題名:Les traducteurs(翻訳家たち)
邦題:9人の翻訳家 囚われたベストセラー
製作:2019年。フランス、ベルギー
監督:レジス・ロワンサル、アラン・アタル(製作)
評価は特に高くはないけど、私には、身につまされる部分も大きいからか、とても面白かった。常に説明的な日本のフライヤーでは「105分、あなたは騙され続ける。真実はDedalusこの中にある。」となってる。謎解きは得意な方だから、言うほど騙されはしなかったけど、騙されるとかいった表面的な面白さとは違ったところが良かった。
「翻訳家たち」という題名で観たかった映画。実はダン・ブラウンのラングドン教授シリーズ(「ダヴィンチ・コード」が第一弾)の4作目「インフェルノ」を出版するときの実話が元になってると知ってビックリ。ラングドン・シリーズはイタリアが大いに関係してるから一応全部見てるけど、映画としてはちっとも好きじゃない。大袈裟で平凡だし、元の作品(レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」やダンテ・アリギエーリの「新曲・地獄篇」)をねじ曲げまくるのも不快。
世界中で売れまくった本のシリーズだからって、出版社が著者の許可をとり、翻訳者たちを地下室に閉じ込め完全隔離し、一斉に翻訳させて海賊版などが出回らないようにしたんだって!本当!?信じ難いけど、確かに勝手に翻訳してネットに載せる人も結構いて、そこで読まれちゃうと本が売れなくなっちゃうし、変な訳でも管理できないし、著作権問題とか色々ある。とにかく翻訳家たちを隔離したのは実話。
一見優雅なフランスの田舎のお屋敷は、実は地下にとんでもない隔離施設を持った要塞建築だった。世界各国(イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、デンマーク、ドイツ、中国、イギリス)から翻訳者たちが集結。中国人は中国から来たんじゃなくて長年フランスに住んでる。オリジナルがフランス語だからか、イタリア、スペイン、ポルトガルとラテン語圏、それにギリシャ人もいて地中海文化圏の言葉は沢山あるのに、日本語はないんだなーというのが、日本人としての第一印象。やっぱりこういう哲学的な本格文学は日本人は嫌いなのかなーとか思わされた。
単純に犯人は誰か、なぜそんなことをするのかという謎解きの面白さももちろんあるけど、それ以上に「文学」愛がテーマで、何度も本が出てきて、この本の中に真実があるとか言いながら日本語訳ではその辺が全く無視されている。問題の本はDEDALUSという。
DEDALUSと聞くとロック好きの私なんか、いきなりイタリアン・プログレのバンドを思い出しちゃう。それから当然ギリシャ神話のダイダロス。ダイダロスはイカロスのお父さんだけど、発明家であり巧みな職人で、クレタ島にミノタウロスを閉じ込めるための迷宮を作った人として思い浮かぶ。下は16世紀初頭のフランス人画家による物語絵。右端に迷宮が見える。映画では、厳密には迷宮ではないけれど、閉じ込められて出られない謎の場所として関連付けられる。
そしてなんといっても20世紀最大の小説家ジョイスが自己を投影したと言われるスティーブン・デダルスが思い浮かぶ。映画の中では重要な本は二冊しか出てこない。それはジョイスとプルーストの「失われた時を求めて」。映画の中でも文学とは何かという場面でジョイスの名が出てくる。
資本主義によって堕落させられた売れる小説と真の文学の対立が軸で、そういう視点は目新しくはないけど、私自身が常日頃感じていることで、そういう点でも私にとっては深みのある映画だった。でも犯行の動機は理屈ではなくすごく人間的、情緒的なものなのも良い。
細かな点ではさまざまな言葉が飛び交うところが面白く、囚われの翻訳者たちが怖いロシア人警備員や出版社の社長に分からないように、目の前でスペイン語で連携したり、三重通訳したりする場面も私にとってはリアル。日本語、英語、イタリア語で通訳したことがあって、能力のない私は死にそうになった経験がある。そうそう、今回新たに知ったのが情報通信研究機構が開発した対サイバー攻撃アラートシステムの名前がダイダロスっていうんだって。コンピューター好きなのでこのサイトも面白かった。
そーいえば一回だけ日本が活躍したことがあった。世界一早いコピー機の一つとして登場。