門には12世紀の彫刻が残っていますし、外からは分かりませんが、クリプタ(地下聖堂)は初期キリスト教時代のもので、モザイクの床も残存します。

 

 

中世愛好家にはこれだけで感動的な美しさです。繊細でエレガントな細身の円柱に美しく成型された柱頭、外から刺す光が仄かに聖堂内を照らします。

 

 

このクリプタで祈る版画を見つけました。この小さな外観からは想像もできない立派な円柱が印象的です。

 

San Leonardo di Siponto

 

どっちが先か運転手さんに聞いてみないと知りませんが、とにかくもう一つのビザンチン系ロマネスクの素晴らしい聖堂、聖レオナルドへ行きます。以前も書いたけど、ここは本当に忘れもしない思い出の聖堂で、結婚式用に飾り立てられたタクシーで乗り付けた場所です。以前と違って今はずっと開いているので堪能できます。

 

 

分かりますか?写真の真ん中下方に上の写真のファサードが確認できます。元はここも大修道院だったのです。修道士たちが暮らした僧坊や、キオストロ(中庭)などの跡があります。

 

 

この入り口付近の彫刻は信じられないくらい良く残っています。典型的なロマネスクらしい作りで、両脇のライオンやルネッタを囲むように施された意匠、入り口を家のように飛び出させて門を作るやり方です。

 

San Leonardo

 

ルネッタの右上には、この聖堂が捧げられた聖レオナルドがいます。修道服、聖書、鎖がくっきりと描かれ、なかなかリアルです。残念ながら顔は千年の雨風にさらされ石が溶けかけていますが、当初は表情も豊かだったのでは無いかと想像させ、作者の力量を感じます。

 

クリプタです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=gj3U3RYEvhc

ユーチューブもあります。

 

 

天井から差し込む光。聖堂には非常に細い窓しかなく、薄暗い内部です。なので天井に開けられた小さな装飾付きの丸窓から刺す光は、真っ直ぐはっきりと目に入ります。神の存在を最も象徴的に表現したものです。北方では真似のできない強く乾いた光が、厚い壁にコントラストを打ち出すロマネスクならではの造形です。

 

本当に楽しみ💕

 

この二つの聖堂巡りで、フォッジャからモンテ・サンタンジェロのホテルまで約2時間。2時頃ホテルに到着します。

 

 

お部屋からの眺め✨

 

*非常に残念ながら、一つは囲いの外から眺めるだけになりました。遠距離タクシーに乗ったので、時間が読めなかったのが大きいけど、調べが甘かった!!次絶対行きたい聖堂です。

 

【旅】イタリアのお天気と衣類

http://www.meteo.it/

 

イタリアの天気予報頁です。

まず検索欄に調べたい町の名を入力(当然イタリア語)

Napoli, Brindisi など

次に日にちをチェック

set は9月のこと

 

今のとこ私が発つ9月11日はお天気は良さそうで、最低22度最高29度。今の日本から比べるとかなり過ごし易い気温だし、もともと向こうは乾燥してるからずっと楽。

 

出発近くになったらチェックし直して、衣類を考えてくださいね。

衣類の基本は

 

1)一晩で乾く物

2)動き易い物とエレガントな物を分けて考える

3)暑さ調整できるように、羽織物も必須

4)一応折りたたみ傘(濡れて良い人は薄手レインコートで寒い時もOK)

5)靴は二足以上(歩ける靴とヒール)

6)ストッキング、タイツは温度調節の味方

 

シルクのワンピース(高級レストランなど)

 

*付け足し

1)マスクは飛行機内の風邪対策

2)ストールも気温調節に便利

3)サイドバッグの他に普段持ち歩き用の鞄(リュックはよほどチャックの開けにくいものにしてね。スられた人を何人も知ってる。)

 

参加者のみんな、この前渡したビニール袋がアリタリアの液体容器ジャストサイズだから間違いのないようにお願いします。

 

 

モンブランへの途上で(動き易いカッコ)

