天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【旅】予定を決めない気まま旅

旅行はturismo(英語のツーリズム)で観光を想像する。小旅行で大人数、ガイドに連れられて観光地を訪ね、特別有名な場所を数カ所訪ねて、特別な目的があるわけではない。そんな感じ。それに対して旅はviaggioで観光の場合もあるけれど、どっちかっていうと長期で少人数。時には辺鄙な場所を孤高の人になった気分でする一人旅。ちょっぴり危険でさえある。勝手にそんなイメージを持っています。宇宙に旅立つのがボイジャー(viaggioと語源は同じ)だったりするからだろうか。

f:id:Angeli:20191127175856j:plain

Parma

私は十代から幾度となくヨーロッパへ渡航しています。イタリア留学も時間ができると経済的な旅を繰り返しました。最初はまず有名な場所から訪問するので、日本人観光客に会いました。私が留学していた80年代は現在とは比較にならなく日本経済が好調で、円が強かったこともあって日本人観光客は問題になる程うじゃうじゃいました。ウッフィーツィに日本人を入れるな、という意見が真剣に考えられた位です。その後韓国人、中国人やロシア人観光客が目立つようになり、近年は日本人観光客は確実に減りました。これは単に経済問題というより、日本は良い国だから海外へ行く必要がない、という若者の閉鎖性、現政権の日本志向の現れと思っています。世界が狭くなるというのは、知力の低下そのものです。様々な意見や世界を知ってこそ、比較検討することができるのだから。

f:id:Angeli:20191127220259j:plain

Fidenzaの司教座聖堂博物館で

そんな訳で旅をすることは世界を広げる最短の手段ですが、でも旅をしても理解の仕方は人それぞれ全然違います。理解できていないとすぐ忘れてしまう。私の授業に参加してくださっている多くの方がイタリア旅行経験者で、一様に、旅行へ行く前に授業を受けたかったと言います。 でも後からでも見たものの意味が解ると楽しいので、歴史や美術への興味が湧いてきます。

f:id:Angeli:20191128115553j:plain

PalazzoPitti.Firenze

私自身もそうだから、旅に行く前に訪問地の歴史や作品の資料を読みます。読み返す良書もあります。新発見や修復の計画などについてはネットで調べます。列車のチケットや博物館のチケットなどは結構変化するので、ガイドブックに書いてあっても無かったり、違っていたりするから。例えば留学時代にはほとんどの聖堂は無料で、聖堂正面から正しく入館できたのに、現在はチケットが必要で横扉から入り、正面には柵などが設けられていて悲しい限り。バルジェッロもブレラも多くの美術館、博物館が縮小されて展示作品が大幅に減り、目当ての作品が違う場所へ移動していることも珍しくありません。

f:id:Angeli:20191128120323j:plain

La lunetta di Cattedrale.Fidenza

旅といえば、バックパッカーのような人たちが思い出されます。一人で荷物を背負って世界中、あちこち旅する若者たち。驚いたことに私の遭った日本人バックパッカーたちは、大抵英語もほとんど話せませんでした。度胸と健康、それに幸運だよりです。そういう人の効率はとても悪いから、滅多に博物館も聖堂も行かないし、人々ともコミュニケーションできないので、なんとなく町歩きをして終わりになってしまう。自力で遠い街へあちこち行く事に価値を見出してるのか、とにかく求めるものが全然違う人たちでした。

f:id:Angeli:20191128121421j:plain

ピッティ宮の装飾品の間の油絵。フィレンツェ

両親が私の留学中にイタリア中を回っている時、バックパッカーたちから驚かれた事に、驚いていました。若くも無いのに、予約無しで、片言ですがイタリア語を駆使して気ままに旅していたからです。父は、確かに一応英語が読めるし、フランス語やドイツ語もちょっと知っていたりします。だから普通の人とは違うと言われればそれまでですが、たいしてできるわけではないし、旅へ行く前に必ず訪問先の言語と歴史を勉強していきます。ポーランドへ一人で行った時など発音に難儀していました。でもとにかく、色んな人たちと会話しながらなので、場所や出来事など非常によく記憶しています。

