天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【西洋美術】モザイクに見る技法と分別、さらには芸術

今は展覧会へ行くと、展示作品の解説欄に「ミクスチャー」とよく書いてあります。要するに今までの定番の技法では説明できない、様々な技法の混合、さらには謎の新しい技法などを指して言います。特にエルンスト以降、油彩、アクリル、版画の様々な技法さらには立体物を貼り付けたりするコラージュまで加わるのが当たり前になります。

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エルンスト

デュビュッフェが、拾ったゴミも芸術になると証明し、精神病患者や子供の絵画などへ興味を持ち、提唱したアール・ブリュット(醜い芸術)運動以降は、益々なんでもありになっていきます。

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デュビュッフェ

ちなみに、私はエルンストもデュビュッフェも大好きです。イタリアでわざわざエルンストの大型本を買ってきたし、デュビュッフェに至っては弟のお土産にポスターを苦労して持ち帰ったほどです。正直いって、二人は大芸術家で、アンリ・ルソー以来の素人画家(ナイーブ・アート)とは比べることはできません。ルソーやナイーブ(素朴派ともいう)の人たちの作品は時に大変感動的でさえありますが、エルンストやデュビュッフェが持っている土台(素描の力、構成力や色彩表現など)となる基礎に欠けていて、私はそういったものを芸術作品と捉えることができないでいます。

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ルイ・ヴィヴァン

素朴派の画家では特にルイ・ヴィヴァンが好きで、真似して作品を描いてみたいと思ったこともあります。しかし素朴派の良さは、技法や内容ではなく、まさに魂そのものが映し出されたような純粋なところなので、真似することは最悪の事態、全く作品を理解していないことになると考え直しました。真似するならやはりデル・サルトやミケランジェロシスレーマティスのような基本ができた大芸術家に決まっています。そこからは誰もが美術を学ぶことができるでしょう。

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デル・サルト

とにかくミクスチャーのような現象は新しいもので、かつては大まかに技法や様式に分別できました。なんでも分別するのがいいとは限らないのはよく分かっています。どうしてもぴったり来ない作品や、無理に分別した感じの物、どこにも属さない新しい分野を作らないとならないように感じる場合が出てしまうからです。しかしそういった問題を意識していれば分別は大変役に立ちます。全ての作品や画家を個別に記憶するのは無理ですが、こういった様式のこんな技法のこういうテーマのいつ頃の作品と言えば、作品を想像できます。


伝統的には、西洋絵画の技法をザクっと言ってしまうと次のようになります。

モザイク、象嵌、フレスコ、テンペラ板絵、油彩(キャンバス)、水彩(紙)です。

浮き彫りや版画が入っていないのは、今は絵画に絞って考えているから。

でこの順番は①歴史が古く②高額③技術の難度が高い④堅牢さ(持続年数)とほぼ一致しているので、モザイクほど珍しくなります。高額なのでもともとどこにでもあるわけではなく権力、経済力と結びついた場所にありますから大画面にもなり、とにかく希少価値が高いのです。新しい技法ほど、経済的で小品になり個人的になるので数はいくらでもあるわけです。

 

とかいうとモザイクは高貴で豪華な代物に思えます。地中海や古代ローマの貴族の館や大聖堂を思い浮かべれば簡単です。

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ヴァチカン

ところが実際には笑ってしまうような可愛いモザイクもたくさんあります。

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チェスでズルをする人?

これはピアチェンツァの聖サヴィーノ聖堂クリプタのモザイクです。クリプタというのは地下礼拝堂で、聖堂を捧げた聖人が眠るのが基本ですから、とても重要な場所です。そんなのにこんな柄で良いの?と思うような絵がロマネスク時代にはあちこちで作られました。

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モンスター同士の戦い

こちらはボッビオのクリプタで撮影しました。暗い上、私の身長では苦しい撮影で良い写真が無いのが残念ですが、実物は白地でハッキリと図柄が見えます。頭が胸についた怪物は実際にいると信じられていました。ウルトラマンジャミラは完全にこれが原点ですね!ドラゴンと書かれているのが見えます。この床にはいろんなデザインのドラゴンがいてなかなかオシャレです。

 

こう言った、高い技術を要する職人芸とは到底思えないものが中世盛期には珍しくありません。古代の恐るべき自然主義はどこへやら、暗黒の中世美術はこんな感じです。暗黒は結構明るいものかもしれません。

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古代ローマのモザイク

確かにこのローマの作品は素晴らしく、立派な芸術でしょう。上手いことこの上ありません。職人芸といったほうがいいでしょうか。人は、なんとなく昔は下手でだんだん上手になるような錯覚を知らず知らずに抱いていますが、ヨーロッパではそれが全く通じません。しかしこのスキのない作品とゆっる〜いロマネスクモザイクとどっちが好きかと言われれば人によるのではないでしょうか。

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パレルモのノルマン王宮

これも最高に素敵なロマネスクモザイクです。西洋東洋ビザンチンロマネスクアラブキリスト教聖俗と合わさりまくった感じが楽園の風景にあっています。

結局芸術とは何かは永遠のテーマですが、私には大切なもので、それには教養と感性が関係して、人間と文化というものを考えさせる何かがあると思わせるのです。

 

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