天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【旅】イタリア旅計画:バロックな旅:絵画編①ローマ

対象:カラヴァッジョが好き、彫刻より絵の方が好きと言う人へ

語学力はそれほど必要無し。大きな美術館・博物館や有名な聖堂、さらにローマやナポリならあちこちにある。今回はローマで見られるバロック絵画、カラヴァッジョの作品をとりあげます。画家は赤文字、所蔵場所は太字で表記。

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Davide #googleimages

バロック美術と聞くとカラヴァッジョを思い浮かべる日本人が少なくありません。近年特に日本人には大人気のようで研究者も多く、一般書も何冊も出ていますからその影響でしょう。宮下規久朗著カラヴァッジョ関連の本にはカラヴァッジョだけを観てイタリアを巡る本まであります。

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宮下規久朗著とんぼの本

私はカラヴァッジョのファンではないけれど、見られる限りの作品を観ていますしイタリア全土の聖堂や博物館を訪問した印象でいうと、カラヴァッジョは決して代表的なバロック美術家ではありません。持論ですが、いわゆる天才と言われるような人、または革新的な作家というものは時代を超越するもので、そういった意味で時代や流派を代表するには良い美術家ではあっても超越的ではない方がいいのです。言い換えれば非凡過ぎると誰も真似できないので、孤立した存在となります。それこそ天才というものです。カラヴァッジョは実に大きな影響を後世に与えましたが、彼の影響を受けた無数の美術家たちの方がいかにもバロックらしい作品を量産しているのです。

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Caravaggio, Musei Vaticani, Roma

この作品はバチカン博物館で鑑賞できます。大きさと言い、丁寧な仕事ぶりといい、色彩も構図も構想力も、修復という点でもカラヴァッジョ作品中最高の一点だと思います。カラヴァッジョがバロックと言われる理由は、舞台で演じられているような劇的な場面、迫真の表現力にありますが、より具体的にいうと、実際よりずっと暗い背景に非日常的なライティングで悲壮感を盛り上げるのです。彼の追従者たちは、その点を大いに真似しました。がカラヴァッジョの悲惨で壮絶な、どす黒い血を感じさせるような作品は一つもないし、それどころか後には、暗い背景とスポットライトを使った劇的ではあるが、彼とは真逆に、天使や花が舞い散る、時にはふざけているとさえ思えるほどの明るい内容に変化してゆきます。カラヴァッジョだけがバロックと思っていると、全然把握できないのでその変化も紹介したいと思います。

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Guido Reni, Musei Vaticani, Roma

バチカン博物館では先のカラヴァッジョと並んでグイド・レーニの「聖ペテロの磔刑」が鑑賞できます。イエスの一番弟子で初代教皇であるペテロは、一度はイエスを否認しますが最後は英雄的に磔刑を受け入れます。その時、師であるイエスと同じ磔刑ではおこがましいとして自ら「逆さ磔」を願い出たのです。想像しただけで恐ろしいですが、初期バロックの描き方だとその恐ろしさが最もよく表現できるでしょう。初期のバロック絵画はカラヴァッジョの画風に直接的な影響を受けています。レーニはカラヴァッジェスキ(カラヴァッジョ風の作品を描いた人たちをこう呼ぶ)の中では突出した画家の一人で、この作品も見事です。グイド・レーニもカラヴァッジョほどではありませんが人間的には問題のある人で、そのため作品の質にかなりばらつきがあります。真面目できちんと仕事をするペルジーでも確かにかなり質に差がありますが、それは弟子のラッファエッロ同様、あまりにも人気が高く弟子を使って大車輪で仕事をしたためです。引き換えバロック時代になると、ペルジーノやラッファエッロのようなルネサンスの大工房と違い、弟子の数もグッと減って作品数も減りますし、何よりもルネサンスの花である大フレスコ が油絵に取って代わるので、サイズが縮小されます。当然個人的になると言う意味でも、より現代の芸術家という概念に近づいています。

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今回の作品は中部のLazio州Romaにあります

カラヴァッジョとは北イタリアのベルガモ近郊の地名で、彼の出身地を表すとされてきました。最近はミラノ出身かもしれないという研究もありますが、とにかく彼の名はミケランジェロ・メリージと言います。親が巨匠ミケランジェロを尊敬していたのかもしれないし、大天使ミカエルから取られたかもしれません。彼はラッファエッロやアンドレア・デル・サルトなどの天才と違いデッサンに苦労しました。私がカラヴァッジョが愛せない大きな理由の一つでもあるデッサンの不具合による気持ち悪さは、特に初期の作品では顕著です。