 

お目汚しでしたが、見た?私のかなりの違い。兼用にしようとすると結局上手く行かなくて失敗するから、分けた方がいいと思う。ドレス選びが楽しいね💋

 

 

 

【イタリアの街】ナポリ:聖ジェンナーロ大聖堂、七つの慈悲の行い

2018年9月27〜28日(六、七日目)

 

私としてはナポリの旅を占める最終日にしたいと思ってはいるんだけど、みんな次第。

 

司教座聖堂サン・ジェンナーロ

 

9月19日の聖ジェンナーロ司教座聖堂

 

美術愛好家、歴史愛好家なら絶対司教座聖堂は外さない。司教座聖堂はその町の歴史と最も深く結びついているし、美術作品の宝庫でもあるから。特にナポリの聖ジェンナーロのように世界的な大スター聖人を祀るのならば。

 

司教が熱狂の中みんなを祝福

 

東京ミッドタウン、マリネネッラ・ナポリでも聖ジェンナーロを祝うんだって

 

聖ジェンナーロのストリート・アート

 

聖ジェンナーロはキリスト教がまだ公認されていなかった頃に殉教した聖人の一人。迫害された人々を救ったり様々な奇跡を起こしていますが、特に彼が他の聖人と違うのは、殉教後見つかった彼の骸骨から滴り落ちたと言われる血が、時を超越し現在も奇跡を起こし続けている点です。その血は小瓶で大切に保管されてきましたが、殉教した9月19日にカピカピの血が溶けるのです。溶けないと大変な事が起こります。ベスビオ火山が噴火したり、ナポレオンが侵攻したり、大地震が起きたりします。たいへんだ〜!(◎_◎;)

 

 

先に紹介した高級カフェ、ガンブリヌスも聖ジェンナーロのお菓子を作ります。溶けた血を表してるんだろうけど、なかなか気持ち悪い見た目。でも美味しいかも。

 

 

ドルチェ・エ・ガッバーナはイタリアの歴史に取材したファッションをよく発表するんだけど、これは聖ジェンナーロ。聖人も!(◎_◎;)の短く豪華な司教服です!

 

Cattedrale di San Gennaro

 

でこれがその建造物。ファサードは両脇の塔が無いゴシック・リヴァイヴァルの聖堂ですが、これまた中に入ると紀元前から初期キリスト教時代、ルネサンス期の信じ難い地下聖堂など絶対行かなくてはならない場所です。

 

聖ジェンナーロの聖遺物に祈り続ける寄進者。実物大の大理石空間は圧巻。

 

キリスト教世界最初の洗礼堂モザイクはあまりにも幻想的な美しさに満ちている

 

 

カラヴァッジョの傑作を訪ねて

 

Pio monte della Misericordia

 

「七つの慈悲の行い」と言う非常に珍しい内容の作品。マタイ福音書の原典とはちょっと違う、この聖堂ならではの内容も興味深い。素晴らしいでき。

 

Le sette opere di Misericordia, Caravaggio

 

ナポリの歴史を実感できる聖ロレンツォ大聖堂

 

San Lorenzo Maggiore

 

この聖堂も外はパッとしませんが、紀元前の古代遺跡、初期キリスト教時代の遺構、中世のフランス人建築家たちのゴシック、それ以降の様々な時代を堪能できます。私はまだ行ってないので、今回ぜひ行きたい場所の一つです。

 

世界で最も美しい図書室の一つジェロラミーニ

 

Gerolamini

 

 

世界で最も美しい図書館リストに必ず高い点でランクインするジェロラミーニ。修道院なので聖堂、回廊、中庭、図書館、病院などの複合施設です。この図書館では、セネカなど素晴らしい写本が、どんどん発見されています。現在の研究者も調べ尽くせない量があるからです。

 

