天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【旅】唯一無二のヴァチカン市国:絵画館

ローマに行く友人のために、ローマの思い出を書いています。と言っても完全に美術紹介中心の内容だけど。今日はヴァチカン絵画館について。絵画館なので絵を見せたくて写真が大きいけど、暗いので質が悪く残念。

Niccolo` e Giovanni

ヴァチカン博物館はイタリア語ではMusei Vaticani と複数形。これは世界一有名な美術作品の一つ、ミケランジェロの「最後の審判」や「創世記」があるシスティーナ礼拝堂や、これ以上なく完璧なルネサンスの理想図「アテネの学堂」を含むラッファエッロの間(これも複数形)、彫刻の王様のような「ラオコーン」のある中庭など多数の博物館、美術館の集合体だから。たくさんあるので少しずつ。今日は絵画館だけ。ヴァチカン博物館に行ったことがある人は、たいてい絵画館には最後に行くか、もう疲れ切って行かないかって感じだと思う。もし本気で、美術が好きで日時が許すならヴァチカン博物館だけに最低二日は取りたいから、私はすぐ近くのB&Bに泊まって通いました。

Beato Angelico

ヴァチカン博物館は、一般の美術館と違い建物自体が壮絶に美術で塗り固められているので、一つ一つ丹念に見ていたら一生涯でも必要なほどです。多くの人は「わ〜っ!すごーい」と圧倒されながら素通りします。知人なんか、最初に出てくるエジプトの間で時間とエネルギーを消費して後はなんとか最後まで歩き通したくらいだから、自分の目的と体力、時間を考えて見てゆかないとね。でも今回の目標はヴァチカンだ!と決めたら2〜3日(長ければ長いほどいい)通うのも楽しいよ。

聖人殉教場面

第一室は中世絵画の間。ルネサンスのように有名だったり華やかだったり上手くなかったりするけど、中世愛好家には嬉しい場所。ほとんどが板絵で木にテンペラで描かれてるところも後の油彩や水彩とは趣が全然違う。美術史なんか読んでる、ちょっと物知りな人たちにはジオットの祭壇に気が行くかもしれないけど、私はジオット信者ではないので、なんといっても12世紀の鍵穴の形をした巨大な最後の審判図に注目したい。一番上の写真が、いい写真じゃないのはガラスの覆いがついてて暗いからです。よく見たい人はプロの写真を見てください。ビザンチンとイタリアの融合した質の高い作品で見逃せないし、ものすごく珍しい。中世の絵画は、自然主義ではなくて、キリスト教の教えが説明的に描かれる場合が多い。それに当時の流行や習慣が入り込んでくる所が楽しい。聖書に詳しければ詳しいほど、何が描かれているかわかるので面白さは100倍です。

Giotto

ジオットについては色々日本語の本が出てるから読んでください。私は彼の生真面目な感じと顔立ちが好きじゃないんだけど、ものによってはとてもいいと思うし、木や岩の表現は面白い。それに対して時代は降るけどベアート・アンジェリコ(=フラ・アンジェリコ)は全面的に大好きです。彼のサンタクロース伝説の元になった聖ニコラ伝やその他の断片は、どれも珠玉の作品。彼はルネサンスに入れられるけど、中世を十分に感じさせる信仰深い点と、ルネサンスの新たな意欲を感じる。ジオットと違って、優しさとおもしろ可愛い感じがあるのが好き。

Ercole de Roberti

↑これじゃ全然わかんないと思うけど、通ならフェッラーラ派っていうのを聞いたことがあると思う。エルコレ・デ・ロベルティはフェッラーラの宮廷でエステ家の仕事を色々とやった画家で、物凄く面白い。フェッラーラ派で一番有名なのはカルロ・クリヴェッリだけど、他にもマルコ・ゾッポ、コスメ・トゥーラ他異色の画家が揃っていて、エルコレはその筆頭です。硬質な筆と北方的な緻密な表現や、幻想的な岩や建築物のある風景に謎の生物が描かれたりする。フェッラーラ派はどこかグロいところが共通点だから、好みはあると思う。

Melozzo da Forli

↑それに対してメロッツォ・ダ・フォルリの「楽奏の天使たち」は一般的に人気の高い作品。すぐ分かる通り、本当は聖堂のフレスコだったのを剥がしてバラバラにされちゃった、可哀想な例。天使には階層があって神様の周りを飛びながら天上の音楽を演奏してる。でこの作品は今展示されている様な場所とは全く違った、天井の高いところでぐるぐる回って配置されていたので、下から見上げたところを考えて描かれてるから、変な風に斜めだなと思うかもしれないけど、本来の場所にあればすごく綺麗なはずでした。もっとたくさんいるんだけど、特に可愛くて状態の良い天使が、いろんなところで使われています。

