天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本】古代ギリシャ・11の都市が語る歴史

題名:古代ギリシャ

副題:11の都市が語る歴史

著者:ポール・カートリッジ

監修:橋場弦

訳:新井雅

出版:白水社、2011年

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クノッソス神殿遺跡

白水社も一般向けになかなか良い本を出している。個人的には編集者の態度が酷かったという思い出があるけれど・・。これはとても良い本で、著者は古代ギリシャの権威だってだけじゃなく、人間的にも研究者としても好感のもてる人。訳も非常に読みやすい。ただこの訳者はリン・ピクネットの本も訳していて、彼女の本「トリノ聖骸布の謎」はとんでも本の最たるものなので戸惑ってしまう。だって「古代ギリシャ・11の都市が語たる歴史」はとてもまともな研究に基づいた冷静な見地で発言されているのに、あり得ない事を感情的に、しかも悪いことに一見科学的に見えるやり方で語るとんでも本は大嫌い。そういう本やネット記事が巷に溢れまくって、世界を偏見と無知で汚している。

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タイトルの本

それに引き換えこの本は、かつてのアテナイ絶対賛美に始まる一般的な思い込みを直し、古代ギリシャのポリスの実情を非常に理性的に語ってくれる。多くの古代ギリシャ関係の本が、アテナイに圧倒的な頁を割いているのにここでは写真のクノッソスに始まり、今はイタリアのシラクーサやフランスのマルセイユ、そして別のカテゴリーで扱われるビザンツを視野に入れていて全体像が把握できる。

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Siracusa, Sicilia

おおよそ年代順に都市が紹介されていて、全体で古代ギリシャ世界が理解できるというもの。先史時代ではクノッソスとミュケナイ、歴史時代初期にアルゴス、ミトレス、マッサリア、スパルタ、古典期はアテナイ、シュラクサイ、テバイ、ヘレニズム期がアレクサンドリアで回顧と展望としてビュザンティオンとなっている。古代ギリシャには驚くことに千程のポリスがあったそうだから当然だが、それらの都市と関連して様々な都市コリントスとかオリュンピュアなども絡んで登場。大体この本も随分前に買ったんだけれど、直接仕事に結びつくわけではないので後回しになっていたのを、このコロナ騒ぎで中止となったオリンピックの事がきっかけになって読みました。非常に読みやすいし時間があるので1日で読めたよ。本当にお勧め!

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スパルタ

写真の下の文字が 日本語だったりアルファベットだったりするのは、ギリシャ文字は日本人が馴染んでいるアルファベットと違うから。この本で興味深いことの一つが、語源について多くを語っていること。著者がクノッソスから始めたのも、そこで初めてギリシャ語の文書が用いられたからで、紀元前1400年頃。文書、文字こそ文化の必須要素で文化、文明とは都市のものという主張です。私も賛同します。それにしてもスパルタは何度も映画化されたりゲームになっているだけあって、本当に印象的。全てのスパルタ男子は7歳で両親から引き離され国家の下で日々軍事訓練に明け暮れる。時には死んだ後までも殴られ続ける。どこまでも怖い軍国主義なんだけど、それは同胞ギリシャ人を奴隷化してたから常に彼らの反乱に備えてのことだった。一時は最強最大のポリスだった。そんなスパルタでも驚いたのがテバイの神聖部隊で、これは少年と青年の150組の恋人たち300人を基本に作られた戦闘部隊だった。現代のLGBT関連ではとてつもなく高い興味を持たれているので、これに関しては嘘八百も含めいろんな資料がある。でもそんな恐ろしいスパルタで女性の権利が最も高く、土地を所有できたりする自由があった。この事実は私にムッソリーニ政権を思い出させる。ムッソリーニは残虐な性格の独裁者だけれども、軍国社会主義で、ある意味権利や社会参加の平等のような事があった。例えば昔日本の小学校で女の子が体育の時にはかされたブルマームッソリーニ政権下の発明だと読んだ事がある。それまでは脚を見せるなんて娼婦だというような時代に、全国民体育で鍛えよう!女子も器械運動!ということになってのことだとか。人間は難しい。そういえばレオニダスの名を知ってる人はチョコレートだと思ってない?スパルタの英雄的な死を遂げた王様です。人命辞典もついてて便利。

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アルゴス出土。オデュッセイア場面

この本の最後には、重要人物辞典、年表、重要用語集に貨幣と距離の単位がついているところなど、考古学の基礎を抑さえていてとても役に立ちます。地図はアレキサンダー大王の遠征とか要所要所に入っています。ギリシャ行ってみたくなるなー。でもその後の歴史に翻弄されて、古代ギリシャの栄光はほとんど目にするのは難しいし、古代ギリシャ最大の町の一つシラクーサなどを抱えるイタリアであちこち行って我慢します。特にシラクーサは個人的にも特別な思い出のある街で、神話的なアレトゥーザの泉などいつか再訪したい。

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デルフォイの神殿

基本的には戦争の記述が多い。それによって覇権が変わり街の衰亡が明確になるから。それだけではつまらない歴史の本になってしまうけど、ここでは風俗や社会の価値観などが具体的に理解できるように書かれている。当時の人たちにとって政治的であることはポリスの人であることで、それがどれほど価値のある当然のことだったかを痛感する。西洋文化の基礎知識として登場する思想家、哲学者、歴史家、時には芸術家なども王侯貴族に負けずに出てくるのが嬉しい。最後に、全ギリシャ人にとって一番大切だったデルフォイの神託の入り口に書かれていた言葉。

 

      汝自身を知れ  度を越すなかれ  過信は禁物

 

人間は進歩してるのかな。

 

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