天使たちの西洋美術

美術、イタリア、読書を愛する西洋美術研究者SSの思ったこと

【映画】ある画家の数奇な運命

竹橋の国立近代美術館で「ゲルハルト・リヒター」の展覧会をやっているので、気になっていた映画を見ました。
製作:2018年、ドイツ。日本では2020年公開。
監督:ドナースマルク

英語の国際版

題名に関して。ドイツ語の原題は werk ohne autor で、英語の逐語訳だと work without (an) author となり、日本語に訳すと「作者のいない作品(著者なしの仕事)」となると思う。映画を見れば、その意味が心に響くのに、またしても日本語の題名は、意味を喪失した説明的な題名に変えられている。ただ国際英語版の題名も変更されていて「決して目をそむけるな!(私訳)」となってる。確かに、それは意味を捉えていて、ドイツ語のポスター(次の写真)にも象徴的な場面が選ばれているから一応理解できる。自分の手を顔の前にかざして目の前の情景に意識を集中する場面は、子供時代から繰り返し出てくる。絵を描いたことがある者には、馴染みの行為でもある。

オリジナルはドイツ語

日本語の解説(Wikiでさえ)は全く内容を把握していない見当違いの紹介だらけなので、邦題が分かりやすい題名になるのは仕方ないことなのだろうか?といつも思う。日本人だって、内容を深く考えることはできるはずだし、原作者が考え抜いてつけた題名を軽視すべきではないと、私はいつも思います。題名は重要な作品の一部だから。

日本語版

日本語ウィキには、驚くべきことに「恋愛ドラマ映画」と書いてあるけど、それだったら私は見ないし、ドイツ語の映画としてヴェネツィアやアカデミーはじめ、26年ぶりに様々な賞にノミネートされるはずもない。ドナースマルクが監督した「ツーリスト」が、アンジェリーナ・ジョリージョニー・デップの、それこそ分かりやすい映画だったから恋愛ドラマとか思ったのかもしれないけど、これを見てそんなことしか分からない人が映画評を書いていい訳がない。(もちろん個人ブログだったら何書いてもいいよ。誰かをはっきりと中傷するのでなければ。だから私は個人的に書いています。利益とは無関係に書けるから。)

映画の冒頭

この映画の主題は、心底恐ろしい、そして真剣な内容の「人間の命の等価性について」で、それと並んで、たった今も書いた「(表現と意見の)自由」と言う問題です。恋愛映画と勘違いした人は、愛し合うベッドシーンが結構出てくるからかもしれないけど、これは「出産(命)」がこの映画の最大の主題だから。ポルノ的な表現ではないし、映画の裏の主人公である医師が産科医で、劣性遺伝によって価値のないと判断した命を堕胎するのは、祖国(東ドイツ)の明るい未来のために正しいことだと信じているから。

 

映画『ある画家の数奇な運命』公式サイト

この映画は、ゲルハルト・リヒターの生涯を元にした作品と言うことで、私も観ました。リヒターはドイツ最大の現代美術家の一人で、私も学生時代に影響を受けました。ただ取材に全面協力していたリヒターは、映画の予告編を観て、大袈裟でスリラーのようだと感じ、不快だったそうです。映画の予告編っていつも大袈裟だよね。最初から名前は全部変えるとか、どこまでが事実かは謎のままにするという条件だったそうなので、あくまでもリヒターの話をもとにした創作なのは確か。

richter.exhibit.jp

美術好きからすると、デュッセルドルフ美術アカデミーの彼の先生フェルテンが、実はヨゼフ・ボイスだとすぐ分かるし、作品と作家についても実物が思い浮かんで凄く楽しい。ただその辺は、現代美術をよく知ってる人じゃないと、そんなに楽しめないはずだし、188分という長編だからってこともあるけど、製作途中の場面も長く、それも美術関係者と無関係な人では全く臨場感が違うとは思う。

Gerhard Ritchter

リヒター自信は気に入らなかったとしても、映画祭では十三分のスタンディングオベーションで拍手が鳴り止まず「今まで見た中で最高の映画」と言ってる監督も何人も居る。私が思うには、難しいテーマに直接取り組んだ、人間固有の知的な悩みを主題とした、真剣で美しい素晴らしい映画でした。主演のトム・シェリングもとても良かった。

Joseph Beuys

余談だけど、私は来日したヨゼフ・ボイスに会ったことがある。彼のやることが芸術だとは、私にはどうしても納得できなかったけど、その辺も映画の中の発言で納得できた。冒頭の退廃芸術展に出てくるカンディンスキーモンドリアンピカソフランシス・ベーコンらの作品がいかに素晴らしく、当時において今より強烈な意味を持っていたかも心に残りました。美術好きな人には200%おすすめだし、美術に詳しくなくても良質な映画を求めるすべての人にお勧めします。

【展覧会】ボテロ展 ふくよかな魔法

私の心と体の栄養である展覧会へ行ってきました。

Fernando Botero

展覧会場の中庭にある「小さな鳥」と記念撮影しました。360度どこからみても楽しい、巨大でふくよかな「小さな鳥」です。ボテロは圧倒的に絵が有名なので、彫刻が手で触れるような距離で見られるのは滅多に無い機会です。

渋谷の文化村には、1989年にできた頃から親しんでいます。吹き抜けになった中庭付きの建造物も好きだし、地下の展覧会場、芸術的な内容に特化した映画館、現在の作家たちのギャラリー、美術に特化した本屋さんなど、私の好きなものだらけでできています。この辺は、松濤美術館も遠くないし、壮絶にマイナーな謎の映画館アップリンク(大変悲しいことに2021年に閉鎖。今は吉祥寺と京都にある)、アンティークや美大生っぽいファッションのお店など、小さくて収益度外視の、内容にこだわったスペースが幾つもありました。

ファン・アイクを元にしたボテロ作品

私がお金持ちだったらあの近辺に住んで通い詰めてもいいような場所でしたが、それは現実離れしたお話。上野公園周辺に住みたいという希望は常に持っていますが・・。で、ボテロについて。

Fernando Botero

私がボテロのことを知ったのは子供の頃です。家には印象派キュビズムなどの様々な画集があり、物心ついた時からよくそれらを眺めていた私は、その後もずっと絵が好きだったので、自分でも描き美大にいきました。人は自分の興味のあるものには、目が行くものです。同じ道を通っても、全く見ているものは違うし、頭に入る情報量も違います。目的地に行くことしか頭にない人は、横見をせずにさっさと通り過ぎるかもしれませんが、私はどこでもあちこち眺めながら歩くので、街のポスターや看板などは当然目に入ります。本屋さんで見る表紙も重要な情報源です。私がボテロを知ったのは洋書の棚にある画集です。ところが当時日本ではボテロについて全然情報がありませんでした。

