天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本・美術】異能の幻想画家ジョン・マーティン

題名:ジョン・マーティン画集

出版:2009年河出書房

初版:1995年ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ

 

私が普段授業する、首都大学東京OUもついに休校になったので、授業できない代わりに頑張ってブログ更新します。

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John Martin

「異能」って言うだけでワクワクします。本を見ると、装丁がいかにも怪しげです。帯の書体も意図的に古い印象を与えていて、なんだか埃をかぶった忘れ去られた本を再発見したみたいな感じです。読めると思うけど一応写すと「古代神話、聖書をもとに世界の破滅を描き続けた19世期の英国人画家の壮絶なる黙示録」「地上は人の悪がみち、都市には不義と悪徳が渦巻いていた。やがて子羊が第六の封印を解き〈神の大いなる怒りの日〉が訪れた。」だとさ。

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ソドムとゴモラの滅亡

実はこれはシリーズ物で、大型書店の美術部門では結構大々的に売っていたのですが、当時は買いませんでした。だって買わねばならない重要な本はいくらでもあって、こういう趣味っぽい、と言うか正統派から外れたようなものは後回しになってしまうからです。ところが再販のこのシリーズも無くなってきて、ちょっと前に中野の「まんだらけ」で見た『モンス・デジデリオ画集』は売れてしまったので焦って買ったのです。ここで使っている画像は全て買った本から撮ったものです。私は「まんだらけ」に行きます。そう聞くと、知っている人は、私はアニメオタクだと思うかもしれませんが、私が行くのは4階の美術書とか小説とか音楽とか演劇とか、そういった類の古本を扱う方です。昔から疑問に思っているのが「写真」コーナーにあるポルノ本。そう言う内容を求めている人は写真芸術に関心があるわけではないと思うから、きちんとそう言うカテゴリーにした方がいいと思うのですが、どうしてああなっているのでしょうか?「向いには宗教とかスピリチュアルなどのカテゴリーがあって、非常にまともな研究書から宇宙人やスプーン曲げの本まであります。不思議な所です。

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忘却の水を探し求めるサダク

うわー、この人大変そう。ヒーローって感じもしないところがなんとも言えない。

 

私がジョン・マーチンを知ったのは聖書の美術を色々と調べている時でした。ソドムとゴモラが40日間神の怒りで火達磨になった場面を描いた、二つ目の写真がそれ。ネットで知ったのですが、ごく僅かしか情報が無く良い状態でも見られなかったので、ぜひ本物を見てみたいと思いました。火柱の立ち方が異様に迫力があって目を引くのに、人間が非常に小さく、どうなっているのかよく分かりませんでした。本で見ると、天使に逆らって振り返ったロトの妻が、遠く一人、白い閃光に打たれ塩の柱になったところで、ロトと娘たちは脇目も振らずこちらへ逃げてきているのが分かります。136.3×212.3と言う巨大な作品でイギリスにあります。私の海外経験の最初がロンドンなので、これを機に行ってみたい気もしますが、画集を見れば見るほど、この画家があまり巧く無いのに気づきます。どの絵を見ても、人物表現が酷く、わざわざこのために渡英は考えられなくなりました。ま、イギリスには他所から取ってきた素晴らしい作品がたくさんあるし、聖堂もなかなか見ものなので、いつかは再訪したい国ですが。

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混沌にかかる岩橋

これは版画作品で、この作家の魅力をよく表していると思います。大変不思議な空間が広がり、光に満ちた彼方へと橋がかかっています。手前には空気なのか、水なのか色々と想像したくなる白い筋が何本か浮かび非常に効果を上げています。橋のこちら側には妖精か天使か、謎のものがいて人間と思しきモノに何やら命令しているようです。なんとこれは栃木県が持っているらしいので、このコロナ・パンデミックが治ったら直ぐにでも訪問したいと思います。版画は一点ではありませんから、良い作品が結構日本でも見つかりす。Bridge over Chaosという題名だけでも興味を引かれます。混沌と訳したのは仕方ないにしても、カオスの概念は難しく世界の創造の根元の次くらいに来る、重要なものなのですが、古典研究者の間でもこのギリシャ語の訳にはいろんな考えがあるようです。

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マクベス

↑左手で謎の光に乗ってやってくるシェーッ!をしている3人組が印象的。

 

ジョンはフランス革命の1789年にイギリスで生まれ、多分生涯国を出ずに1854年アイルランドグレートブリテンとの間にあるマン島で死にました。64歳でした。大家族の末っ子です。母は地主の娘なので大反対にあいましたが駆け落ちして12人も子供を産んだプロテスタントでした。余程母が恋焦がれたと思われる父は、職を転々とした過激な人だったように見えます。ジョンの、よく言えば意思が強く、悪く言えば強情な性格は両親譲りです。教養は最低限ですがピエモンテ出身のイタリア人画家ボニファッチョ・ルッソと知り合い、第二の家族のようになって絵を覚えてゆきます。ボニフッチョの息子カルロ(イギリス生まれなのでチャールズと英語風に発音していた。)にもとても世話になります。僅かに残った作品では親子はまともな画家のように見えます。

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チャールズの作品

実の親から離れ師ルッソを追って絵付けの仕事などをもらいながら絵を描いてゆきます。展覧会でも当初は落選しても、大物に買い上げられたり彼は出会いに恵まれていたようです。才能があっても貧しいまま無名で死ぬ画家は数えきれない中、彼はデッサン力も無いのに大成功します。人々は大挙して彼の絵を見にギャラリーへ詰めかけたそうです。多分イタリアでは成功しなかったと思いますが、イギリス人の好みに合ったのでしょう。成功者となった後彼は自費で聖書などを版画で出版したり、ロンドン改造計画を考えたり、部分的にレオナルド・ダ・ヴィンチの真似事をしています。間違いなくルッソ親子の影響でイタリア人画家を知っていて、巨人たちが「最後の審判」図に描かれています。ラッファエッロが一番大きく、明快で、その横にレオナルド、ミケランジェロの姿も見えます。この人たちは天国へ行けるのでしょうか?他にも当時の実在の人物が描かれていますが、この本の解説には一切触れられていませんでした。大体、解説者の大瀧啓裕という人はSFファンタジー、幻想モノを中心とした翻訳者のようで、ひたすら「崇高の美」とマーティンの作品を呼ぶのですが、私には違和感がありました。

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最後の審判の中のラッファエッロたち

しかし、繰り返しているように芸術とはただ上手いだけでは説明できないモノです。彼には描きたいモノがあったことは確かです。作品を見るとグワァ〜ッ!とかシャーッ!とか言いながら描いている姿が目に浮かぶようで、岩や炎や稲妻を描くときの迫力たるや他に類を見ません。それに対して手前の人物があまりにも酷いのですが、ほとんど闇に紛れているため、絵全体を見ればそれほど気になりません。

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神の大いなる怒りの日

フランス革命産業革命という世界史の大転換時期にあって思うところがあったのでしょう。本当の意味で夢を追求して破産し、最後に描いたのは最後の審判三部作でした。

 

英語版のマーティンは解説がより正確です。

https://en.wikipedia.org/wiki/John_Martin_(painter)

日本語版は記事内容は?と思う点がありますが画像がたくさん載っています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3

 

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