天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【芸術】映画とお金と芸術性

芸術全体に言えることだけれど、映画はあらゆる芸術の中でも最も予算を無視できないもの。制作に関わる人の多さだけでも他のジャンルとは異なる。よく「総予算〜!」と言ってお金のかかったことがまるで良いことのような宣伝文句を聞くけれど、これは作品の良し悪しとは関係無いどころか、個人的にはむしろ反比例する気がしてならない。

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ムーンライト

以前「ムーンライト」のことを書いた。2016年の映画。場面の表現方法や演出が芸術的だと感じたし、とても感動した映画。差別とLGBTテーマ繋がりで思い出すのは、これよりさらに出演者が少なくて、演出もシンプルだけれど良かった2018年の「ブロークバックマウンテン」。ほとんど二人だけで、後は自然の美しさが印象的な映画だから、主人公の二人は決定的な意味を持っている。これがブラピとデカプリオだったら、私は観なかったと思うし、結果的にこの映画が非常に成功した理由の一つだと思う。

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ブロークバックマウンテン

ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ダウン・バイ・ロー」などのジム・ジャームッシュとか低予算だけれど独創的で良い映画を作る人は、それなりに居るのに、日本では本当に話題にならない。スパイク・リーの映画も幾つかは結構低予算で、とても印象的だし、何より存在理由のある映画。大掛かりで有名人が出てる凡庸な内容の単純な映画とは、大違いだ。

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スパイク・リー、1990年

やたら派手なアクションとシーンで、美男美女の有名俳優が出てくるとそこに目が行く。逆に人数が少なく、地味な背景で、場面展開も無いと、当然演出とセリフが重要になる。ヨーロッパ映画にはそういうのが沢山あって、ほとんど部屋の中だけで二人で喋って終わり、みたいなのさえある。思想がしっかりしていて、内容があればその方が余程心にしみるものだ。確かに社会派なしっかりした思想を持っていたとしても、演出や画像があまりにも悲しいとなると、私も苦しい。だからこそ、大袈裟な映画では大して問題にならない演技力や、言葉の力、美しい背景やセンスが低予算映画には必要だ。もちろん低予算ならなんでも良いわけでは無いし、大金かけた映画にもいい物もたまにはある。

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オーバーロードZ

低予算映画で思い出すのは、アサイラムアサイラムは1997年に設立されたカリフォルニアの映画会社で、低予算、短期撮影で有名。パクリとかスプラッター・ホラーなんかも特徴で、日本では結構人気があって劇場公開されたりもする。果たしてこの会社のファンの女性がどのくらい居るのか謎だけれど、私は間違いなくファンで、アサイラムって聞くと観たくなってしまう。頭が4つあるジョーズと巨大タコ対決みたいな呆れた馬鹿らしい映画もあるけど、それでも結構最後まで見られるのは、製作者が作りたくて作ってる感じがして楽しいから。でも特にそう言ったあまりにも内容のない作品は、日本からの発注で作られた物だったりして、全体的にはカウンターカルチャーとはいえ批判精神がある。これはアサイラム批判に関わらず常にそうなんだけど、日本では「オーバーロードZ」なんか異色のゾンビ映画って売られ方をして、ゾンビが見たい人には、ただただ数人の兵士が必死になってるだけの映画で、評価は1〜2点!とかなっちゃう。私には最後の場面が、あの映画の価値をいきなり引き上げた気がした。それまでひたすらドイツの悪魔め!一色だったアメリカ兵が部下をみんな失って命辛々帰国すると、上司がドイツ研究所から生まれた悪魔の生物兵器アメリカで使おうと、こう言う。「心配しなくてもいいんだ。我々は使っても。我々は正義なんだから。」戦争は人を狂わせる、どの国も正義とが悪とか無いって言ってるのは明白。大体とんでもない虫(生物兵器)を開発したのは連合軍側の女性科学者(マッド・サイエンティストの典型)だしね。

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フルメタル・ジャケット

戦争主題の映画は、結局二つに分かれると思う。「過酷な状況での友情を描く!」系の映画は、自国は正義、敵は悪が明確で、敵はどんどこ死んでも主人公側は楽しそうにしてるような単純な物。これに対して、どんな戦争も良い戦争なんか無いっていう反戦映画。私は当然後者しか見るに耐えない。キューブリックは最高の反戦映画監督で、映画史に残る作品をいくつも残した人。「博士の異常な愛情」「フルメタル・ジャケット」は直に戦争を扱った凄い作品。ただお金かかり過ぎではある。

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トータルリコール

大金かけた映画は幾つもあるけど、例えば「トータルリコール」。1990年にシュワルツネッガーがやった超娯楽物は、全く原作と違うし反美的なので話にならなく、今思い出してるのは2012年版の方。お金かかってるなーっ!とつくづく思いながら観ました。シュワルツネッガーのよりは、画面も主人公もずっとカッコいいし、何より大好きなフィリップ・K・ディックの1966年の原作 "We can remember it for you wholesale"と近い。ディックの小説は超一流とは思わないけれど、ほぼみんな読んでるほど好きです。オリジナリティがあるし、繊細さと阿呆らしさ、それに優しさが感じられる。そうだな。結局、どこまで製作者が作品を愛してるかっていうか、やりたいことをやってるかっていうことはすごく重要なんだと思う。芸術の基本要素かな。アサイラムが芸術とは決して言わないけどさ。

 

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