画集の表紙

今回調べてみたら、日本では26年ぶりの展覧会でした。なので初めて私が実物のボテロに出会ったのは海外です。ヨーロッパにいた時ボテロの展覧会をやっていて、画集も入手できました。一眼で好きになりました。子供の頃からデブで自分のスタイルが嫌いだった私だったので、太った人をこんなに魅力的に描いてくれる画家も好きになりました。太った人を描いた作品は珍しくありませんが、ボテロの素晴らしいところは、決してそれを否定的な意味で扱っていないことが、観るものに伝わることです。

ラッファエッロを元にしたボテロ作品

私はその後必死にダイエットして40キロを切るくらいになったけれど、それは無理をしていたので体に悪く、長続きしませんでした。ボテロの太った人たちは、大らかで優しそうに見えます。全然デブを気にしていなくて、自信を持っているように見えます。大袈裟ですが、私は周囲を気にして生きるのが何よりも嫌いです。悪いことさえしなければ、好きなような格好をして、好きなように話し、好きな事をすればいいと思っているのに、日本ではなかなかそうはいきません。だからますます、ボテロの描く、人を気にしないで自由に生きる人々が好きなのかもしれません。

静物画も描く

でも彼の描く人が太っているからだけで好きなわけではありません。彼の生物画も大好きです。何より色が綺麗ですが、構図や線の考え抜かれた形状も職人的です。イスパノアメリカ的な、暖かくて大胆で生命力に溢れているにも関わらず、同時に静謐な印象を与えます。そこが全く彼独自のところで、最大の魅力だと思います。

ピエロ・デッラ・フランチェスカを元にしたボテロ作品

実は今回、思っていたよりずっと彼のデッサン力が高く、天才的な画家だったのだと痛感させられました。子供の頃から絵で稼いでいるだけのことはあるし、イタリア留学などして古典的でアカデミックな勉強もしています。有名な作品を、彼流にアレンジして描いていて、元の作品を知っている者にとってはさらに興味を惹かれます。余談ですが、今回の展覧会の最高なところは、撮影していいところです。日時と関係するのでネットで調べてください。名画周辺を撮影している時、私のボロ携帯(写真機能はメモ程度にしか使えない)は、なぜか「食べ物モード」に切り替えそうになりました。彼の描く形や色が、お菓子のように見えたのでしょうか?なんだかピッタリで笑ってしまいました。

祖国の現状を嘆く聖母子像

最後に、ボテロはふざけたように見えながらも、社会性の高い作品や、伝統的なキリスト教や民族文化をテーマに描いた作品もたくさん作っています。その証拠にヴァチカン美術館には、ボテロの作品が展示されています。ヴァチカンには死ぬほど観るべき物があるので、最後まできちんと見ている人がどれだけいるか知りませんが、最後の部分は現代美術です。そこに彼の作品が掛かっています。

【美術】講座参加者の感想4

目の前の講座の準備と読書他にかかりきりで更新せずすみません。とか言ってゲーマーなのでその時間はあるのですが、ゲームは一人じゃなくてギルドの仲間に迷惑かかるので休むわけにいかない、とかなんとか言い訳する・・・😂

今日紹介する私の西洋美術史の講座参加者は、一番若い層に属する人で期待の星です。リアルタイムで参加できないにも関わらず、アーカイブで必ず見てくれて、興味を広げてくれるのを本当に嬉しく思います。

B-MAD

「世界の美術館」の講座では、毎回内容の濃い授業をありがとうございました。

アーカイブ配信ですべての回を視聴しました。

出てくる美術館がおもしろく(特にポルトガルアール・デコ美術館とクロアチアの素朴派美術館が、街の雰囲気とも相まって素敵でした)、毎回楽しみでした。

講座の内容を振り返って、感想をまとめました。次の講座が始まってしまいましたが、ご挨拶も兼ねてお送りします。

www.lisbonportugaltourism.com

一番印象深かったのは印象派・新印象派・ポスト印象派の回です。

今まで漠然と、画家の個人的印象を描いているのだろうくらいにしか思っていなかったので、筆触分割や色彩分割、光と色の関係、対象と色の関係など、ルネサンス以来確立されてきた絵画手法の「あたりまえ」からの転換点だったと知り、驚きました。

主題も神話画や歴史画から離れ、絵画がぐっと近代的になったのを感じました。

Hrvatski muzej naivne umjetnosti – Hrvatski muzej naivne umjetnosti
(上はクロアチア素朴派美術館の公式サイト)

 

ロマン派の回もとても興味深く、特にCasper.D.Friedrichの作品は、壮大さと暗さが漂い、何か訴えかけてくるようで、とても心に残っています。ルターの宗教改革が起こったのがドイツであったのも頷けると感じた回でした。

ハンブルク美術館には、以前の先生の授業で知って以来好きになったローレンス・アルマ・タデマの作品もあるとのことで、いつか訪れてみたい美術館になりました。

また、ジョヴァンニ・セガンティーニ国立西洋美術館にある作品をはじめ、好きな画家なので、授業で作品が見られて嬉しかったです。

Lawrence Alma-Tadema

なお個人的には、授業の回が進むごとに、絵の中に登場する人々が身に着けている衣装の感じが変わり、その変遷を見るのもおもしろかったです。

「型破り西洋美術史」もアーカイブ参加になると思いますが、楽しみにしております!

