天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【旅】終わりと始まりのローマ:聖女コスタンツァ霊廟

ローマの旅の思い出を、美術を通じて書いています。第一回はチェリオの丘の円形聖堂について書きました。今日は円形続きだけど霊廟です。昨日との関連は円形ってだけじゃなく、穴場ってことも同じだし、古代ローマと初期キリスト教美術の時代って事も重なります。

天使、葡萄、牛が可愛いモザイク

大雑把に地図から。今日紹介するのは赤いポイントが付いてる場所。超有名観光地としてまずトレビの泉やコロッセーオ、バチカンの位置を確認してね。緑のボルゲーゼ公園も見える。今日の開始は「ローマ」のマの上にある「ピア門」ここから始まり〜。ローマ中心部から歩くには相当かかるので、バスに乗ります。目印はまず Porta Pia(ポルタ・ピーア:信仰の門)。この内側がいわゆるローマの中心部で外へ出ます。

聖女コスタンツァ霊廟への地図

ポルタ・ピーアは271−5年に古代ローマ皇帝だったアウレリアヌスが作った城壁の門だったんだけど、バロック時代に対抗宗教改革に力を入れていたピウス4世(門の名前の由来)がミケランジェロにデザインさせた門。このファサードは内側のデザインで、ミケランジェロ案を改変して彼の死後にできたもの。結構変更されてはいるんだけど、初めて見た時に「なかなか良いなー」と思ったのをよく覚えている。いいなと思った時は何も知らなくて、調べたらミケランジェロだったので、流石〜!と感心した次第です。

Porta Michelangelo

イタリアを旅していれば至る所に門はあるけれど、基本似たり寄ったりです。この門の裏側ファサードは新古典様式の、忘れちゃうようなデザインなのと比較すれば、いかにミケランジェロファサードが独自性があって力強いデザインか分かる。ミケランジェロと比較されちゃ、かなう人はなかなかいないけど、ふっつーの偉そうなデザインは新古典様式の特徴かな。で、バスでこれを通過して目的地へ向かいます。目的地は聖女コスタンツァの霊廟です。

ピア門をローマ中心部の外側から見たところ

ローマは一年中観光客で溢れていて、バチカンやトレビなんかはうんざり状態なんだけど、ここへ来る人は滅多に居ないので心が休まります。周りには普通の家が並んでいて、緑に囲まれて城壁がちょっと見え隠れする。奥まったところに、古代ローマが終わりキリスト教が始まる頃の建造物が見えます。方形と円形を組み合わせたシンプルだけど、威厳のあるデザインです。

Mausoleo di Santa Costanza

当時は下の図のように、円形の建造物が向かい合い、ローマ人が熱狂した競技場があったんじゃないかという説がある。元々お相撲だって死者を弔うための奉納の儀式だったっていう説もあるくらいで、亡くなった人が好きだった事を、近くでみんなが楽しめば、確かに弔いになるような気もする。ちなみにこの図は18世紀の天才舞台芸術ピランデッロが、古代ローマの原型を再現しようと試みたもの。四角いファサードは、実はバジリカの奥の壁で、現在入り口への道になってるところに身廊があったっていう説もある。図の中央部分が身廊だったってことだけど、残念無念に今はない。

現在は壁と建築物の一部が残るのみ

そもそも霊廟っていうのは、偉い人のお墓のこと。タージマハールもそうだし、ローマならCastel Sant'Angelo(カステル・サンタンジェロ:大天使要塞)も皇帝ハドリアヌスの霊廟だった。イタリアの場合は古代ローマ帝国崩壊後に、キリスト教の聖堂に改変される例は全然珍しくない。建築史上の傑作ローマのパンテオンも「全ての神」って意味なんだから、キリスト教のわけはなくてローマの神々に捧げられてた。でこの霊廟は、キリスト教を公認したことで西洋史に名高い(本当かどうかは実は謎)コンスタンティヌスの母ヘレナ(この人は熱狂的キリスト教徒)と娘のコンスタンティアのお墓で、この周囲で崇められてた聖女アグネス(サンタニェーゼ)の殉教したお墓の上に造られてるというのが通説。歴史はこの辺にして、とにかく良い雰囲気のところです。