これらの聖堂は皆司教座聖堂付近にあります。宿からも遠く無いし、もちろんナポリの中心だから最終日にしたいと考えています。遠出して万一何かあったら翌日の飛行機が気になったりするでしょ。でも近所なら(こんなすごい近所に住みたい!!)すぐ帰れるし、お買い物もこの日にしたらいいと思う。スーパーでお土産のお菓子を買ってもいいし、日本では買えない服を買ってもいい。ちなみに私は必ずイタリアで服を買って帰ります。靴は服よりも、合わないと無駄になっちゃうからじっくり選んでね。コーヒー、オリーブオイル、薬草系化粧品も必ず買う。

 

Galleria

 

最後にナポリのスーパーヒーロー聖人にご挨拶し、心置きなくお買い物をして、食べたいものを食べたら宿へ。私は重い荷物は送っちゃうけど、みんなにはきっとサイドバックが活躍するでしょう。内容満載の大ナポリとその周辺の旅はこれで終わり。翌朝みんなを空港へ送ったら、いよいよ私の一人旅が始まります(^^)/~~~

 

Napoli sera

 

【イタリアの街】ナポリ周辺:古代の夢と島

2018年9月27〜28日(六、七日目)

 

残り二日のナポリをどう過ごすか、【提案2】はお天気が悪かったら却下、だって外を歩く内容だから。

 

Palazzo degli Spiriti

 

ナポリの周辺には素晴らしい島がいくつもあり、古代から理想の休暇場所と考えられてきました。古代ローマの有名人たちの別荘などがあったのが分かっています。

 

Nisida

 

ニシダ(どうしても西田と変換)島では紀元前44年にブルータスがカエサルの暗殺を練りました。ブルータスの自慢の別荘があった場所です。そんな素晴らしい島は現在少年刑務所で、一般には行くことができません。刑務所にも色々あるな〜。カプリ島にはティベルティウスやアウグストゥス等皇帝の別荘がありました。今は壮絶な休暇用観光地です。ガイオーラ島にも古代ローマ帝政期にいくつもの別荘がありました。

 

Gaiola

 

で私が考えているのは、カプリなどナポリからポジターノアマルフィ方面ではなく、反対にポジッリポの向こう側です。

 

Procida

 

プロチダ島です。ディズニーランドでしょうか?いや本物です。新しく作ったわけではありません。奥にはもっと大きくて有名なイスキア島もあります。イタリア旅行でカラフルな家って言うと、チンクエテッレを思い出す人が多いのはなぜでしょう?旅行代理店の仕業に違いありません。だってイタリアには、あっちこっちにカラフルなお家の群れ風景があるのだから。

 

Ischia

 

イスキア島は紀元前8世紀には温泉がある保養地としてギリシャ人に愛されていました。そして向かいの本土にはクマエが建設されます。クマエと聞いただけで、西洋文化を勉強していたら憧れるのではないでしょうか。クマエには古代アポロン神殿があり、そこにはアポロンの神託を使える巫女たちが住んでいました。シビラと言います。あの女性が苦手なミケランジェロが描いた最も魅力的な女性たちは、システィーナ礼拝堂のシビラだと思います。

 

Santa Maria Soccorso

 

イスキアはその後も発展し、写真のように島全体が中世には要塞化されます。「お助けの聖母マリア」聖堂は島の崖っぷちにあり、船乗りたちのエクスヴォート(奉納物)で知られています。ここでは、夕日が沈む時緑の光線を拝める、とかアーサー王の妹のモルガン姫の蜃気楼が現れるとか、伝えられてきました。そんな伝説が似合うような場所です。

 

Cuma

 

先に書いたようにクマエは紀元前8世紀にイスキア島のギリシャ人によって建設されました。今は完全な考古学地区で、街は離れたところにあります。つい最近付近の海から壮大な屋敷跡が発見されて話題になりました。

 

何千年も海底に居た彫像たち。床モザイクや柱の跡などもはっきり分かる

 

 

シビラの宣託を聞いに行くための凝灰石の洞窟トンネル

 

