天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【美術】神の子の誕生の表現

Buon Natale! ブォン・ナターレ

イタリアではクリスマスの挨拶はこう言います。「良いお誕生」という意味ですが、大文字なのでイエス・キリストの誕生を指しています。勿論「おめでとう」という意味のAuguri(アウグーリ)など足すのも普通です。

 

そこで普段なら大学の西洋美術の授業で沢山紹介するのですが、それができない今、幾つか【御聖誕】に関する美術作品を紹介します。

 

このテーマには無数に作品がありますからどれを選ぶか考えましたが、当然私の好みと、様々な種類(表現様式の違い)を考慮しました。

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Bonanno Pisano

ボナンノ・ピサーノは名前が「良い年(新年の挨拶)」という意味でもあり、まさにこの時期にぴったりだし、大好きなロマネスクです。これは世界で最も有名な建造物の一つ「ピサの斜塔」を持つ、司教座聖堂の青銅扉の部分ですが、残存数の点でも作品の独創性、品質など様々な点で非常に貴重な芸術作品です。12世紀に活躍したボナンノは、ビザンチンと古典様式を継承しながらも明らかにおおらかなロマネスク様式で作品を製作しました。当然彼はロマネスクなどという、何世紀も後代に作られた言葉は知らなかったわけですが。洞窟の中ではマリアが横たわり、人間の夫ヨセフが見守り、生まれたばかりのイエスを二人の女性が産湯につける準備をし、牛と馬が珍しそうに赤ちゃんを覗き込んでいます。すごく可愛い表現だと思いませんか。洞窟の上では、天使たちが羊飼いたちに神の子の誕生を知らせています。羊たちの浮彫も優しい感じです。実に素朴でありながら、職人技が冴え現代彫刻のようでもあります。

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Ghirlandaio

ドメニコ・ギルランダイオはルネサンス美術を理解する上で、極めて重要な画家です。芸術家としてはミケランジェロやレオナルド、ラッファエッロが上かもしれませんが、ルネサンスという時代背景は彼の作品の方が明確に表しているし、間違いなく彼も最高の芸術家の一人で、フィレンツェルネサンスの最重要な建造物は彼がフレスコで飾ったのです。フィレンツェ駅の目の前にあるサンタ・マリア・ノヴェッラ大聖堂はそれ自体が美術館のようですが、中でも奥のトルナブォーニ礼拝堂は、この聖堂が捧げられた聖母マリアの物語が、当時の最重要人物たちを伴って描かれた大変有名で、素晴らしいもの。大金持ちや知識人たちの風俗がそのまま描きこまれています。決まり文句のように言われる人間重視というルネサンスらしく、宗教画の聖性が吹き飛び、ルネサンス芸術を生み出した大商人たちの結婚に焦点が当てられています。

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Domenico Beccafumi

ドメニコ・ベッカフーミは私のお気に入りの画家です。この作品を初めて見たとき、これとは随分異なった色調だったのですが、大変惹かれました。15世紀後半から16世紀に活躍しましたが、この時代を代表する画家たちとはかなり作風が異なり、むしろ後のバロック芸術を彷彿とさせます。しかしずっと後にカラヴァッジョが始める残酷で生々しいバロックとは全く違って、むしろ中世の神聖な雰囲気を持っています。ルネサンスフィレンツェで盛んな時期に、その影響をあまり感じさせずにシエナで描きました。どこか幻想的で、不思議な物語性を持った彼の作品は、光の使用と独特の色彩、定式化された美しい子供や女性の顔立ちなど、一目で彼の作品だと判ります。美術に詳しい人なら、面取りのような描画や繊細さなどデル・サルトとの類似性に気づくでしょうか。彼と同年の生まれです。

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Guido Mazzoni

グイド・マッツォーニを知っている人は相当の美術通です。彼の評価は不当に低いものだと私は考えています。15世紀半ばに生まれたのでやはりルネサンスの人と言えますが、フィレンツェでは仕事をしませんでした。彼の評価が不当に低いのは、作品がテラコッタ(陶)でできている事とも関係がありそうです。現在の芸術界では、ルネサンス当時と違い工芸の地位が低いのです。彼の作品は驚くことにほぼ等身大の群像彫刻で、全く劇的なもの。まさにバロック芸術と言えます。私は彼の作品を全て見たいと思っていますがまだ見られていません。私のイタリア美術旅行でナポリに一緒に行った人は、無理やり教会守りに入れてもらったのを覚えているでしょうか。この作品はモデナにありますが、理想化された聖母子像と違い、庶民的な使用人の女性が特に注目に値します。できたてのお粥が熱過ぎるので吹いて冷ましてあげているのです。いつも同じ有名な芸術家、有名な作品ばかり紹介されますが、知られざる素晴らしい作品は驚くほど多いし、それをできるだけ紹介してゆきたいと思っています。

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Giovanni della Robbia

ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアは、ルネサンスフィレンツェから世界にその名を轟かせたデッラ・ロッビア家の一員です。デッラ・ロッビア一族には何人も芸術家がいますが、創始者であるルーカ(私は彼の作品が一番好きです)、息子のアンドレーア、その息子がジローラモとジョヴァンニです。先に陶と工芸について、芸術との関係を少し書きました。ルーカ・デッラ・ロッビアは焼き物でも、真の芸術作品が創造できる事を証明した人物です。彼らの作品はあまりにも人気を博したため、一族で大工房を構え、かつてはイタリア中どころか世界中へ作品を送り出しました。今でも彼らの作品の複製をお土産で買うことができます。写真は巨大な祭壇画ではなく祭壇陶芸作品で、本来あった聖堂に組み込まれていない今その良さは半減しています。焼き物でここまで正確な造形や着彩が行えるのは超絶技巧ですし、これを飾った人々がどれほど誇らしく感じたか伝わってきます。

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デッラ・ロッビアの御聖誕がある教会

ルーカは外壁に不向きだった焼き物を強靭にすることに成功し、上の写真のように多くの聖堂が彼らの聖母子像を設置しました。石像や木彫と違い、輝くような色彩を持ったデッラ・ロッビア作品は誰にも愛されたのです。

 

世界に平和がありますように

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