天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【美術・芸術】映画と芸術性またはルイス・ブニュエル

コロナのお陰で出かけられないから、部屋を片付けたり、本を読んだり、映画や海外ドラマを見てます。隠したいけどゲーマーにもなるので気休めに筋トレやストレッチもします。

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スペイン語のポスター

日本では当初公開されなかったブニュエルの映画が2017年に劇場公開されたのを、見直しています。以下は公式サイト。

http://www.ivc-tokyo.co.jp/bunuelangel/

この時は『皆殺しの天使』をメインにし『ビリディアナ』『砂漠のシモン』+『アンダルシアの犬』と言う素晴らしい内容でした。「奇跡のロードショー」と歌っていますがまさにその通りです。中でも私が一番見たかったのが『砂漠のシモン』でした。『アンダルシアの犬』は公開されていて、芸術系の映画館では時々見られたのですが他は無理だったし、何よりシモンは実在の人物をモデルにしています。

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柱の上にいるシメオン

この作品は1965年にヴェネツィア映画祭を受賞しています。流石、天才奇才の映画史に残る大監督です。私はブニュエルを愛してやまないわけでは無いけど大好きで、できる限り見ています。愛してやまないのと大好きの差は、唯ひたすらに心から愛せるか否かにかかっています。ブニュエルの作品はいわゆる分かりやすいの正反対で、不条理の帝王なので「分かる!良い!」とはなかなか行きません。しかし彼の持つ問題意識、それは政治的社会的関心だったり、芸術とは何かと問うような表現法だったり、信仰、欲望、善悪と言うような人間の根源に関わる問題だったり、そういった抽象的な概念を映像化する、何よりも妥協の無いやり方には頭が下がります。

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奇跡を前に畏敬を露わにする修道士たち

シモンとはキリスト教の聖人で、カトリックや特に東方教会で崇拝されるのでシメオンと呼ぶのが普通です。390年頃キリキアに生まれ、459年に神に召されました(と信じたい)。聖人にも色々ありますがシメオンは13歳の頃自ら修道院の門を叩き、18年間暮らしますが、余りの激しい修行のため修道院長によく怒られました。歴史に名を留めた聖人にはそう言う人がよく出てきますが、彼が特別なのはその後で、なんと40年間柱の上から降りずに居た!と言うのです。そのため彼を柱頭行者(カトリックなど)とか登塔者(東方オーソドックスなど)などと呼びます。でも柱頭と塔は全然違うので本当はどっちだったんだろう?とか思ったりします。

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ビザンチンのシメオン

ビザンチン美術にはシメオンのイコンは沢山あり、大抵人間が一人乗ったらやっとのようなお椀型柱頭の上にいます。

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ビザンチン美術

この絵など見ると塔なのかもしれません。塔ならよくお姫様が悪い継母や馬鹿な王様に閉じ込められたりします。あれなら食事を与えられれば、なんとか生きていけそうです。コロナで数週間出られないからストレス溜まってる私とは大違いで、激しい修行を愛する聖人なら40年間だって軽いでしょう。

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『皆殺しの天使』の一場面

ブニュエルのはこんな感じです。5世紀のシメオンは修道院を出て砂漠へ向かいますが、孤独に挫けるのを恐れ、自分を石に鎖で繋ぎました。そこへアンティオキアの教父メレティオスが来て「人間は自らの意志の力で制御するのであって、唯知恵と希望によってのみ自らを抑えよ。」と素晴らしいことを言ってくれたので石に繋ぐのは諦め、高い塔を作りその頂上の小屋でひたすら祈った。らしいのですが、その後伝説は過激化し柱頭になったのでしょう。あり得ませんがその方が伝説らしいし、奇跡の聖人らしいから。

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ジャバル・サマーン

シメオンの柱と言われるものはアレッポ修道院に現存し、今は廃墟となっているけれど、周辺はジャバル・サマーン(シメオンの山)と呼ばれています。素敵なロマネスク聖堂だったのに大変残念です。

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アレッポのシメオン教会

シメオンは人々に親切で話をよく聞き、奇跡もなしたので大変崇拝され、各地にシメオン教会ができました。今もロシアなど東方教会では珍しくありません。彼を真似する人も出ましたが、あまりに変わった祈りの形態に次第に廃れました。

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アレッポのシメオン教会

アレッポは石鹸が有名ですが、大変歴史あるところです。このディル・サマーン(シメオン修道院)は5世紀まで遡ることができる西アジア最大級のキリスト教聖堂にして、現存する最古のビザンチン聖堂の一つでもあります。素晴らしい❣️

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人々の話を聞くシメオン

上の場面は、伝説の初期の頃を物語っています。シメオンは目立ちたがりで、自分は人より天に近いという傲慢からこんなことをするのでは無いか?と疑がわれ、修道士たちが様子を見に来ます。修道院長とはなかなか頭の良いもので、この時も「そんなことをして傲慢だからすぐに降りて来い」という修道院長の教えに従って、降りてきたなら、シメオンは傲慢ではなく服従の精神(修道士の基本)を持っているので、塔に留めよ、と修道士たちに言ってありました。あっという間にシメオンは降りようとしたので修道士たちは、塔の上にいるように言い、彼を認めました。それにしても高いなー。一応ロープがあるけれど風もあるし絶対怖そうです。私の友人のように高所恐怖症の人は、映画も観られないかもしれません。

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悪魔の誘惑にあう

そんなシメオンを悪魔は姿形を変えて、塔から降ろそうと誘惑します。レタスしか食べないのは嘘で隠れて贅沢に暴飲してるとか、色仕掛けとか色々ですが、その度に「悪魔よ去れ」と言われ、退散します。この画面など、ブニュエルの画像の美しさがよく伝わると思います。汚れ亡き少女の姿は実は悪魔で、退散するときは裸の老婆。

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奇跡を起こすシメオン

このページの一番最初の画像は彼と母の映像です。心配した母は、シメオンの柱の近くに小屋を建て悲しそうに見守っています。彼は母に「肉親の愛より神への愛の方が強いので、もう二度と触れ合うことはない」と言いますが、この場面は間違いなくマタイ福音書を思い出しますし、母は美術的にはピエタを連想させて、映像時間は短いのに印象に残りました。映画の終わりは???いきなり砂漠の頭上に飛行機が現れたかと思うと、ニューヨークのディスコへ・・・

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ダリの描いたルイス・ブニュエル

ブニュエルはスペインの有力階級の息子でガルシア・ロルカサルバドール・ダリなどと友人になり自然科学、歴史、哲学を学んだ後、パリでシュールレアリスムと出逢います。ダリと作った『アンダルシアの犬』は大評判、ところがフランコ軍事政権下で指名手配犯にまでなりメキシコへ亡命。この作品はメキシコから数十年ぶりにスペインに帰国し作った、渾身の作品のうちの一つです。でもカンヌ・パルム・ドールを取った『ビリディアナ』がカトリック世界で大問題となり、結局メキシコへ帰化することになりました。富裕階級出身者らしいといえばそれまでですが、富裕層だって無知で品性下劣な輩も幾らでもいるなか、やはり彼は芸術とは何か、映画に芸術作品が作れるのかという問題と向き合ったと思うのです。芸術に関心のある人は絶対見てほしい。キリスト教に関心のある人もね。

 

 

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