以前からこのトンネルが通って見たかった!このトンネルを通過する者はどんな気持ちだったのか、国の運命を左右するような一大事に、引き締まった思いだったことでしょう。トンネルを抜けると古代ローマの地下神殿、ゼウス神殿、アポロ神殿の遺跡があります。ちなみにアポロンから予言能力と千年の命をもらったシビラですが、アンチエイジングのお願いを忘れたため超お婆さんになって死んだそうです😢え〜ん。そんな長生きしたくないよー。

 

Gaiola

 

丸一日、外をあちこち歩きながら最高のナポリ湾を堪能するのですが、問題はそれぞれが結構離れているし、島だから時間がかかるので全部はとても行けないと言うこと。選ばないとね。難しい選択ですが・・ビーチ派ならガイオーラ島でしょう。特に何も無いけど小さな島二つが渡れて、潜ったりできます。最初の方の写真がそうです。

 

 

ナポリからプロチダやイスキアなどへ向かう船はあるけど、ナポリからクーマまで地下鉄で50分乗って、そこからぶらぶら歩いて考古学散歩し、お昼を食べてタクシーで港まで行き、4時間に一本プロチダ行き船があって15分で着く。どうかな?考えて見て

 

Posillipo

 

ポジッリポを眺めながらナポリへ帰るかな

 

 

 

 

【イタリアの街】ナポリで宮廷人に!

2018年9月27〜28日(六、七日目)

 

昨晩は小旅行からナポリに帰って来ました。駅から500メートルの最高評価のアパート。

 

 

 

最初のホテルの方が豪華だったけど、こっちも負けずにスタッフ、清潔度10点とかだし何より駅に近い。それに結構広くて、アパートだからホテルと違って、一つはロフト付きと数部屋ある。今回の旅は5人で3宿。2人と3人の組み合わせだから私が必ず3人の方に入って、後はくじ引きね🤞 部屋数が多いと連絡がしにくいから少なくしたいの。勿論一人部屋がいいって言う人もいるけど、みんな協力しあって仲良くやりましょう👭

 

で、本題。残りの二日(最終日29日は空港へ行くだけ)をどう過ごすかです。

 

明日授業後にみんなで集まって決めよう。

だから今は提案を幾つかします。考えておいてね。

*万一お天気が悪かったらできるだけ建物の中にいるようにしますけど。

 

【提案1】

⭐️王宮

Palazzo Reale

 

新古典主義の傑作。巨大なナポリ最大の建造物を、豪華なお部屋や当時使用されていた調度などと見学します。

 

⭐️格式高いカフェ・ガンブリヌス

 

Caffe Gambrinus

 

1860年、イタリア建国と同時にできたナポリの最高級カフェ。ナポリは庶民的な側面で、イタリアらしさの代表のように思われ、世界中に知られていますが、実はそれとは対象的な高級で格式高いところもあります。格式高い場所は王宮の周辺で、このカフェはそのど真ん中。できた時から最高級のカフェ、ジェラート、パスタ(スパゲッティじゃなくパン菓子のこと)を提供し、高名な芸術家たちも集まりました。ガブリエレ・ダ・ヌンツィオはよく知られていて、このカフェの大理石の机に歌詞を書いたものをトスティが曲にした、など。絶対いい加減な格好で行ってはいけない場所。なのでこの日はワンピースで出かけましょう。

 

 

Teatro San Carlo

 

ここは私が行ったオペラハウスの中で最も印象深かった場所です。私はボックス席だったのですが、そこへ連れて行ってくれた女性がスーパーモデル級で、席に着くまでに二つの鍵を開け、分厚いカーテンを通りました。劇場の豪華さに対して、観劇した作品は現代風の演出だったのでシンプルな舞台でなんだかそぐわない感じでした。やっぱりこういう場所では、こういう時代の演出が似合うと痛感しました。現代劇が嫌いなわけではありません。それはそう言う場所で観たいのです。またまたスタンダールが書いています。

 

全ヨーロッパにこんな劇場は存在しない。比較できるような場所さえない。

目は見開かれ、心は囚われ・・

 

オペラを観るのは時間もかかるし夜になるので好きな人だけにして、1時間弱でガイド付き劇場ツアーなら気軽に行ける。やっぱりワンピース👗

 

 

⭐️聖フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂

 

San Francesco di Paola

 

古代ローマに対抗すべくパンテオン教皇庁のローマに対抗すべくベルニーニの回廊を組み合わせた、まさに王のための聖堂。王主催の行事を行うための大広場には酒・ガンブリヌスが!