Giovanni Segantini

以上がSさんからの感想でした。本当に、感想(意見も)嬉しいです。以前からずっとファッションの歴史をやりたいと思っているんだけど、なかなか機会がありません。アール・デコの回に多少女性の社会進出とファッションの関係について触れることができたけれど、もっと本格的に美術作品とともに紹介できる日が来たら嬉しいのですが・・。参加者が集まるかどうかが鍵なんですよね、しがない非常勤講師にとっては・・。彼女のように、有名だからとか権威のある美術館の展覧会だからではなく、授業で初めて見る作品を自分でいいと感じてくれる人が、もっと増えたらいいのにといつも思っています。

【美術】講座参加者の感想3

このところ連続で、私の西洋美術史の講座に参加してくださっている方からの感想やご意見を掲載しています。得に個人的な内容で美術に無関係な箇所は割愛していますが、基本的にいただいたままの文章を載せています。西洋美術好きの方なら、共感できたり、参考になることもあると思います。以下Mさんからの感想です。

ダリ劇場美術館

最終講義を迎える世界の美術館講座の感想をお送りします。
ずっと、ダリこそ芸術家、芸術的生き方をした人と思ってきましたが、前回の超現実主義の講義では、ダリは意図的であり保守的で、大衆受けする分かりやすさがあり、真の芸術家とは言い難く、シュールレアリズムとは反対にいるとの内容でした。
芸術、芸術家とは何なのか、と改めて考えてしまいました。
今日の素朴派の講義では、素朴=天性とのこと。誰の評価も気にせず、描きたいから、描きたいものを、描きたいように描く。意図したものではなく、内から湧き出てくるものとのこと。正にこれこそが芸術、芸術的なのかと思わされました。
世界の美術館を時代を追って巡った今回の講座は、美術の歴史を世界の歴史の流れと関連づけて知ることができ、自分の中で大まかな美術史を形作ることができたように思います。
そして、芸術とは、芸術家とは何なのか、という大きなテーマも残してくれました。
これからも、これは大きなテーマとして常に意識しながら美術、芸術作品に触れていきたい、と思っています。
今後も、先生の講座を楽しみにしております。
 (講義の後の感想や質問ではあまり考えがまとまりませんが、後になって、じわじわと考えさせられたり、じわじわと意味がわかったりしています。)

ガラの城

正直ダリは芸術家じゃないとか「素朴=天性」と言った覚えはないのですが、そういうふうに受け取られたのだなと理解できます。人間のコミュニケーションにおいて、100%理解し合うのは、よほど単純な内容でない限り無理です。ですから同じ言葉を使っても、人によって受け取り方が異なるのは自然です。だからこそ、授業の後に意見や感想の時間が必要だと思っています。私も説明し直せますし、互いに理解が深まります。

ダリの家

彼女は私のイタリアの旅にも参加してくれて、色々と経験を一緒に積ませてもらっています。何より大変感受性が強く、授業中に感動して涙してくれたりすると、私まで泣きそうになったりして、私からすると心の友みたいに感じられる人。芸術には、そういう感受性が制作側にも鑑賞側にも必要だと思っています。

【美術】講座参加者の感想2

毎回の全力投球講義、実に刺激的です。ありがとうございます。
今回は舞台が世界に広がったのでますます興味深く受講しました。

美術と関係ないことで申し訳ないですが、ワールドミュージックァンなので、ギリシャ(ライカリスボン(ファド)クロアチアバルカンブラス)と大好きな地域が出てきたのは嬉しかったです。これらの地域は激動の現代史ですね。またジョゼフィン・ベイカでヨーロッパのジャズ受容史の一端を学べたのも良かった。幅広い観点の講義ありがとうございます。今度はブニュエル論(特にメキシコ作品)を是非聞かせていただきたいです。

ハンブルグ美術館

絵画の方では多くの名作を堪能しましたが、断片的には
・シトー会修道院の建物とステンドグラス(自然光)
・ロマン派に巨匠無し。(なるほどです。ローカルな存在で、そこがいい)
ゴーギャン。ヨーロッパ植民地主義時代の放浪人として見ると画に凄みが増します。版画も素晴らしいです。などが強烈なイメージとして残っています。

クロアチア素朴派美術館

素朴派と抽象画は難易度が高いです。好き嫌い、快適不愉快まででそこから感想が発展しません。私はどうしても作家の人生とか、その時代との関わりに目が行ってしまいます。素人が純粋にアートとして鑑賞するのは大変むつかしいことですね

天然に型破りな、先生の次回講義を楽しみにしております。

Filippino Lippi 部分

私を「天然に型破り」と言っているこの方は、コロナ前から連続で参加してくださっています。長く直に(アーカイブだけの参加の方とは残念ながら、ほとんどお話しできないのですが)授業に出席くださっていると、当然人柄や趣味や興味の持ち方など色々分かってきます。彼は最初思ったよりよほど美術好きだと分かりました。美術関連の本をよく読んでいて、感動を持って作品を眺めている人だと思います。

美術作品の「見方」を解説した本はたくさんあります。もちろん作品を理解するには必要なことだけれど、本質は美術への愛であり、それは周囲は無関係に自分が、その作品に感動できるかどうかです。そしてそれ無くしては、理解などあり得ないと常に思っています。

【美術】講座参加者の感想1

いつも私の講座に参加してくださっている方々から、素晴らしい感想をいただきますので、その中からいくつか紹介します。全文ではなく、美術に無関係で個人が特定できるような箇所は割愛しています。

アテネ考古学博物館

「世界の美術館」の11回の講義、ありがとうございました。さまざまな美術館巡りを通して、西洋美術の通史を興味深く学ぶことができました。毎回は当日参加ができませんでしたが、eラーニングで全回視聴することができました。
 講座を聞くことで、
 1  中世美術は定形的で、面白くないとの認識が、そこには素朴で静かな豊かな精神
的な流れがあったのだろうと推測するように変わりました。

 2  ルネッサンスから近代美術の間の流れ、私の美術知識の空白の部分を知ることが
でき、頭の中がスッキリした感じがしております。知らなかった西洋人の精神の歴史に
ついて、少し触れたように思います。

 3 現代につながる印象派以降の美術について、断片的理解から幅が広がりました。

国立中世美術館 パリ

私は自宅浪人をしていた20歳の誕生日にゴッホの画集を購入して「オーヴェルの教会」「星月夜」等に接し、歪んだ画面に共感したのが、西洋美術に関心を深めるきっかけでした。(37年前の新婚旅行では、ゴッホマルタンデユガールの「チボー家人々」で憧れていたフランス、ベルギー、オランダへ行き、ルーブル美術館アムステルダム美術館、ゴッホ美術館へ行き、さらに南へ行こうと、リヨンまで行ってきました。)

若い頃には、ルネッサンスを暗黒の中世の時代から人間を解放した運動と誤解してい
ました。萩原朔太郎中原中也に共感したりもしておりました。予備校のテストで隣の席に坐った、試験用紙の裏に詩を書いていた者に誘われて、詩の同人誌を出したりもしました。ダダイスト 高橋信吉の詩にも共感したりもしておりました。そんなわけで、詩についての先生のお話も興味深く聞くことができました。
 そして、20代からずっと「人間とは何か」「美しいものは?」と闇中模索しながら、のんびりと過ごして来ております。

 ここ15年ぐらいの間は以下のようなことが私の関心事です。
1 東京国立博物館で見たマルセル・デユシャンの作品のさまざまな作品のわからなさに何か解答を出したい。
2 ル・コルビジェの絵画から建築への進展の面白さが心に残っている
3 何度も通っている横浜美術館イサム・ノグチの作品の不可解さ。
4 大江健三郎NHKテレビの日曜美術館で一般的には感嘆する美しさでない「フランシス・ベーコンの自画像?」について、「美しい」と話していたのを見て、美しさへの一つの強い解答だと感じたこと。美しいということを今一度考えるようになった。
5 セザンヌの求めたもの?