Cola dell'Amatrice

↑コーラ・デッラマトリーチェの名前を知ってる人がいたら、全然ただ者ではない。普通に日本語で出版されてる本にはまず出てこない画家だけど、この三連祭壇画を見れば一流なのが明白だと思わない?私はいつも思うんだけど、世の中はいろんな意味で不公平でしょ。美術の世界も全くそうで、素晴らしい美術家でも全然無視されてる人もいれば、大したことない作品なのにバカみたいな高額取引の対象になったりする。特に美術に興味がなければミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラッファエッロくらい知ってたら十分と思うけど、美術好きを自認する人たちが、まるでジオットやカラヴァッジョしか価値がないみたいに考えてるとしたら、それはすごく残念なことだと思う。

Pinturicchio

↑ピントリッキォは私にとって特別の画家。これも「いいな〜っ」と思う。私がイタリア留学のために、初めて住んだ住所がピントリッキォ通りだった!(勝手に美術研究のために来た私のために用意された部屋の様に感じた)彼はペルジーノと合わせてペルージャを代表する画家で、ルネサンス教皇たちのために素晴らしい仕事をしたし、ヴァチカン博物館の驚くべき教皇たちの部屋の中で、ボルジアの部屋を手掛けたのは彼です。ある意味、一番綺麗なところだと思う。シエナのピッコローミニ図書館(シエナの大聖堂内にある)という宝石箱のような部屋を描いたのも彼。写本画家の装飾的な部分、ビザンチンの東方的な雰囲気、ルネサンス自然主義を併せ持った、穏やかで明るく繊細な画風が特徴です。

Raffaello

ラッファエッロについても沢山本が出てるから説明はしない。とにかくここにタペスリーも含め、彼の最高傑作が固まって飾られてるのは、絵を好きなものには本当に感動的。その他レオナルド・ダ・ヴィンチの聖ヒエロニムスもある。私はレオナルド信者でもないんだけど、この絵を見た時は思わず好きになりそうだった。エピソードもすごいしね。必見!

Giovanni Bellini

↑これはルネサンスの最後の方に展示されてるんだけど、ジョヴァンニ・ベッリーニの珠玉の作品としてとても名高い作品。ピエタの一種で、死せるキリストの体を下ろしているところ。埋葬する前に打たれた釘の跡(聖痕)を見つめてる。一枚で十分に美しい作品だけれど、本来はペーザロにある祭壇画の頂点に置かれた部分だった。キリストの姿が哀しくも美しいし、アリマタヤのヨセフとニコデモの堂々とした姿が印象的。この絵が見たくてたまらなかったから、初めて見た時はとても感動して、長い間前に立っていました。もちろんペーザロにも行って全体像を思い浮かべてみた。

Guido Reni

ルネサンスの作品が中心で、最後の方はバロック期の作品になる。力のこもった作品がいくつもあるけど、そこから二つ。一つはグイド・レーニの聖ピエトロの逆さ磔。怖いよー😭 聖ピエトロは初代教皇だから、ヴァチカンにとっては他の聖人とは比較にならない重要な聖人。師のイエスと同じ刑はおこがましいからと、自らより恐ろしい逆さ磔になった!そんなことしなくても〜。でも殉教できるような人はそういう気持ちになるものなのかもしれないとか、思ったりする。画家のグイド・レーニは、当時は大人気で多作なんだけど、作品の質に結構ばらつきがある。売れっ子になり過ぎてダメになるタイプ。でもこの作品は本領発揮で圧倒的な力強さがあるし、彼の構図の才能がよく現れてると思う。

Caravaggio

バロックの頂点を極めるような作品が2枚並んで、ヴァチカン絵画館は終わる。カラヴァッジョは、人間的にもデッサン力も問題のある人だったけど、この作品は良い。私はカラヴァッジョ信者でもないんだけど、彼の作品はほとんど見ていて、この作品は最も好きな作品の内の一枚。着想、色彩、構図、素描、キリストの顔など全てがカラヴァッジョにしては珍しく完璧に近いと、私には思える。

Giuseppe Momo

カラヴァッジョを見終わった頃には、いつも疲れ果てていて「もう終わりだから出てくださーい。」と言われながら、名残惜しんでギリギリまで頑張って、ヴァチカン絵画館に別れを告げる。絵画館はヴァチカン博物館の中では、ごく一部でしかないのに、普通の美術館に十分負けない広さで、内容はもの凄い。やっぱりヴァチカン博物館に2時間とかいう算段では、とても見切れないから、美術好きの人はせめて二日に分けて、ゆっくり見てください。清々しい外気に触れて、満腹感を噛み締める瞬間を大切にしたい。

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