 

⭐️新城

 

Castel Nuovo

 

1279年に建造が始まり、主を変えながら様々な時代に改築されてきた要塞。王宮礼拝堂や絵画館も備える。ナポリに5つある城のうち最も目立った存在。

 

⭐️卵城

Castel dell'Ovo

 

紀元前1世紀にはあったと言うナポリ最古のお城。現在のお城は9世紀にノルマン人が基礎を築き、16世紀に要塞化が進んだ。中には前史博物館が入っている。卵城の名の由来には幾つかロマンチックな説がある。

 

●提案1は全て固まった地域にあり移動はしないんだけど、一つ一つが巨大だったり道一つ歩いても結構あると思うので、一日使って王宮一帯を堪能する。特にお城は三つ見るのは大変過ぎだから、一つは削除しなければならないけど、そう考えると結構行けるね。

 

【旅】モリーゼ州の研究者から連絡が来たよっ!

(2018年)昨日の深夜と言うか今朝方、モリーゼの研究者から連絡がありました。

 

『隠れたモリーゼ 第1巻 話す石たち』

 

 

教授自ら車を出してガイドをしてくださるって申し出です!

ヤッター💗

 

フランコ・ヴァレンテ教授のサイト。

難しいと思うけど、イタリア語を勉強してる人には、解説の動画もたくさんあるよ。

 

一年以上前にモリーゼのことを調べる中で、専門的なサイトを持っている人を見つけ、フェイスブックでしか連絡先が見つからなかったので、一年も前にメッセージを書いて、半年近く経って返事を受け取り、その後も何度も取りにくい連絡を取りながら、やっと具体的な内容にこぎつけました。あー大変だった。日本人でもあるけど、すぐ返事くれる人と見てんだか何だか分かんない人と(その点既読がつくのが受けるのは分かる)いて、教授も連絡くれるときは、めちゃくちゃ熱い内容(凄い説明してくれる)だけど、ぱたっと途絶え、ず〜っと連絡できなくなる人でした。ホッとした。

 

他の人を考えてたけど、彼以上の人は居ないので。後は怒涛の如く説明の嵐が降ることを覚悟して、イタリア語勉強を強化しないとね。モリーゼの記事を読みまくります!

 

いよいよ、旅全体の詳細な計画が明確になって来たんだけど、再考もあって書き換え更新してるので、参加者は読み直してね。申し訳ないけどお願いします。

 

*彼とは親友になりました。どれだけ世話になったかしれません。ひたすら感謝します。

 

 

 

【イタリアの街】オレアリアの聖母マリア大修道院

2018年9月26日(五日目の後半)

 

マイオーリ市のサイトから借用しました

 

アマルフィ訪問の後、最高の場所へ連れて行こうと思います🧡 アマルフィのような大観光地は正直行って苦手だし、私は本来中世の聖堂が一番詳しいので、本領発揮してこんな場所はいかがでしょうか?