「型破り西洋美術史」楽しみにしております。

ゴッホ美術館 アムステルダム

この方は、随分前に講座に参加してくださり、何年もご都合が付かずお目にかかっていませんでしたが、久しぶりにまた参加してくださっています。引っ越しや出産、お仕事や家庭の事情などで、一度来なくなった方が戻って来られた時の私の喜びは、またひとしおです。感想は、私の主張と食い違うこともありますが、個人の感想を尊重しそのまま掲載しています。講座に参加してくださっている方も、外部の方で美術好きの方にも感動が伝わるのではないでしょうか。本当にありがとうございます💖

【展覧会】メトロポリタン美術館展

met.exhn.jp

乃木坂のメトロポリタン美術館展へ行ってきました。私個人は、コロナ以来生活は全く変わって、異常事態で出かけなくなったので、本当に久しぶりの展覧会です。以前は上野の年間チケットとか、東京近郊の美術館割引冊子も持っていたのに・・。

Piero di Cosimo, Caccia

コロナ禍とか思ってるのは、私だけみたいに混んでました。一般的には公共施設の休みな月曜を狙ったのに無意味。予約制だって言うのに、全くソーシャルディスタンスもないし、みんなくっちゃべってるし、とてもじゃないけど絵を鑑賞する状態ではありません。絵の真正面に立って、列に並んで横向いてる人って何しに来てるんだろうといつも思います。ただの暇つぶしなら、公園とか行ってほしい!お願いします。

上図部分

展覧会は「西洋美術の500年」というサブタイトルがついています。イタリアルネサンスから始まって近代までの、多分一番絵として見やすいあたりなんだろうと思います。私には知ってる作家ばかりだし、多くの作品を見たことがあるんだけどピエロ・ディ・コジモの作品がどうしても見たくて行きました。彼は初期フィレンツェルネサンスの画家の中でも突出して変わった画家です。それに今回の出品作品の状態は大変良好で、彼の謎の絵の細部までよく見ることができ、その点はかなり満足です。全体的に、どの作品も修復されて見やすいものばかりでした。

Giovanni di paolo di Grazia

ベアート・アンジェリコはなぜか日本にもファンが沢山いて、彼から始まることもあり人が群がっていました。ほとんどの展覧会で、最初ほど人だかりができ、後になるほど空いてきて見やすくなります。フィリッポ・リッピの聖母子像はなかなか良かった。彼は、人間的にはろくでなしでも素晴らしい作品を作る芸術家のタイプです。シエナ派は唯一上図のジョヴァンニ・ディ・パオロの作品が出されていました。ゴシックの香りのする初期ルネサンスらしい作品ですが、祭壇画をぶつ切りにされているのが残念です。

Hans Holbein the younger

美術史をやっていると、イタリア人画家が圧倒的に多いのは周知の事実ですが、一般的にはそう思われていないのがよく分かったのは、「イタリア人が多いね」と話している声が何度か聞かれたことです。私は展覧会で世間話をする人が嫌いですが、作品についての感想などが聞こえてくるのは楽しいです。この絵も大学生位の男の子が「子ってなんだ?」と言っていたので、お父さんが有名な宮廷画家で・・と説明したくなってしまいました。ホルバインは絵を描く者にとっては、画材屋で馴染みの名です。画材メーカーの名前になる程有名な画家ですが、「大使達」以外知っている人はほとんどいないでしょう。絵には非常に生まれながらの才能が必要なので、親族で画家というのはよくありますが、父が大画家でも子はまあまあというのは普通です。ホルバインは親子共に、甲乙つけ難い力のある画家だと、この肖像は証明しています。背景は、フィレンツェの最も重要なフレスコの一つであるギルランダイオの作品を思い出させます。入り口付近は断然イタリア人が多く、次にフランドルの作品が幾つかあります。ペトルス・クリスティのピエタはとても素晴らしい作品です。

Annibale Carracci

日本の美術の教科書にも載ってるアンニーバレ・カッラッチの「猫をからかう子供達」は流石「豆を食う人」の画家だけあるもので、日常生活の何でもない場面、しかも意地悪な子供と怒った猫という目の付け所が本当に素晴らしく、知っていても感動します。彼は西洋美術史に新たな世界を切り拓いた人に違いありません。今回もメインの一点として出品されているカラヴァッジョと違い筆が走っているし、ある意味でずっと斬新です。カラヴァッジョは嫌というほど見ていますが、私は基本的に彼の気だるい感じや残酷で暗いところが嫌いなのです。確かに中には迫力のある感動的な作品もあるのは認めますが。

Salvator Rosa

バロックといえば、このサルヴァトール・ローザの自画像はいかにもナポリバロックらしい作品です。彼は貧しい育ちながら知識と美術に関心を持ち、ベルニーニを風刺してローマに居られなくなったり、フィレンツェでアカデミーを立ち上げたりとなかなかの人物でした。オランダや北方の画家達の細部へのこだわりや、フランスのロココ作品の華やかさなど、少しづつ西洋美術史が分かるように並んでいます。

Jean Baptiste Greuze

この画家を知っている人はまずいないと思いますが、真面目に全ての解説を読む日本人にとって、これはとても印象的な作品だと思います。「割れた卵」という題名は、召使いの少女の処女喪失の象徴だという内容は、誰にもわかりやすいものだから。私は、少女に手を出した若者を叱る老女と少女の関係とか、若者の社会的地位とか、手前の男の子は少女の弟だろうか、彼女はこの後どうなるのだろうかとか色々想像しました。こういった、絵画そのものとしては特に突出したところのない作品でも、内容が物語性を持って語る作品が、その場では興味を持たれても、その後どれだけ心に残るものかなど考えました。物語性と絵画的要素の両方を兼ね備えたのは「ピュグマリオンとガラテア」でしょう。作者のジェロームは一時代を築いただけあり、文句のつけようの無い技量を示しています。それにギリシャ神話のピュグマリオンの話は大変有名で、映画や舞台など様々な作品に表されてきました。理想の女性像を彫刻し、恋した結果、彼女は人間となるドリーム・カムス・トゥルー(夢の実現)物語。ピノキオもそこから発想したと言えるでしょう。絵画作品も多々ある中、足元はまだ大理石でもだんだんと人間化して行くジェロームの作品は、最も分かりやすく美しいものです。

