天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【美術】印象に残る作品:サンタ・チェチーリア・イン・トラステーヴェレ聖堂

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Stefano Maderno

前の記事でモザイクの御光の話をしました。そのモザイクがある三つの聖堂はどれも重要なのですが、中でもこのサンタ・チェチーリア・イン・トラステーヴェレは地域も含めて印象的な聖堂です。トラステーヴェレとは「テヴェレ川の向こう側」という意味です。トラスの英語はトランス。トランス状態とは、あっちの世界へ行ってしまった人のことで、現代なら薬物、中世なら信仰の力によって向こう側へ行く人がいるわけです。とにかくトラステヴェレ地区はコロナさえなければ観光客でごった返すローマの中央から川で遮られているせいもあって、観光客目当てのお店もないし断然落ち着いた地域です。その上美術史を愛する者にとっては極めて重要な聖堂が幾つもあります。なので私は時間さえあればトラステヴェレへ行くし、できるならトラステヴェレに宿を取りたいのです。

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Santa Cecilia in Trastevere

場所:ローマ、トラステヴェレ地区

聖堂名:サンタ・チェチーリア・イン・トラステーヴェレ

 

サンタ・マリア・イン・トラステーヴェレもあるので間違えないように。どちらも初期キリスト教時代からの最重要聖堂です。聖母(サンタ・マリーア)聖堂が大きな広場に面して遠くからも目に入るのに対して、聖チェチーリアは壁に遮られて見えません。聖堂の前に広い中庭があり高い壁で覆われているのです。

上の写真は道から門をくぐって聖堂を撮したところ、次は聖堂を背にして門を撮したところです。奥の白い建築物は中庭の壁の役割を果たしています。こんなところに人が住んで普通に生活しているのがイタリアです。やたらに看板があるアジアの街と違って美観の問題と歴史を大切にする意識が高いので、知らないと入ってはいけないのかと思って通り過ぎてしまう事が多々あります。

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聖堂ファサードから中庭を見る

門をくぐると素晴らしい空間が開けます。写真を見ながら読んでください。整然とした中庭の中央には、古典芸術の立派な壺を配した噴水があり、空には典型的なロマネスクの塔が聳え、中世の空気。バロック様式ファサードは地面から立ち上がるのではなく、一階部分は古代風の柱廊玄関口となっています。そこには古代ローマや中世の石碑の断片が埋め込まれています。

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Santa Cecilia in Trastevere

解説の一部を見てください。赤い中には古代ローマ由来のSPQRの文字が見えます。で聖堂の名前の下に制作年代が表示されています。5世紀に始まり9,12,13,16,17,18,20世紀となっていて何度も何度もこの聖堂が修復されたことが分かります。それだけ大切な聖堂だということです。特に教皇権が強まった中世盛期(12−13)と対抗宗教改革(16-18)時期に盛んに改築されています。聖堂の下にはフェルディナンド・フーガなど関わった建築家の名があります。

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Santa Cecilia in Trastevere

聖堂の中に入ると単郎式の内陣が目に入ります。外が簡素ながらも堂々とした質実剛健な印象を与えるので、ロココ風の天井を持つ内部は一見軟弱な印象を与えます。特に私はロココが好きでは無いので残念な感さえあります。私が一番好きなのは先のブログで書いた奥の半円形部分に配された初期キリスト教様式のモザイクですが、所々に素晴らしいバロックの彫刻もある聖堂です。下の写真の礼拝堂などもし日本に来たら大変な話題になりそうな大彫刻なのに、完全無視される程この聖堂には名だたる作品があるのです。写真では分かりませんが、入り口から見ると重なったアーチの向こうにこの礼拝堂があり、礼拝堂の中のアーチの遠近法に連なって行く、まさに空間を最大限に利用した劇場効果のあるバロック芸術です。

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無視されている礼拝堂

無視されている理由の一つが、最初のイタリア人画家として知られるピエトロ・カヴァッリーニのフレスコ。フィレンツェのジオット、ローマのカヴァッリーニですが 彼についてはまた今度。ジオットよりビザンチン的ですがご覧のように綺麗です。

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Pietro Cavallini

内陣の写真では、見えないかも知れませんが左の方で修道女がパイプオルガンを演奏しています。音楽を流している聖堂はよくあるのですが、修道女の生演奏はここならではで感動的です。この聖堂が捧げられた聖女チェチーリアは音楽の守護聖女で、ここには音楽学校が付属しています。奥に半ズボンの不届き者とその一団がいて何かを見ています。それは非常に有名なバロック彫刻で、3世紀に殉教した聖女が1599年に再発見された時の姿を象ったもの。この場所にはチェチーリアの家があったと言われ、地下のクリプタは古代ローマの家の痕跡を留めています。

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Cripta

トップの写真の話をします。美術史の本でこの彫刻を知って以来是非観たいと思っていたので、初めてこの聖堂を訪れた時には感慨深いものがありました。千三百年も経ったというのに聖女は亡くなったばかりのような姿で、それはまさしく奇跡でした。プロテスタントが奇跡を弾劾するのに対して、教皇は大喜び、この聖女を宣伝し世界中から巡礼が訪れたので、何度も改築が行われたのです。三本の指は三位一体を指し示すとか様々な逸話があり、対抗宗教改革期の最も有名な美術作品です。

このステファノ・マデルノの作品の頭上には先のブログで書いた9世紀のモザイクが、前面にはフィレンツェルネサンスを準備した大彫刻家で建築家アルノルフォ・ディ・カンビオのキボリウム(屋根の付いた祭壇)があります。

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Santa Cecilia in Trastevere, Roma

前庭だけでなく中世の中庭、クリプタ、ベネディクト会修道院音楽学校とこの施設は複合施設になっていますので、訪ねた時は是非全てを堪能できる時間を選んで欲しいと思います。私はいつもそうなのですが、有名な作品だけ見れば満足するわけではなく、ゆっくりじっくり観てしまいます。すると全然ガイドブックや美術書にも掲載されていない素敵な作品があちこちに見つかってしまうのです。この聖堂左側の入り口近くにある礼拝堂もそういう一つ。さっぱり有名でないので電気がついていませんから真っ暗です。逆に作られた当時の人々のように自然光だけで見る事ができます。私はこの前に来た時どきっとしました。誰かが立っているように思ったからです。でもそれは彫刻作品。注目される事なく何世紀も佇んでいる美少年は夢見るように首を傾げています。

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Santa Cecilia in Trastevere

暗い聖堂内から外へ出ました。この時はまだ夏の終わりだったので快晴です。聖堂前の広場には13世紀の家が残っています。右端の斜めになっている部分にはもとは塔があったのです。貧者のための同心会が所有していました。トラステーヴェレ地区は中世の面影を最もよく留めた地区でもあるのです。

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casa di Ettore Fieramosca

この界隈は食事の面でもローマで一番。何度も言うけれど観光客相手のところに良いお店は滅多にありません。地元の人に愛されていないとダメって言うのは当たり前だと思いませんか。観光地ローマにはあまり良いレストランがありません。テルミニ駅の周囲などは酷いものです。聖女チェチーリア前の広場にあるお店で、ローマの地元料理をいただきます。「消し去られたローマ」と書かれたお皿には名物、胡椒パスタが。

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Ristorante

 1日も早く再訪できることを祈って。

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