f:id:Angeli:20191128174112j:plain

Pavia

私はツアーに参加したことがありません。アフリカへ行こうと思った時は流石にツアーに参加するつもりでしたが、残念な事に流れてしまい未だにツアー未経験です。ルーブル美術館の中を走るように移動するグループなんか見ちゃうと、どうしても参加する気になれません。博物館も美術館も聖堂も、時間に囚われず鑑賞するものだと思っているから。それにヨーロッパへ行くんだったら夜中出歩かないと話にならないのに、許してもらえそうに無いし。

f:id:Angeli:20191128175632j:plain

修復中の聖ロレンツォ礼拝堂、フィレンツェ

今回はロンバルディア(ミラノ、パヴィーア、ピアチェンツァ、ボッビオ、ヴィジェーヴァノ)とトスカーナ(プラート、モンテカティーニテルメ、ピーサ、ルッカフィレンツェ)の二グループを案内したのだけれど、最終日に大学院時代の友人とフィレンツェで合流しました。そこからは彼女と二人旅。いきなり全てが変わります。一週間弱ですがなーんにも決めていません。みんなを連れている時は、きちっと朝起きてできる限り多く見られるように、息つく暇なく活動します。が、いきなりゆっくり外出。

f:id:Angeli:20191128181128j:plain

ルネサンスの象徴。ブルネッレスキの大クーポラが直近

まず友人Mの求めで聖マリア・ノヴェッラ薬局へ、そしてインフォメーションへ。彼女はフィレンツェカードを買うと、特定の場所で電話できるというネット記事を読んでいたんだけど、でたらめと発覚。正直フィレンツェカード物凄く高いですよね。あんなに沢山の博物館へ行けるとか言ったって、時間制限があるんだから、それこそ駆け足で見なきゃならない。詐欺みたいな話。私は大聖堂博物館でチケットを買っただけでした。それで大聖堂と地下遺跡、クーポラにも登れて、聖堂博物館、洗礼堂へも入れます。日本語のサイトをみたら、驚くことに3000~6000円!15ユーロで買ったんだけど、どうしてだろう?現地で買った方がずっと安い。ま、いつもそうか。

f:id:Angeli:20191128182558j:plain

大聖堂博物館

大聖堂博物館は素晴らしかった!以前とは全面的に違います。大変気に入りました。ベランダからはクーポラが迫ってるし、ファサードの変遷が明確。何よりもルネサンス当時の計画を実物大で再現したところは感動的です。かなり長時間居座りました。ただ今年はレオナルド500年祭で、普段ならミケランジェロの詩が展示されてある場所がレオナルド・コーナーになっていました。友人Mは院の卒論にミケランジェロの詩をテーマとして、私も彼女と一年中議論したので残念無念でした。また来いって事だね。と言って、私たちはミケランジェロの家へ向かいます。

f:id:Angeli:20191128194751j:plain

ミケランジェロ地震の墓標となるはずだったピエタ

ミケランジェロの家というか、彼が残して甥などブォナッローティ家が所有した家が残っています。中はガランとして何にも無い大聖堂と違い、後代のものですがそれなりに残っています。ミケランジェロの作品はごく僅かですが、Mはミケランジェロが履いていたというスリッパを撮りまくっていました。スファルツァのお姫様のと違い、普通に歩けそうなスリッパです。サンタクローチェ(聖十字架)教会の方向ですが、何キロも行列している大聖堂と違ってガラガラで、周囲には観光客目当てのお店とは違った落ち着いた佇まいがあり、いい感じです。以前訪ねた時とやはりだいぶ変わって、見易くなったと思います。ここで働いている人たちは皆すごく親切で、至極丁寧な解説を私一人にしてくれました。向こうは私が知っているのに驚き、私は謎だった事が色々わかりとても面白かった。