 

 

描かれたオレアリアの聖母大修道院

 

オレアリアの聖母マリア修道院は、長い眠りから目覚めたばかり!つい最近、水曜日と土曜日の数時間だけ訪問可能となりました。なので、何が何でもここへ行きたく予定を変更しました。前の書き込みに変更が出たので、読んでくださった方すいません。更新したのを見てください。

 

聖人に守られた洞窟礼拝堂の窓からは輝くティレニア海が見える

 

中部から南部にかけては洞窟を掘った聖所があちこちに見出せます。所謂有名観光地ではないですが、それだけに荒らされていないし、信仰の空気が感じられるというものです。

 

 

この大修道院施設は三つの小さな聖堂の集合体です。9世紀には存在したのが分かっています。10世紀には随分と拡張され、フレスコも残っています。

 

 

画からも明快なように、ここにはイコノクラスムを逃れてきた者も含め、ギリシャ系の修道士たちが住んでいました。最後の修道院長が1509年に亡くなり、打ち捨てられて行きます。ギリシャは西洋文明全体の源ですが、特にイタリアには、それ抜きには語れない絶大な影響を文化全体に与えてきました。

 

http://maioricultura.it/it/abbazia-santa-maria-de-olearia/

この大修道院の情報が載っています。写真もあるので見てください。

 

洞窟修道院跡を改造したレストラン

 

なんて素敵なんでしょう!修道院を見終わる頃には日も暮れかけているはず。ここのレストランで今日の最後の食事をゆっくり取りましょう。時間を気にせず地中海を前にして。

 

9世紀から住んでいた修道僧たちには申し訳ないですが、車でサレルノまで帰り、ホテルに預けておいた荷物を受け取って列車に乗ります。乗ったら38分でナポリ。最後のナポリの宿も、遅く着くことを考慮し駅のそばにしました。

 

*残念ながらここへは行けませんでした。遠くから眺めただけ。次回か!

 

【イタリアの街】:アマルフィ

9月26日(五日目)

 

ポジターノは却下して、その代わり最高にロマンチックな大修道院で今日を閉めることにしました。何故ってポジターノは呆れた高級観光地で、私の愛する聖堂も特に無いし、そういう軽薄なところは嫌いだから。スタインベックの理想郷は、どうせものすごく変わってしまっていることだしさ。

 

via Amalfitana

 

5月20日ポジターノについて書いているので見て。

 

https://artsaba.blogspot.com/search?q=%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8E

 

Amalfi

 

サレルノからアマルフィはバスで1時間15分。アマルフィ海岸沿いの道はカーブの連続で、乗り物酔いする人は要注意だとか。イタリアの運転手は運転も派手だからね。最初の写真がそうだけど、綺麗そうじゃない?

 

Sant'Andrea

 

とにかくアマルフィに着いたら大聖堂へ向かいます。この辺はどこも断崖に家が重なるように建ってるから、階段は避けられない。大聖堂へも登ります。この聖堂の起源は9世紀なんだけど、11世紀に建て直され、その後何度も改築されて、この有名なファサードはなんと18世紀のもの。な〜んだ中世の偽物か。フィレンツェとおんなじだ。

 

聖堂扉

 

でも入り口の青銅の彫刻がある扉は千年をちょっと出た辺りの、コンスタンチノープル製で、モンレアーレ(パレルモ)やピサ(トスカーナ)など、この時代に作られた素晴らしい扉を思い出します。扉口のルネッタにある聖アンドレーアのモザイクも正統派のビザンチン様式。パレルモの二つのウルトラ巨大な聖堂(モンレアーレとパレルモ司教座)などに見られるビザンチンとアラブの融合したような、重ねアーチのデザインなども共通しています。この重ねアーチは典型的な地中海ロマネスク様式ですが、それは1276年に完成した塔でも繰り返されています。

 

南イタリアでよく目にする凝ったアーチと焼き物での装飾

 

Chiostro del Paradiso

 

「天国の回廊」は1266年頃の製作です。白と完全な幾何学模様に、中庭の棕櫚の葉が映える空間は、ガウディも感銘を受けたのではないかと勝手に想像したくなります。

 

聖堂内には博物館も併設されていますが、ナポリで山ほど観るのでここでは飛ばしても良いでしょう。階段だらけの街は世界的な観光地なのでお土産やさんはあちこちにあります。

 

 