Jean Leon Gerome

見れば見るほどこの構図が気になります。知名度の高い画家をまとめて記すと、ラッファエッロは小さいながらも繊細さと美しい顔立ちなど総合力でやはり素晴らしい。それに引き換えレンブラントプッサンルーベンスルノワールなど、評価が高すぎる気がしてなりません。最後はモネの「睡蓮」でしたがぜーんぜん良くなかった。モネ自身もそう思ったのでは無いでしょうか。エル・グレコターナーセザンヌなどは個性が際立っています。そこまで有名では無いでしょうが個性という点では私の目標だったピエロ・ディ・コジモがダントツでクリヴェッリが続くでしょう。絵の巧さではマネが圧巻でした。

A.Watteau

ロココは宮廷的で華やかで上手でも軽薄な絵が多い中、ワトーは唯一好きな画家です。私の都立OUの講座も順調に進んでいます。今はもう締め切っていますが、夏からは対面の授業も始まりますので、ぜひ注目してください。どうぞよろしく💖

【美術】西洋美術史を代表する十作品

散々悩んで、まだ完璧には決まっていない春講座の十作品が、だんだん見えてきました。西洋美術愛好家には、すごーく有名な作品も何点か取り上げることに決定。ヨーロッパ旅行で実際に目にした人も居るはずです。美術史の本ではお馴染みの作品。さーてどんな作品でしょうか?言っちゃおうかなー、とも思うんだけど、やっぱり後のお楽しみに取っておこうか、ここでも悩む。

Gent

きっと誰も見たことのない作品も取り上げます。でも画家は結構有名な人。有名って勿論、ルネサンス美術好きなら知ってるとかそう言う次元ね。

Casa Carducci

作者の名前がわからない作品も一個くらい入る予定。ってことはかなり古い時代ってことかな?

さらに時間があれば画法と技術について、話すつもりでいます。私は自分が絵を描きます。と言っても長いこと、きちんとした絵は描いていないけれど、子供の頃から好きだし美大出だし、デザイナーを長らくやっていたしで、本当は技術や技法抜きには美術史は語れないと思うんだけど、いかんせん参加者に絵を描く人や彫刻をする人が滅多にいないので、なかなか話せません。でも今回は技についても話す。

Soutine

生涯非常勤講師で、きちんとした本も出版できてないから、今も大手を振って美術史家と言えるかどうか分かりませんが、美術に関する興味と愛は有名な先生にも負けないつもりだし、何より元々美術史家になりたいと思ったきっかけは、出版されてる美術史の本に、実際に制作する人の感覚がいかに欠けているかと感じていたからです。歴史の一次資料を引っ張ってきてどんなに詳しく解説されても納得いかないことが度々あった。それは自分が制作側だったから、実際作ってる人がそんなこと考えてるとは思えなかったり、理屈より実際の線や色や質感がどれだけ大切かつくづく思うからでした。だからって最近のアーティストっていう人たちの美術史本で気に入ったものには出会ったことがないから、難しいのは事実。政治運動も、なんでもそうだけど理屈と行動力の両方が必要ってことにつきます。美術史でも歴史や思想の知識と製作者の感覚の両方が必要。

 

4月9日からです。アーカイブでも見られるし、興味のある人、是非待ってます💕

www.ou.tmu.ac.jp

【映画】ナチスとミケランジェロ

一ヶ月も恐ろしい世界大戦の前兆がある中で、プーチンからヒトラーを連想する人も少なくないでしょう。それで見ていなかった「ミケランジェロ・プロジェクト」をやっと見ました。友人のお気入りなんだけど、監督や俳優、ちょっと見た映像場面から見る気がしなかった作品です。でもやっぱり美術関係の映画はできるだけ見ているので気にはなっていました。

ナチの手から救出されたMadonna col Bambino, Michelangelo

思った通り、私は全然ダメでした。

The monuments Men

邦題:ミケランジェロ・プロジェクト(The Monuments Men)は、2014年のアメリカ映画。有名俳優目白押しのいかにもハリウッドらしい、わかりやすいドラマ。大戦末期の悲惨な様子や戦争の残虐さなど、緊迫感ゼロ。唯一ユダヤ人の金歯が詰まった樽を発見する場面が一瞬ある。確かに30、40代のジョージ・クルーニーはめっちゃいい男ですがここではもう年だし、いわゆる娯楽映画の俳優っていうのが私の印象で、やっぱり気が抜けた感じ。マット・デイモンの「ボーン・アルティメイタム」は呆れたかっこよさだし、結構ボケた役もハマって嫌いじゃないけど、ケイト・ブランシェットとのロマンスとか馬鹿馬鹿しい限り。何よりもアメリカ万歳!「英雄はアメリカ人」感、満載でうんざりです。

Mein bester Feind

邦題:ミケランジェロの暗号(Mein bester Feind)は、2011年のオーストリア、ドイツ映画。この映画も見るに堪えない凄惨な戦争映画っていうわけでは全然なくて、ウィットを効かせた部分もあって戦争サスペンス・コメディ映画と言う人もいるけど、かなり好きな映画。主役のモーリッツ・ブライプトロイはもの凄く良い俳優です。ドイツ人だしユダヤ人役をよくやるので日本では一般的に知名度は低いけれど、正直モニュメンツ・メン全員を一人で蹴散らすくらい力がある、と私は思っています。話はずっと凝っていて、先が読めずストーリーも面白いし、緊迫感もある。

実際の写真

美術愛好家からみると「ミケランジェロ・プロジェクト」は一応事実に基づいた歴史映画の物語版で、主役は美術史家や美術関係者。一方ノンフィクションだけどより説得力のある「ミケランジェロの暗号」は美術商の息子。ヒトラーの略奪美術コレクションには深く美術商が関わっているので、その点に注目した話でした。私だったら絶対「ミケランジェロの暗号」をお薦めするし、一般的な映画評もずっと高いみたい。