f:id:Angeli:20191128195833j:plain

Casa Buonarroti

Mがフィレンツェカードを持っているのでピッティ宮殿へ行くことにします。ピッティは、いつ行ってもあまりに巨大で、休まずに隈なく見るのは大変な事です。疲れた白人夫婦が私にチケットをくれました。ボボリ庭園と銀細工&装飾品の分は見切れないからというのです。ラッキー!あれだけ大勢人がいるのに、どうして私に声をかけてくれたのか謎ですが、とにかくありがたく頂きピッティはただで見学。元々Mはボボリの丘の上にある陶器館へ行きたくて、私は装飾品目当てだったのでまるで私達の意図を察した神様がプレゼントしてくださったかのようです💚絵画館は何度も行っているのでまた今度。

f:id:Angeli:20191128200921j:plain

Palazzo Pitti

フィレンツェには当然連泊して、時間を気にせずゆっくり見たいところを見学しました。落ち着くので、カフェやレストランは川向こうのお店で。フィレンツェにしたら、それほど高くもなく不味くも無いお店があるからね。歩きながら、これぞフィレンツェって感じのアンティークショップや工芸美術のお店に入ったりして裏通りを歩きます。

f:id:Angeli:20191128203646j:plain

パルマの洗礼堂

結論としてフィレンツェ観光を今考えている人にはお勧めしません。何と言っても最大の見所である洗礼堂が大工事中だし、メディチ毛の霊廟とミケランジェロの有名な墓碑のある聖ロレンツォも足場だらけ(写真)。あれだけの美術の宝庫だから、一年中どこかは修復しているものだけれどメインが修復中は避けるべき。初めての人は来年以降修復の様子を調べてからにすべき。

f:id:Angeli:20191128203906j:plain

battistero,Parma

帰国はミラノからなので、フィレンツェからミラノの間にあるどの街へ行こうか考えます。小さな行ったことの無い村でもいいけど、Mは知らない所だらけだし、久しぶりにヴォルト・サントのフレスコがあるパルマへ行くことにします。パルマはハムが有名だけど、私にとっては大聖堂広場が最高で、アンテーラミやパルミジャニーノなど美術史に燦然と輝く芸術家を配した場所。大き過ぎず小さ過ぎず、素敵な街です。ネットで宿を探します。長居しないなら駅近が良いけれど、歴史中央地区の方が雰囲気は圧倒的に良いから、値段との相談。あった!

f:id:Angeli:20191128204829j:plain

パルマB&B

信じられない素晴らしさ!愛する司教座聖堂広場のすぐ側にB&Bが。満点に近い評判でしかも断トツで安い!急だったので電話で予約しました。久しぶりのパルマ駅はやはり変わっていて、バス停やタクシー乗り場が地下になっています。歩ける距離でしたが、旅も最後の方で荷物も重かったし、こういう観光地でないところはぼったくりもないのでタクシーに乗りました。予想通り6ユーロで到着。他より安いしとても親切。

f:id:Angeli:20191128204733j:plain

cattedrale,Parma

一番目が夜中の写真でこっちは昼間。この右に印象的な洗礼堂があります。左側は聖堂博物館で、向かい(写真を撮っている方)は司教館です。本格的な本屋など、様々探したあげく私の欲しい情報が見つからないので、司教館へ突撃。神父様や教会関係者が結構忙しそうに出入りしている入り口で、受付のシニョーラ(御婦人)に要件を述べます。するとアポもないのに専門家に合わせてくれると言います。彼を探すのに時間がかりましたが、エレベーターで司教館の最上階へ。そこはパルマの街に関する美術の資料室というか図書館のような場所で、分厚い全集などを出し、ガンガンコピーを取って下さったのでした。素晴らしい。この自由な雰囲気、官僚的でないところが大好きです。