航空写真で見るとよく分かる

中に入った!ウワォ!目を見張る素晴らしさ!円形に弱いのかな私、と思いたくなるけど、聖ステファノと違って、ここは回廊の天井がドーナツ型みたいになってて、そこに全面古代ローマと初期キリスト教が融合したモザイクがある。サイコー!!340-45年に造られた建物で、モザイクも4世紀のものがこんな素晴らしい状態で残ってるなんて、神に感謝!写真は黄色くなってるけど、モザイクは白地です。最初にある小さい写真はモザイクの一部。

Maosoleo di Santa Costanza

今は地下は見られないけど、本当はクリプタ(地下礼拝堂)があった時の立面図が下。平面図はわかりやすいし、聖ステファノ聖堂より、あらゆる所に円形を使っていて、古代ローマ皇帝の親族の特別扱いぶりが明確な、がっちりどっしりした素晴らしい作り。

平面図と立面図

それにしてもこの聖堂の一番は、モザイクの天井画の内容が独自なところ。中世のキリスト教が確立して以降とは全く違う表現で、いわゆる神様や聖人や救世主(イエス)の姿が、直接表されることがない。それらはみんな「葡萄の収穫」に象徴的に表される。

圧巻はドーナツ型の天井モザイク

聖書を読めば誰でも分かる通り、葡萄、葡萄の木、収穫、という言葉は何度も繰り返され、それが神の恵みを豊かに実らせ、刈り入れる図柄になってる。この頃はまだまだキリスト教徒は多数派じゃなかったから、信者を増やすことが「豊かな収穫」で望まれている。一つ一つの人物や動植物の表現はリアルで、古代ローマの美術らしさが満載。

アプシスのモザイクも見どころ

天井は完全に、葡萄の蔓をデザイン化した部分と、幾何学文様が交互になって、白地に紺色の配色も清々しい。その下には、美術史的にはめちゃくちゃ有名なキリスト像がある。4分の1球形の部分をアプシスって言うんだけど、ここは特別な場所で中世以後の雰囲気を伝えて、救世主の姿が見える。全く違った、とても同じ人とは思えない表し方が面白い。

このイエスが凄い!

金髪、無髭のめちゃくちゃ若々しいキリストは、ラヴェンナでも見られるんだけど、ラヴェンナの金髪無髭のキリストは古代ローマの髪型で、完全にローマ貴族を彷彿とさせる点で威厳がある。こっちのキリストは長髪で、古代ローマ人でもないし「ヘイッ!」って言ってるみたいで親しみが持てるというか楽しい。両側にいる聖人はペテロとパウロで、律法(新しい法律=キリストの教え)を渡してるところ。両聖人は殉教したから、その印の棕櫚の木がリアルだけど、お家みたいなのはエルサレムとローマの象徴かな。もちろん羊は信者。無花果と柘榴もキリストの象徴。

金髪髭無し!

このモザイクを初めて見た時は、まだまだ勉強し始めで知識も少なかったから、このキリストにかなりびっくりしました。昔の人(4世紀)はこんな風にキリストを想像してたのだろうか、でももっと中世で一般化するユダヤ人らしい髭のある、長髪を二つに分けたキリスト像もあるんだよね〜。それが先にあげた写真で、内容は同じ律法の授与。

どっしりし過ぎの石棺

最後にこのどうしようもなく重そうな巨大な石棺を紹介します。本物はヴァチカン美術館に移動されちゃって、これは複製品。それでもびっくりする。モザイク同様、葡萄の収穫と鍵(律法)の授与がテーマ。間違いなく職人の質が高かったことが分かる作りで、なぜこのあと中世に入ると、とんでもなく下手くそな作品が増えるのかと、その時も不思議に思ったのを覚えてる。私にとって、古代ローマらしい美術は、迫力のあるリアルさで威圧的、時には怖い印象を与えるもの。一方中世らしいっていうのは、どこか笑っちゃうような素人くさい部分があるものが多いのだ。経済力と国の威信の違いかな〜。ボルゲーゼ公園付近に二日かけられるようなら、絶対おすすめしたいです💖

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