【美術】専門家気取りでじっくり観察

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Lorenzo Lotto

おかげさまで春の講座も開講が決まりました。いつも書いてるけど、本当に参加者のおかげです。人数が集まらないと講座が消滅しちゃうので、10年以上続けて開校できているのは文字通り、私の講座に参加してくださる方々の力なんです。
でもまだ空席があるから、是非参加してください。少しでも多くの人に知ってほしいし、西洋美術史関連をやっているけれど、常に新しい試みで挑戦しているので、過去の講座とは絶対に違います。

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Altare in Museo Vaticano

冬の講座では、久しぶりにイタリアを超え、2千年の歴史を超えて西洋美術史を概観しました。しかも美術館ごとにみてゆくという前代未聞のもので、私も行ったことのないクロアチアの美術館なんかも紹介しました。

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Bernini,Roma

前代未聞というのは今回も引き続きです。というのはもう一度西洋美術の通史なんだけど、今までと違いたった一つの作品で一つの様式や時代を代表させるというものだから。今までいつも沢山見せすぎる感があって、盛りだくさんとか満腹と言われてきたけれど、今回は今まで以上にふかーっく掘り下げて内容を堪能します。もー、めっちゃ、どの作品にするか悩んでるところ。

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mosaici, Roma

十回なので基本十作品しか選べないんだけど、関連作品は紹介します。前回とは当然重ならないようにしますし、選ぶ様式自体も変わる可能性大。例えば、前回は無かった初期キリスト教様式を入れようと思ってる、など。

とにかく締め切りが早いから是非冒頭の大学ウェブサイトにアクセスしてください。みんな待ってる!

【本】疾病の歴史と私たちの今

昨日三回目のワクチンを打ってきました。周囲の人は大抵、多少の頭痛やだるさ、微熱など出たのに、私は至って平気というか、多少だるいのは日常なのでほとんど変わりません。平熱が酷く低いし、本とコンピューターの生活様式からも一年中身体が凝ってるので、なんとなく頭痛いのも、全然嬉しく無いけど慣れっこです。

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人体解剖のルネサンス

そこでワクチンの副反応と効能について、報告書をいくつか読んでみたら、思った通り副反応がひどい人ほど、抗体ができている可能性が高い(抗体の量が多い、の方がいいのかな)という傾向が示されていました。当然だね。ワクチン打つ前はいろんな鎮痛剤を揃えて、読む本も考えて、仕事の時間も調節したのにほとんど無意味だし、何より、効能が多少なりとも低いというのは、なんか損した感じ。楽でいいじゃん、何言ってんだ、と言われそうですが、二、三日具合悪いくらいなら、抗体がしっかり身についた方が嬉しい私なので、残念な感じなの。

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イタリアの黒死病関係資料集

とんでもない戦争が起こっている今(いつだって戦争状態の地域はあるのに、不公平だという人の気持ちもよくわかるけど、第三次世界大戦に発展しそうなとんでもなさは、今回突出しているので、毎日媒体に取り上げられるのも当然だと思う)命の不確実性が実感されます。

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進化論を楽しむ本

戦争、ワクチン体験、進化論、コロナ(COVID)、ペスト関連資料などが頭の中で重なって、不条理な命について思いを巡らせました。何度もワクチンを打ってもコロナに感染する人もいるかと思えば、ペスト患者を散々看護しても感染しなかった人など、かなりの個体差があるのが事実。

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人類滅亡後の動物図鑑

子孫を絶やさないため、強い個体が生き残るのが当然だという考えはそう単純では無いようで、弱肉強食系の大きくて残酷な生物が常に勝つ(生き残る)ようにはできていない。だってもしそうなら、私のような筋肉も肺活量もない人間は真っ先にコロナにだって感染しそうだけど、こんなにワクチンに無反応ってことは実際に感染しても無症状に近いのではないかと、容易く想像される。

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ペストと都市国家

ワクチンに猛烈に反対してる人は、ワクチンが意図的に軽く疾病に感染させることだっていうことに、怒ってるのかな?でも幼稚園や保育園でいろいろ感染しておけば、大人になってから感染しても酷くならないっていうのは、結構常識じゃないのかな?

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感染症と世界史

ある進化論の考え方では、子孫存続のために、感染症(疾病)や暴力などに対して、意図的に個体差があるように仕組まれているという。みんな筋肉隆々で血気盛んな村があったとして、その村はいつまでも存続しそうだけど、意外に全滅するかもしれない。突然襲ってくる命を脅かす要因はさまざまだから、それに対応できるようにさまざまな人間をDNAは造ってるんだってさ。それだから虚弱体質でも長生きする人がいるんだね。

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苦難と心性

石坂先生のペスト関連資料には、ペストに対して中世の人々がどんな反応をしたか具体的な例が沢山載っていて、世界初の衛生管理者たちがいかに努力したかが伝わってくる。隔離や消毒の他に、集まって飲んだり騒いだりしちゃいけないと何度も言ってるのに、民衆はいうことを聞かずどんどん感染する。それってマンボウとか言ってる現在と全然変わってなくて、びっくりする。唯一の違いがワクチン。なんか取り留めないこと書いてすみません。疾病関連の本は、子供の本から論文までかなり沢山あるし、進化論系の本はまともな本からとんでも本まで色々ある。今だからこそ身に染みると思うので、一冊くらい手にしてみてはいかがでしょうか。

【本】戦争に反対するシュールな本たち

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映画のシュルレアリスム

都立大OUで行っている【世界の美術館】で西洋美術史を知る、講座もいよいよ終わりに近づきました。古代ギリシャに始まり、現代美術で終わり。「子供の頃に、リアルに知っている時代になった」と参加者から言われました。ここ二回ほどは世界大戦の時代です。二回の大戦と原爆の悲惨から学ばない人々がいる事が目の前に突きつけられている今、この時代の美術を知ることは、普段以上に意義のあることだと思います。ウクライナの人々が救われますように!