「天然バイアグラ5ユーロ」と書かれています。なんのことはない鷹の爪です。こういう香料&薬味のお店は、日本では見ないけど、海外にはスパイスショップってよくあって、私は好きでつい見ちゃう。お決まりのリモンチェッロ(レモンのお酒)は煩いくらい売っています。

 

Limoncello

 

上記二つがアマルフィの特産物だとか。リモンチェッロは何度も飲んだことがあるけれど、すごく甘いこってりした強いお酒だから、ゴクゴク飲むものじゃなくて、夏にカンカンに冷やして呑みます。特徴のある味だから似たり寄ったりと思うかもしれないけど、実は当然ながら美味しいのと、いかにもお土産品ってのとでかなり違う。

 

アマルフィは大聖堂だけでなく、坂道をぶらぶらする予定。素敵なカフェがあったら休むのもいいけど、最高に素敵なのはこの後!

 

 

すごいカーブの連続の海岸沿いバスに乗る。

この日の後半はスペシャルな洞窟修道院へ、行くよ💘

 

 

【イタリアの街】パエストゥムとサレルノ司教座

2018年9月25日(四日目)

 

サレルノが最高なのは、この旅の当初から計画しているパエストゥムに行くため。30分で着きます。

 

Paestum

 

ポンペイに行かない代わりってわけじゃないけどパエストゥム訪問。

 

ここについても以前書いているので見てください。パエストゥムの説明があります。ヘラ、ケレス、ネプチューンの三つの違った様式の神殿が残った世界でも有数の古代ギリシャ遺跡です。今からもう、アドリア海の真っ青な海と空、広々した空間に堂々と立つ神殿が想像できます。シチーリアでも感動しましたが、ここが最も状態が良いのです。

 

3 templi

 

二つは判別可能ですが三つ目が遠くにあるのが分かりますか?みんなが疲れていなければ歩きましょう。外の神殿を回ったらお昼にしましょう。博物館レストランと博物館カフェの他に「パニーノの神殿」と言うお惣菜パニーノ店もあり、どれもいい感じです。そのどこかで。

 

Mozzarella di Bufala

 

北部と違って南部イタリアは、とにかく新鮮!野菜もそうだけど日本人にとっては絶対チーズ!チーズには熟成させたものとその日に食べる新鮮なものがあって、南部では絶対新鮮系がお勧め!写真は水牛のモッツァレッラブルスケッタ。超シンプルだけど、それだけにトマトやチーズ、オリーブオイルの味が最高💛

 

お昼が終わったら、いよいよ「飛び込む人」に会いに博物館へ。

 

飛び込む人

 

このなんとも言えない楽しげなお墓のフレスコを拝みに行きます。以前は詳しく書いてるので読んでね。

 

 

この周辺はとっくに世界遺産登録されている場所ですが、珍しいエトルリアギリシャのフレスコが極めて多く、非常に観がいのありそうな博物館です。

 

Tempio di Netturno

 

絵かと見紛う美しさです。

 

パエストゥムを満喫したらサレルノへ帰ります。サレルノ駅目の前のホテルへ、荷物と共に入室。元気のある人は私と街へ繰り出しましょう🍷

 

Salerno

 

私は何が何でも司教座聖堂へ行くと決めているけど、疲れていたら宿で休んでいてください。ナポリよりずっと安全だし、たまには外出組とお休み組に分かれて、別々に食事しましょう🍝

Duomo di Salerno, San Matteo Evangelista

 

私と大聖堂へ向かった人を、福音書記者が迎えてくれる。

 

パエストゥムからサレルノへ帰ってきたら、宿で一息してすぐ司教座聖堂へ向かいます。宿が駅前だと、移動には圧倒的に便利。

 

San Matteo Evangelista

 

なんと派手な聖人でしょうか❗️よく観れば確かな技術で製作された銀の彫刻と判ります。もっとよく観察すれば、天使のような存在と本が見てとれます。西洋美術を勉強していれば、これでマタイと分かるはずです。福音書記者マタイの象徴は「羽の生えた人のようなもの」なので天使みたいなのは、実は天使ではなくマタイの象徴、手に持っている本は当然、自分で書いた福音書です。現代のド派手な飾り付けでも福音書がお花で表現されています。