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Fanciullo,Borghese

初期作品で最も魅力的なのは「果物籠を持つ少年」で、それはボルゲーゼ美術館で見られます。そこでは他にもカラヴァッジョを何点も鑑賞できます。ボルゲーゼの一番の見所はベルニーニだと私は思いますが、とにかく強欲なコレクター、シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿道徳心のない芸術愛好家の極みだったので、素晴らしい作品が目白押しです。カラヴァッジョの愛人でもあったというこのモデルは何度も作品に登場し、ここでは男娼を思い浮かべさせる姿で表現されます。初めてこの作品を見たのは画集ですが、本物を観て、なんとも言いようがない魅力に囚われました。果物は素晴らしいのに顔や首の空間など下手くそなんだけれど、独特の力を持った作品です。

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La donna della serpente

気持ち悪い「バッカスに扮した自画像」や「洗礼者ヨハネ」などと比較し、大型で高い品質なのは「蛇の聖母と聖アンナ」です。この作品は、その後何度も彼が見舞われる、発注者による受け取り拒否の初期の大型作品ですし、極めて珍しい内容、完成度の高さなどから注目すべき作品です。私は、ミラノで生活していたのが確実な彼が、ロマネスクの名高いサンタンブロージョ(聖アンブロジウスSant'Anbrogio)聖堂にある青銅の蛇を思い浮かべて描いたのではないかと思っています。とにかくボルゲーゼ美術館は、西洋美術史上有名な芸術家の名高い作品がゴロゴロしているところで、その上立地も素晴らしいので本当にお勧めします。イタリア語と英語ですが公式サイトです。写真だけでも十分楽しめます。

https://galleriaborghese.beniculturali.it/

丘の上のボルゲーゼ公園の麓にあるサンタ・マリア・デル・ポーポロ(民衆の聖母マリア聖堂は絶対外せません。この聖堂にある二枚のカラヴァッジョ作品は、私にカラヴァッジョの偉大さを気づかせてくれました。聖ペテロと、彼と並ぶキリスト教で最も偉大な聖人である(考え方によっては誰より偉大な)聖パウロが向かい合わせにかかっています。どちらも非常に迫力のある力作で、彼のやる気を感じます。礼拝堂の真ん中にあるカッラッチ(彼も非常に重要な画家です)が二流に見えてしまうほど、他を圧倒する出来栄えです。一世を風靡したカッラッチと比較できるいい機会ですし、カラヴァッジョの新さが如実だといってもいいかもしれません。

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Chiesa di Santa Maria del Popolo

カラヴァッジョといえばこの作品を表紙に持ってくる程評価の高いのが、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ聖堂の聖マタイの物語です。聖堂自体がバロック全快ですが、特にこの礼拝堂前に人が群がっています。ガイド付きで礼拝堂に入ると、西洋美術史の本に必ずといって良いほど掲載されている「マタイの召命」が正面から観られますし、3面を考えて作られているのですから礼拝堂の中に立つのがベストです。この作品が特に評論家の間でも話題なのは、誰がマタイか?というところで意見が割れているからでもあります。マタイの仲間の内一番若いのはさっきと同様のモデルです。写真右側の向かいにある殉教場面には自画像が描かれています。この絵については色々と読めるので、興味があればぜひ本を手にしてください。カラヴァッジョが本格的に活動を開始するきっかけになった大出世作でもあるし、ローマのど真ん中なのでぜひどうぞ。

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Chiesa di San Luigi dei Francesi

カラヴァッジョの最後はカピトリーノ博物館にある洗礼者聖ヨハネです。カピトリーノは単数で複合施設なのでカピトリーニと言います。カピトリーニ博物館は巨大すぎて、ここだけで1日とらないとならないでしょう。古代ローマの信じ難い作品から、このびっくりするようなカラヴァッジョの作品まであり過ぎるほどあります。映画や美術などで性描写が当たり前になった現代でさえ、ギョッとするような大胆な作品です。ソドマの時代からずいぶん進化したものです。初めてこの作品を前にした時、じろじろ観ていいものか少し戸惑ったほどです。ただいまと違って周囲には人っ子ひとりいませんでしたから、十分時間をとって眺めさせていただきました。カラヴァッジョはほぼ確実に女性との関係も持っていたらしいですが、若い男性像の方がずっとエロティックな力作になっていると私は思います。

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Musei Capitolini

この次は、バロックの後半、カラバッジョとは全く違ったバロック絵画を紹介するつもりです。

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