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ダリ:シュルレアリスムを超えて

前回の講座はダリ劇場美術館とサルバドール・ダリを中心にダダイズムシュルレアリスムの話をしました。この美術館は本当に個性的としか言いようがないもので、まだ行けていない、是非訪問したいところの一つです。ダリは大変有名なので、参加者は何某かイメージを持っていましたが、授業で、自分のイメージが違っていたり、確認したり、最後の質疑応答もなかなか興味深いものでした。

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ダダ・シュルレアリスムの時代

私は、講義をする前にできる限り調べ直します。元々よく知らないことはテーマに取り上げませんが、再読したり、最新の情報を確認したりします。内容によっては日本語資料がなかったり、資料そのものがそれほど多く入手できないこともありますが、今回は十分な書籍がありました。特に古い本も合わせればかなりの量を読むことができます。

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シュルレアリスムという伝説

1992年出版の「シュルレアリスムという伝説」は、シュールの流行が過ぎ去って久しい頃に出された、日本の本なので、解説的で問題なく読めます。というと、こんな難しい本読めませんと言われそうですが、ツァラブルトンベンヤミンのような当事者たちの書いたものを読んだ後では、大変簡単に感じるに違いありません。シュレレアリスムという運動や、時代、特に文学に興味のある人には入門書の次、という感じの解説書です。

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シュルレアリスム

これは私が大好きな画家、タンギーの作品が表紙なので大きく載せてみました。当然ですが美術史や芸術に関わる出版物も、国によって結構違います。大型本は高い、重い、扱いにくいので最近は本当に減りましたが、美術を愛する者にとっては、小型の安い印刷とは雲泥の差なので、どうしても必要不可欠です。床が抜けないように祈るばかり。

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シュルレアリスムの需要と変容

この本は2021年の新しい本で、フランス、アメリカ、日本の比較文化論です。それも男性原理と女性芸術家というジェンダー系のテーマなので、性差別(区別)問題などに関心のある人にむしろお勧めです。

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シュルレアリスムとは何か

ちくま学術文庫は、入門書として常にお勧めです。今となっては読みにくい著者ですが、逆にシュルレアリスムに関心が集まった時代の雰囲気が伝わってきます。表紙は最強のシュルレアリストであり現代美術家と思われるエルンストの作品です。

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シュルレアリスムと絵画

トリスタン・ツァラアンドレ・ブルトンポール・エリュアール(彼の翻訳は入手困難)など、シュルレアリスムそのものの人たちの翻訳も、古いですが結構出ています。分からんなーっと思いながらも、高校時代から大学時代にかけてずいぶん手にした本たちです。今回、パラパラ頁をめくって一応通して読んでみましたが、当たり前だけど高校生の時とは全く違って、それなりに理解もできました。それに当時は、無意味に「カッコいー!」と感じた文章が、それほど意味のあることなのかどうか疑念も湧いて、少しは冷静に判断できるようになりました。シュルレアリスム宣言はダダイズム宣言ほどカッコよくないけど、「溶ける魚」を読まないでシュルレアリスムについて語るのは、ピカソの作品を一度も見ないで、ゲルニカについて語るようなものだから、シュルレアリスムに興味のある人は、せめて数頁でも読んでください。

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シュルレアリスム宣言・溶ける魚

「長い間待ち望んできたこの戦後が今描き出している灰色の単彩画・・・・・・また歴史の全過程において多種多様な国民の意識を自由の思想の象徴として総合したのは知識人の努力の結果である。・・・文化が停滞したり後退したりしないためには、人間解放という一つの目的に向かって導かれねばならない。」トリスタン・ツァラ

 

思想統制絶対反対!真実のジャーナリズムを追求するのが、どれほど困難か理解できるけれども、政府がテレビやネットを統制する世界は心底恐い。

【本】芸術家の伝記

コンピューターと携帯(携帯する物はいくらでもあるはずなのに、今では電話に決まってる。あと何年したらこの常識が通じなくなるのか興味があります)が一般化して、素晴らしい点もたくさんあるけれど、負の部分もある。情報貧民と言われるような人々が当然のようにいて、年代格差だけでなく、あらゆる所で情報格差が生み出す生活の差がどんどん開いている。でもそれは私の専門外だからここでやめて、今言いたいことは、読書量が激減したということ。私自身も本とコンピューターではコンピュータに向き合ってる時間の方が長い。ちなみに携帯は必要最低限しか使わない。携帯があるからいいと思ってる人が実に多いけれど、それは全く違う。情報量が携帯の小さな画面と、21インチ画面ではどれだけ違うか考えるまでもないし、出来ることも時間も全く違う。どんなにギガ数を増やしたって所詮携帯は、ちょっとした情報検索と暇つぶし、連絡手段に過ぎない。本気で聴くには音質は悪いし、映画見るには迫力なさ過ぎでしょ。

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クレーの日記

ということで、携帯とコンピュータでは内容に違いがあるのと同じように、本とも違いがある。本は(と言っても本にもいろいろあるけど)画像が少なく、文章が多い分、より自分の頭を使って理解する必要があるから、筆者も文章をよく考えて練るので、美しい表現や凝った構文などに出会える。コンピューターに文学的な要素を求める人は、まだそれほど多くないし、長い時間じっくり読むのには紙の方が目が疲れない。姿勢も自由に出来るしね。最近の本は文字数がやたら少ないので、こういった文学の素晴らしさを味わうことが難しい。オリンピックやってるから例えるけど、スポーツと同じでなんでも量をこなすことはできるようになる秘訣だから、短い簡単な文章しか読んでいなければ、読解力もつかない。なので、すぐに諦めずに、分厚い本や、少し難しいと感じる文章に挑戦しましょう。私も歴史社会や美術史ばかり読んでないで、思想哲学や時には数学の本なんかも読むことにしています。

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ロートレックの生涯

やっと本題。今日紹介したいのは、芸術家たちの伝記です。美術史を講義していて常々思うけど、作品そのものより、描かれた内容や芸術家の挿話に感動したり関心を示す人は、大変大勢います。正直言って、作品そのものを良いと感じられなければ、作品は理解できないと思うけど、当然好きで絵を見たり読んだりするのは自由。それに深く作品を理解したいと思うような人には歴史を知るのは不可欠。ということで大まかな世界史の知識が欲しいとこだけど、それはつまんない。というなら、好みの芸術家の個人的な話なら興味を持って読めるのではないでしょうか。ネットで調べたり、美術史の本とは全然違ってリアルです。画家自身の手紙や言葉に触れると、悲しくなったり、かわいそうになったり、時には嫌いになったり、今までのイメージを覆されて驚いたり。