 

 

サレルノ守護聖人は、なんと福音書記者マタイ。なんとって書いたけど、だって福音書記者ってたった4人しかいないのだから、そりゃー大したものです。しかもマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという順番で新約聖書は並んでいるので、聖書を開けたらまずマタイが目に入ります。因みにマタイが「有羽の人のようなもの」なのは、マタイがキリストの人間界における系譜から書き始めた事と関連があると言われます。ライオンのマルコ(力強い内容)、牛のルカ(ルカは馬小屋でイエスが生まれたと書いたので)、鷲のヨハネ(彼の文章は飛翔するようだから)と比較すると、断然意味が明快です。ヴェネツィアが聖マルコの遺体を盗んで来たのは有名な話ですが、サレルノにはシリア生まれのマタイの御遺体があります。上は聖人のお祭りの写真、9月21日、私のイタリアの旅に参加しにみんながナポリに着くその日です。う〜んちょこっと残念。

 

 

近くで見るとかなり怖い。これは1544年にサラセン人の大襲撃を受けたサレルノを、聖人が救ったときの奇跡。大聖堂で祈る人々、突如、天が割れ現れた聖人は「サレルノは私のものだっ!!」と怒鳴ると、一天にわかにかき曇り嵐や竜巻がサラセン人を乗せた船を木っ端微塵にしたのでした。その時からサレルノのシンボルは聖マタイとなりました。

 

 

 

 

Simbolo di Universita` di Salerno

 

サレルノの象徴表現はいくつかありますが、とにかく聖マタイが主人公です。ここではペンと本を持っています、ペンの代わりに本と祝福の手というのもあり、これは上記の奇跡を忘れないためです。それではこの象徴はなんでしょう?ペン両脇には長衣の人たち。Hippocratica Civitas Studium Salerni と書いてあります。ヒポクラテスは紀元前460-370年頃生きたギリシャの医者です。彼の最大の功績は、医学を迷信や呪術(祈祷)などから解き放ち、臨床と観察が大切、というまさに科学の真髄に導いた事です。現代だって非科学的な思考は数多に見られるのだから、真に知的な人でした。それがなぜサレルノ

 

Universita` di Salerno

 

サレルノには9世紀にもう高名な医者がいて英仏の王様などがやって来たという、世界初の医学校があったそうです。12世紀には当時知られた世界中で有名になり、13世紀にはバチカン公認となっています。要するに世界初の医大であり、大学としてもボローニャ、パリに次ぐのです。シンボルの人に戻るけど、長い衣を着た人は知識人で、彼らは医者なのです。

 

Cattedrale San Matteo

 

横道に外れましたが、という事で聖マタイへ捧げられた司教座聖堂へ。交差部にドームがかかっていないのは古い証拠。さらに聖堂前に中庭がついているのも歴史を感じさせます。

 

近世に撮影されたバロックの正面です

 

 

ビザンチンのモザイクもあちこちに残っています

 

 

床モザイクも最高品質

 

コマチーニ

 

コマチーニってイタリア語でよく言うんだけど、幾何学的で精巧な床モザイクを各地で製作した人々のこと、またその作品。中世に豊かで重要だった聖堂に観られる。千年経っても色褪せない素晴らしい技術。この聖堂内では、床だけじゃなく、説教壇や衝立などにも使われて居ます。

 

守ってくれている。こういうところは日本と同じ

 

 

観終わった頃は日が暮れていると思うけど、ここまで暗くないんじゃないかな。聖堂は旧市街の真ん中だから、そこで食べて帰ろう。サレルノではあちこちの聖堂で無料のコンサートもやってるみたいだし、もし私たちが居る二日にそんなイベントがあったら行ってみない?

 

海を背景に、聖堂前広場でコンサート

 

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