天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【本】読書遍歴とアントニオ・タブッキ

 

タブッキの「黒い天使」は1991年に書かれ、7年後に翻訳が出た。直ぐに図書館で読んだ本を、後に買って今日再読。

f:id:Angeli:20190515174356j:plain

L'angelo nero

イタリア留学をして以来ほとんど小説を読む機会が無くなった。子供の頃から本が大好きで、中学時代は毎日のように図書館に通い、大学時代もバンド活動の合間を縫って幻想小説や社会派SFを読み耽っていたのに。小説が読めないことは寂しかったが、世界史や美術史、美学、哲学、中世史、神学などの本を読み始めるととても時間が足りなかった。研究者の端くれとしてルッカトスカーナの街)や巡礼など、より専門的な内容になるともう日本語では資料が無くイタリア語で読むしか無いのだが、スピードは落ちる。だから滅多に小説に割ける時間は無い。そんな中で、長年親しんだずっしりした家具のような本棚を解体し、随分と本を処分して、一つのパイプラックを二つに改造してなんとか並べ終えた。忘れていた本や、再読したい本が目につきどうしても堪え切れずに、授業の資料作りをせず半日かけてタブッキを読んでしまった。

 

f:id:Angeli:20190515194615j:plain

A.T.

アントニオ・タブッキウンベルト・エーコモラヴィア、ギンズブルグ、ダリヲ・フォー、デ・クレシエンツォなど現代イタリアを代表する作家の一人だが、私が一番好きなのはイタロ・カルヴィーノとタブッキだ。イタリアにはダンテ以後、現在も読み継がれる偉大な作家が何人もいるし、特にファシズム時代、レジスタンスに関わった作家たちの迫真に迫った、恐ろしい作品は皆胸に迫るものがある。ダーチャ・マライーニ、ナタリア・ギンズブルグ始め女流作家も本格的で力強い。南米の作家にも共通する、あまりにリアルでおどろおどろしい真実を描き出す表現力は、社会や歴史、人間についての深い探求から来るもので、多くの作家に共通して感じられる。

 

f:id:Angeli:20190515194644j:plain

A.T.

でも私が好きなのは、生の姿を描き出す力を持っていながら、非現実的で突飛な設定や、独創的な文章の構成、そして何よりも文化的教養の深さ、芸術に対する愛だ。特にタブッキは詩のような、というより絵画的な文章が印象に残り、訳ではなく原文で読みたいという欲求を強く与えるので「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」はイタリアで買い直した。

 

f:id:Angeli:20190515194756j:plain

Beato Angelico da A.T.

タブッキは様々なところで教えた大学教授でもあった。作家と呼ばれるより教授が仕事であったと考えていたようで、それは彼の作品に現れていると思う。仕事ではないからこそ、彼の作品には妥協なく、思うように創作活動ができたのではないか。文学が芸術の一つだと痛感する。

 

f:id:Angeli:20190515194928j:plain

表紙もいつも素敵

日本語訳も結構出ているので、一人でも多くの人に読んでほしい。西洋文化の知識が深ければ深いほど、ますます感動は大きくなるけれど、知らなくても新たな発見があるはず。

 

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