天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【映画】レジェンダリー(日本における言語と文化の問題)

邦題:レジェンダリー

原題:Pilgrimage

製作:2017年 アイルランド

 

例によって今頃って感じですが、書くまでに時間を要するときと、すぐ書ける時がある。旅もそうだけど、リアルタイムの印象、直後の印象、時間を経ての印象には明らかに違いがあり、ある意味でそれぞれに意味があると思っています。

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日本語付き

常に書いていますが、まずこのポスター、日本の文化程度を表すような紹介の仕方が最悪です。というか日本で解説文を書いたりしている人自体が、どこまで分かっているか疑問な場合が多いから仕方ないのかもしれないけれど、私は仕方ないで終わらせたく無い人なので。「スパイダーマン」と「ホームカミング」どちらも子供向けの映画です。私もバットマンが好きだったから「ゴッサム」観てたけど、社会派や芸術的な地味な映画も観るし、というか大人になってからは断然そういうものを見ている。個人の自由だろというかもしれない。勿論他人に押し付ける権利など無いのは当たり前ですが、いつまでも子供の頃の思い出や、単純な内容のものばかり追っていては成長でき無いし、それどころか脳も肉体同様衰えるから、どんどんバカになる。人間たる所以は、文化的な生き物であるということです。感情や欲望の赴くまま生きていたら動物と大差ない。

 

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海外版ポスターの一つ

この映画は日本ではファミリー向け映画の俳優(トム・ホランド)が出演する剣闘もの(ソードアクション)として紹介されましたが、アクションものを求めて映画館へ行った人は裏切られた気になると思う。主演のトム・ホランドは全く戦わないし・・。確かに西洋版のポスターでも戦いのイメージですが主題はキリスト教であり、それが画像のど真ん中の十字架に端的に表されています。

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ベルギーのポスター

この映画はアイルランドを中心に様々な国の協力でできていますが、主要国ベルギー版ポスターが全く違うのを見てください。日本だったらお客来ないだろうねーって感じですが、ベルギーのセンスの良さを痛感します。流石西欧北方で一番最初にルネサンス文化が花開いた国です。この繊細さは日本のポスターの対極にあるでしょう。

 

また題名問題を話しますが、本来の題名は「巡礼行」という意味で、アイルランドの僻地から教皇のいるローマへ聖遺物を運ぶというもの。映画や小説など物語の最初の場面は最後の場面に劣らず重要です。そのファーストシーンは、キリストの弟子マティアが石打ちの刑で殉教する場面です。

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石打ちの石の聖遺物

この聖遺物を巡って、三つ巴ならぬ其々の思惑が絡み、死者が続出する。死を感じ急に信心深くなった長老、権力と金目当ての残虐な兵士、信仰心と迷信が染み込んだ修道士たち、教皇のためならなんでもする狂信的なシトー会士。僻地の修道士に育てられた若い主人公が生き残るのは、唯一彼が何物にも囚われていなかったから。お金、権力、狂信、迷信などに。第二の主人公である元十字軍兵士の助修士(めっちゃ強い!一人で格闘)は暴力が必要悪かどうかという問題を表象してる。

 

この映画は、本当に日本人向けでないこと甚だしく、これを配給した人に感謝します。

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ブレンダンとケルズの秘密


アイルランド・アニメの「ブレンダンとケルズの秘密」は欧米では様々な賞を受賞した映画で、アニメを滅多に見ない私も大好きな映画です。歴史背景、アイルランド伝説、アイルランド特有のケルト文化をしっかり考証した上で素晴らしい映像に仕上げたものですが、日本では「わかんない者のことは無視かよ」みたいな書き込みがされました。これこそ日本の問題だとその時感じました。営業では5歳児にわかるように話せというそうだし、ニュースもばかばかしいほど内容が無い。一億総白痴化とは1950年代に流行語となった言葉ですが、70年後の今それが完結しようとしている恐るべき事態。文化も年齢も社会背景も異なる誰でもが分かるものしか作ってはならないのか?分からないことこそ、未来なのだと考えるべきだ。分からないことをわかろうと努めることが知識になり、世界観が広がり、ひいては社会平和への最大の源となる。

 

「巡礼行」の監督は名をブレンダンといい、アイルランド人でしかない名前で、そういう意味ではアイルランドのルーツを表現した映画と見ることもできる。しかし英語、アイルランド語、フランス語、ラテン語が飛び交う中世西欧という世界を感じることもできます。翻訳は常に問題ですが、様々な言葉の違いを字幕では感じられない上、日本にもともと馴染みのないことだらけの内容を翻訳するのは極めて困難で、言葉の点でもこの映画はハードルが高かったと思います。

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白い聖衣がシトー会士

個人的には多少中途半端な印象を持ちました。もっと本格的に描きたいことに絞ればよかったのに、客受けを考えて戦闘場面が多過ぎた。暴力と死と信仰の関係を描きたいのだとは思うけれど・・。も一つ、俳優では他の人より有名では無いシトー会士を演じたヴェベールが迫真の演技だった。結局英語圏の人じゃ無いと中々有名になれない。有名かどうかが行き過ぎて価値を決める現在の問題でもあるね。

 

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