天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【博物館】プラートが誇る聖母の腹帯と国立フィリッピーノ・リッピ芸術院

ルネサンス好きの人には大人気の、不道徳な女狂いの修道士フィリッポ・リッピ。画家としては「彼によって初めて生きた女性が描かれた」と言わせるほどの素晴らしい画家。女性が可愛くて綺麗なんだけど、お爺さんも実に生々しく描いています。そんな彼の出身地がプラートです。最大のフレスコや初期作品、重要な祭壇画など沢山あります。

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Filippino Lippi

で、その彼が大美人修道女に産ませた子供がフィリッピーノ(本当はフィリッポだけど、父と区別するために小フィリッポという)で、彼もフィレンツェや宮廷で成功した画家となり、親子共々国葬されました。10歳にもならない頃から父の作品の手伝いをしていたようで絶大な影響を受けていますが、大人になるに従って父のおおらかさが失われ、繊細で神経質な息子の画風が現れます。忘れてならないのは親子の間には、かのボッティチェッリが存在すること。彼らの作品は、優美な線の美しさと華やかさで、フィレンツェのガチンコ風(ジオット、マザッチョ、ドナテッロ、ミケランジェロを思い描けばいい)とは全く異質のもの。

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Filippino Lippi

博物館ではフレスコの壁龕が再現されています。良い展示方法です。なぜなら聖堂のフレスコは、描かれた内容とそれが存在する場所との関連が非常に重要だから、一枚の絵のように切り離して展示すると元の意味が解らなくなってしまうのです。もちろん構図や色彩の配置、光の具合など全てが計算されていますから、理想は本来あった場所に当時のような環境で鑑賞できるのが良いんだけど、聖堂が壊されたり、痛みが激しかったりなかなか思うようにはいきません。

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Filippino Lippi

中央の聖母子を礼拝する聖人たち。フィリッピーノらしい、やたらスタイルの良い美形の男女に古代ローマの大理石意匠。アンドレア・デル・サルトの「ハルピュイアの聖母子」を思い出さずにはおれません。額縁から今にも飛び出しそうな聖女の立体感が素晴らしい。流石ルネサンスの申し子です。でもやっぱり一番嬉しいのは、かしずく聖女と殉教聖人の方に身を乗り出すようにした、アンニュイな幼子イエス。全体を見ると聖母子と聖人たちの関係が明確で、二次元の絵画とはいえ建築の一部であるフレスコ壁画の良さが際立ちます。聖母子の頭上で手を合わせて祈る天使たちも、やけにリアル。

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Filippino Lippi

そんな故郷の偉人を讃えるべく、プラートには息子フィリッピーノ・リッピの名を冠した国立総合美術学院(日本語の訳は私の訳)があります。私も美大だけれど、初めてイタリアへ行った時、子供時代からこんな環境で育ったらどんなに違っただろう!デザインセンスも、人間形成も、と思ったのを今でもよく覚えているし実感しています。

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2018年の儀式

ここでこのページ最初の作品を説明します。「聖母の腹帯の祭壇画」と言います。聖母の腹帯?これはプラートへ行ったことがある人なら誰でも知ってる(知らない人は文化芸術に無関心な人)有名なもの。何しろ司教座聖堂に、普通とは全然違って端っこに不思議な屋根付きのお立ち台があります。よく見れば判る通り素晴らしく手をかけています。それもそのはずルネサンス最大の、というか私的には美術史上最大の彫刻家ドナテッロの作品です。

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Donatello

聖母が天に召される時、昇天しながらはら〜っと哀れな私たちに残してくださったのが、神の子イエスを宿しているときにお腹に巻いていた帯。肌身離さず持っていたのかとか、1348年から行われる御開帳だけどそれ以前はどうなってたの?とかは言わない。87センチの長さで大聖堂博物館に、金の枠付きで保存されているその帯を、重要な時だけ、大聖堂から皆の衆に開示します。そのためだけに中世の大聖堂に、フィレンツェで超売れっ子のドナテッロを呼んで作らせたのがあのお立ち台でした。ページ最初の作品はそれを描いた祭壇画で、中北部イタリアを中心に結構、聖母の腹帯主題の作品があります。

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Cattedrale di Prato

ちなみに私のこのページのタイトル画像はフィリッピーノ・リッピの絵の一部です。「聖ベルナールに出現した聖母子」 という有名な作品はフレスコではなく巨大な絵画作品で、フィレンツェのバディーアにあります。バディーアは中世からルネサンスにかけて非常に重要な聖堂でした。今も街の大中心部に位置するのに、フィレンツェ好きの日本人がほとんど行かない場所です。なぜだろう?とても素晴らしい建物で、丘の上からフィレンツェを眺めるとバディーアの塔が司教座聖堂に次いで目立つのに。

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