天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本】聖なる侵入

題名:聖なる侵入

著者:フィリップ・K・ディック

出版:1982年 サンリオ


連休を使って一人ディック祭り。最初の題名がValisAgainだったことを考えると、確かに世界の終末、救世(神)についてのテーマは受け継がれている。というよりより鮮明に打ち出されているがこちらはずっと読みやすく小説らしい。かなりの量が会話で成り立っていることもあるが、真の愛が見つかるハッピーエンドが何よりも違っているところ。

 


アメリカ版の表紙は日本版より常に分かりやすいから、説明にこれを使用。何の絵かというと、地球外の御聖誕の場面。因みに「御聖誕」は美術図像では、赤ちゃんイエス、完璧な聖女である少女母マリア、人間界の父大工ヨセフ、それに牛馬がいたりする。が、ここでは病気で死に瀕しているエゴイスティックな27才のイスパノアメリカ系女性、内向的な音楽御宅の二人の移民(地球から逃れてきた)、と乞食のような老人エリアス(預言者エリア)。


幼児イエスの物語はマリアの物語以上に知られていない。というか聖典にはないんだけど、ここでは10歳のイエスが大活躍する。記憶障害のある可愛い少年がこの世界の創造者であるという、ディックならではのものすごい設定だし、いつものように聖書、様々な思想、世界背景に加え音楽や言語の知識まで必要とする内容だが、以外に話は単純で読みやすい。何よりも人間への愛、善を選択する自由意志の勝利という結末が、ディックらしくなく明るい。ある意味これが遺作となって良かったと思える作品。

 

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