f:id:Angeli:20191128210738j:plain

パルマのお菓子屋さんはすごく可愛い

私たちはとても宿を気に入ったので連泊。聖堂や博物館以外にも、お店を見て歩くのも忘れません。物凄く可愛いお菓子屋さん発見!伝統菓子の横には創作菓子が。工具に見えるのもぜ〜んぶお菓子🍪。このお店の奥で朝食をとりました。このB&Bには朝食はついていません。あまりに美味しかったのでお土産を買って帰ります。何しろ宿が歴史中央地区のど真ん中なので、直ぐに帰って荷物を置いたり、休憩したりできるのです。鍵は三つで、同じ建物の住人と挨拶したり住んでるみたいです。

f:id:Angeli:20191128212112j:plain

San Giovanni,Parma

ヨハネ修道院の大図書館では、ルネサンス後期に描かれたフレスコを細かく説明してもらいました。寡黙だったり、ガリガリでいかにも修行っぽかったり、いろんな修道士がいたのですが、説明してくださった方は流石ノリノリの明るい修道士でした。盛んに研究が行われているようでCDまで販売していましたのでお布施として買いました。いつか授業で紹介しましょう。

f:id:Angeli:20191128212649j:plain

Chiostro del Correggio

見所はたくさんあるのですが、是非お勧めしたいのがコレッジョの回廊です。大修道院や聖堂と異なり、部屋の規模が小さく、天井も低いのですぐ側に大画家の筆致を感じられます。館のメインは二つのサロンで両方とも全く異なったデザインですが、完全に統一ある空間に仕上がっていてこの上なく魅力的です。錬金術に凝ったパルミジャニーノほどではないにせよ、意味ありげな図像が実に興味深く、色彩の配置も見事です。

f:id:Angeli:20191128211524j:plain

フィデンツァの司教座聖堂

聞き込みして街一番のレストランへ夕食に行くと、日本人の団体客に出くわしました。イタリア食材の輸入会社の新人歓迎会だとか。あそこに住めるなんて羨ましいな。でもずっとパルマにいるのもなんだからとフィデンツァへ行ってみることにしました。隣町です。フィデンツァは初めてですが、以前から行きたかった場所。なぜならベネデット・アンテーラミの作品があるのです。彼は西洋美術史において、個人の名前が認識されるようになった初めての彫刻家の一人。パルマで作品を見て魅了されて以来大ファンです。

f:id:Angeli:20191128213811j:plain

Benedetto Antelami

観光客など誰もいない、普通の穏やかなイタリアの小さな街。テレビドラ目に出てきそうながっちりお化粧をした超カッコいい婦人警官に道を聞いて観光案内所へ。誰も来そうにないのに充実の案内所でした。残念なことに大聖堂の目の前には、全くつまらない公団住宅のようなアパートが建っています。それでも博物館の管理人さんたちは、孫でも来たみたいな張り切りようで、普段開けた事もないドアを開けまくって、マトロネーオ(大聖堂の二階席)やオルガン奏者の部屋などへ連れて行ってくださいました。お礼を払おうとするといらないと言います。そう言う時は聖堂の献金箱へ。夕暮れ時、街に暖かい色の照明が灯ります。市庁舎と司教座聖堂をつなぐメインストリートには歴史建造物が残り、あっと驚く美味の生ハムが、えっと言うような僅かな値段で売っています。もちろん買って帰りました。できるなら日本へ大量に持って帰りたい。そうそう、ビール屋さんで政治社会文化問題を話した挙句、店のおごりになったのもフィデンツァです。その前には劇場を訪問。大劇場はお休みでしたが、小劇場で少年少女が修道女の指揮の下、お祝いをしていました。参加者のお母さんの許可をもらって一瞬参加。どうしようか悩んでいたり、立ち止まっていると、司教座聖堂の管理人が、自転車で追いかけて来て色々と教えてくれる優しい街でした。

 

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