天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【美術館】ブレラ絵画館は西洋美術の最高峰

ブレラ絵画館公式ウェブサイト

https://pinacotecabrera.org/

イタリア語ですが写真も沢山あるのであちこちクリックすれば作品や様子が分かります。

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Bacio

イタリア語ではmuseo(ムゼーオ)とpinacoteca(ピナコテーカ)と大きく分けて美術に関する施設が二つある。ムゼーオはギリシャのムーサ(英語ではミューズ)に由来し、インドヨーロッパ語のあちこちで採用されている言葉だけど、本来は音楽と舞踏、さらには学芸一般の守護女神のことだから、当然美術に限ったことではない。ピナコテーカもギリシャ語由来のピナックスで、こちらは絵や描かれた物を主に指した。ヴァチカンもウフィーツィもムゼーオだから絵画だけでなく彫刻も武具も家具も変なものもあるけど、ブレラは絵画館なので純粋に美術が好きな人が行くべき場所。

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Brera

世界一の西洋美術が何かは明確ではないけれど、間違いなく世界一の絵画館の一つにブレラは入る。イギリスのように他所から集めてきたものではなく、ほぼイタリア国内の作品でできているところが全く違う。しかもあれだけの点数と高い質にも関わらず北イタリア中心。元々イエズス会のもので、17世紀の彼らがどれ程力を持っていたかが知れる。その後マリア・テレジアが購入し、ナポレオンが1809年の彼の誕生日に一般公開しました。

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Mantegna, 1480c

ブレラは大学生だった私の最大の憧れの一つでした。西洋美術史の本にしょっちゅう出て来る有名な作品を沢山所蔵しています。上のマンテーニャの「哀悼」など名高く印象的な作品たち。あまりに巨大で、ミラノの街中に位置するので外観は把握できません。だけど初めてブレラを訪れた私の印象にまず残ったのは、入館する前の記念彫刻でした。それはチェーザレ・ベッカリーアの像。ナポレオンなど世界史のビッグネームが創建したのに、入り口に鎮座するのはベッカリーア。

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Cesare Beccaria

チエーザレ・ベッカリーアはイエズス会で数学と人間科学を学び、1762年にはミラノ国の貨幣の混乱とその治癒策について」をルッカで出版。友人らと雑誌「カフェ」を創刊し、ミラノ大学で法学と経済学を教え始めます。アダム・スミスマルサスなど当時最先端だったイギリス経済学者と通じています。私の父は経済学者だったので、子供の頃から彼の名を知っていました。でもベッカリーアの名を世界に知らしめたのは1764年の「犯罪と刑罰」で、ここで彼は世界で初めて拷問と死刑に反対する論考を展開します。フランス革命に先駆けること25年。封建的刑罰の非人道性を激烈に批判したこの本は、啓蒙君主たちを始め世界を揺るがし近代法制度の精神の礎となるのです。あまりにも具体的で恐ろしい事実が克明に表わされ読むのは辛いが、彼の主張自体は人間精神の高貴と善に溢れたものだ。犯罪の抑止は、拷問と刑罰ではなく教育によってなされるべきだという彼の一貫した姿勢は、現代社会、日本にも最も必要なものに、私には思えます。ちなみに現代イタリア語の基礎を築いたアレッサンドロ・マンゾーニは彼の孫で、代表作「婚約者」はイタリア人なら嫌でも知っている小説。

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Raffaello Sanzio

あー!入館前にすっかり時間を使ってしまいました。ベッカリーアの名を知ってる日本人が全然いないのは心から残念!!とともに絵画館入り口に設置されているのを見て、イタリアの偉大さを痛感しました。で、二週間後、私の旅では木曜の夜にブレラを訪れます。なんと9月の木曜は18時以降たったの2ユーロで入館できる!!!!!今日のレートで243,73円!!!千分の一も所蔵作品が無い日本の美術館の入館料は百倍近い💢
そんなこと言うならイタリアへ住めと言う人がいると思うし、自分もそう考えたことがありました。でも我ながら失敗だったと思うけど、日本に少しでも良くなって欲しいのです。良くするためには改良すべきところを認識する必要があります。

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Francesco Hayez

で、美術館について残念なことですが修復の問題。これは無数に作品を所蔵するイタリアでは当たり前のことで、一年中何かは修復しています。今回も上記のラファエッロの「聖母の結婚」やボッチョーニとともにアイエツの自画像なども観られません。フランチェスコ・アイエツは近世を代表する最後の巨匠と呼びたくなるような画家です。一番最初の「接吻」はあまりにも有名であちこちで商品化されています。「接吻」はその単純化された愛の表現が普遍的なもので人気があるのですが、実は非常に複雑な作品で、歴史的、政治的意味を持っています。いつか授業でも取り上げたいと思います。

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Giorgio Morandi

ブレラにはこういった抽象画もあり、モジリアーニのように日本人にも馴染みの画家の現代の作品もあります。彼はエコール・ド・パリの画家として知られていますがイタリア人です。

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Piero della Francesca

イタリア美術や中世〜ルネサンス美術を勉強している人には、このピエロ・デッラ・フランチェスカの作品が目的かもしれません。個人的には、ピエロは他の作品の方が好きですが。

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Cima da Conegliano

この画家を知ってたら通ですが、作品はしばしば目にするもので、ヴェネツィア派らしい色彩感覚と筆使いで、こういった作品群はブレラの中心をなすものです。私は、頭にナタ(斧、ナイフ)が刺さった殉教者聖ドメニコ主題に取り憑かれて、いっぱい観ていますが、この作品は実にまとまった典型的なものです。

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Pellizza

この作品は美術史に加え、イタリア史を読むと出くわす作品です。1901年に描かれた大画面の作品は、ピエモンテの労働者が、彼らの置かれた悲惨な状況に対し蜂起した史実を描いたもの。画家ジュゼッペ・ペッリッツァはこの運動を見て心を打たれ、画家もまた社会に対して表現すべきと感じたと書いています。労働運動を率いるのは、彼女の夫なのでしょうか、幼子を抱いた女性が心配しているようにも見えますが、彼とは個人的には無関係の彼女も自ら運動に参加しているのかもしれません。この作品の評価は非常に高く、様々な研究もあります。「労働者よ連帯せよ」というメッセージは明確で、世界中の労働運動の象徴となりました。作品としてはディヴィジョニスタとして出発した彼らしく、近くで見ると線点描方のようにぼやけた色の集合で描かれ、顔など全くはっきりしません。離れればそれが返って空間や時間の広がりを感じさせるし、顔が明確でないことがむしろ全ての労働者を象徴しているようにも見えてきます。感動しました。

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Bellini

感動したというか、圧倒されたのはジェンティーレとジョヴァンニのベッリーニ兄弟の作品。フレスコでもないのにこんなに巨大。無意味に巨大な作品の多い昨今と違い意味のある巨大さです。見れば見るほど興味深く、ヴェネツィアでなければ生まれなかった作品です。彼らは一族でヴェネツィア美術の基礎を作りました。

 

とても書ききれないので筆を置きます(この表現、絵を描いていた私としては好きです)が、ティントレットやクリヴェッリなど印象に強く残った作品が目白押しです、カラヴァッジョに着く頃には疲れ切っていました。

 

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