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ピカソとの17年

ピカソはウルトラ有名な大美術家です。確かに、彼のいくつかの作品は、非常に力強く印象的で独創的で心に響くものがあります。でも人間的には、全くろくでなしで彼のために酷い目にあった女性は数知れず、私は大嫌いです。こんな人がそばに居たら耐えられない部類です。そういうならゴッホも確かにそう。彼の場合はものすごく良い人だけど、常軌を逸した情熱家で、独力では生きられない人だから、そばに居たら面倒見なきゃならないけど、見れるわけないし。

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ベルニーニ その人生と彼のローマ

天才的な人の伝記は読みやすい場合が多い。天才少年ぶりに感嘆し、誰でもそうなると思うけど、とてつもなく思い上がったり、どん底に落ちたり。ベルニーニが愛人に斬りつけた話なんか忘れられない逸話で、作品を見るときにどんな気持ちだったのかと考えたり。ロートレックは、明確な理由は分からないけど、身体的な問題を抱えていたからか退廃的な生活と態度が悲しい。でもそれと同時に、日本へ行こうと考えたり、新たなことへ興味を持つ精神が、あれほどカッコイイ、独自のポスターに集結したのだと思う。百ページ足らずの簡単な本じゃなくて、たまには分厚い本を読んでみて。こういう類の本は、中学生くらいに読み始めたんだけど、いまだに印象が深く心に残っている本が何冊もあります。

美術とスポーツ

都立大OUの講座【世界の美術館】は「印象派」まで来ました。それで印象派のことをいろいろ調べているうちに、スポーツとの関連を見つけました!オリンピックたけなわの今、記事にするのがいいかなと思って書いています。

 

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Boudin

印象派は近代美術の幕開けに相応しいものです。描き方という点でも、美術界のあり方という点でも、作品のテーマという点でも新たな試みを開始したからです。上の絵は1865年に描かれた「海水浴」というウジェーヌ・ブーダンの絵です。ブーダンを知っている人はなかなかいないと思いますが、質の高い良い画家で、印象派に絶大な影響を与えました。というか第一回印象派展に出品しています。そのことは授業で話したので、おいといて、印象派は風俗画を進化させました。中でも流行の風俗に興味を持ったところはかつて無かった事です。といってもシスレーのように、そういうことには無関心だった人もいますが。

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Seurat

この有名な点描画「グランドジャット島の日曜日の午後」というスーラの作品も、流行の風俗を描いていて、遠くに海水浴やボート遊びの人々がいます。日本語ではピンと来ませんが、英語では「スポーツ」をすることを「遊ぶ(play)」というのも思い出したいところ。スケートボードなんか見てると、いかにもカッコよくて楽しんでる感じが伝わってきます。オリンピックに出るような人は命懸けだろうけど。

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Caillebotte

ボート競技は日本ではマイナーなスポーツですが、イギリスでは本当によく見かけました。これらの絵は皆、スポーツをテーマとした絵で、美術史において、皆無ではありませんが新しいテーマでした。そこでスポーツとは何か?

太古の昔から、どんなに小さな集団でもその社会をまとめるため(社交)に、さまざまな儀式をしてきました。キリスト教はやりませんが、メブラーナのように宗教でもダンスやスポーツのような儀式を奉納することは珍しくありません。何より日本にはお相撲という世界屈指の特徴あるスポーツがありますが、あの変わった髪型や衣装、何より儀式など奉納試合の名残です。中世には戦争のための訓練として、馬上騎馬試合などが流行りましたが、次第に見せ物に変化します。オリンピックもどんどんショービジネス化が進んで大変なことになっていますよね。

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Caillebotte

確かに古代ギリシャ人やローマ人はスポーツをある程度は健康と結びつけて考えていましたが、印象派の頃になって現代風の健康維持というような考えができるようです。

「踊り子」で有名なドガも、体の動きに興味を示した作品を多く残しています。カイユボットは何枚もボートを漕ぐ人や、飛び込む人を描いています。これは明らかに後々の飛び込み競技に通じるものですが、最初のブーダンの絵を見てください。海水浴の塩水は健康に良いとされましたが、まだ女性が肌を露出することが許されない時代なので、絵にあるように馬に轢かせたテントの中で浜辺と海水を行ったり来たりしたそうです。あの白いテントこそ、題名の「海水浴」に関係するものでした。ごく自然な何気ない絵でも、よく見てみると理解できない不思議なことがままあるものです。とにかくスポーツ・テーマは印象派によって積極的に取り入れられた、新たな視点でした。

 

PS: 絵といえば印象派、という時代がありました。私は正直いって、子供の頃から印象派があまり好きではないので、それが不思議でした。現在は「絵と言えば印象派」世代は、高齢者世代のような気がします。授業には、中世美術や現代美術に興味のある人など様々います。美術の世界にも少しづつ平等が進んでいるのかな。

【本】美術館を訪ねる

このところずっとネットで別世界に行く時間が長かったので、更新してなくてすみません。読んでくださっている方に心配されたので、書かせていただきます。

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小さな美術館巡り

私の都立大オープンユニバーシティの講座「世界の美術館」も順調に進んでいます。アテネの国立考古学博物館(古典様式の紹介用。以下、同様に一定の様式にテーマを当てて紹介しています)、パリの国立中世美術館(ロマネスク&ゴシック)、ロンドンの国立美術館ルネサンス)、ローマのボルゲーゼ美術館バロック)まで終わったところです。今週末から近世になります。普段は圧倒的にイタリアを中心に話しているのですが、今回は毎回違う国の美術館を紹介しているので、正直言っていつもとは違った大変さです。ほとんど読めぬドイツ語と格闘中の現在・・・。せめて英語版も作ってほしいところです。振り返ってみると、結局大変有名な大美術館ばかりになっていますが、これから先はそうとも限らないので、乞うご期待!

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イタリア・ルネサンス美術館

今回の講座のテーマのために、美術館や博物館を紹介する本をたくさん読みました。私にとっては、松浦弘明先生の本は普段から馴染み過ぎだし、一国一館と決めた時から、ルネサンス美術を所蔵する美術館は世界中にあるのに対して、バロックは絶対イタリアだっ!と思ったので、この本はここで紹介するだけ。いつものようにしっかりした内容です。ルネサンス好きの人、どうぞ!

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ぶらぶら美術博物館

美術館のガイドブックは、沢山あります。西洋美術館など、大美術館はたいてい所蔵作品のガイドブックを出しています。メトロポリタン美術館ルーブル美術館グッゲンハイム美術館などの有名美術館は、日本で編集された紹介ガイドブックがあります。珍しい美術館・博物館やマニアックなガイドブックも多少はあります。

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Tokyo Museum

手軽な値段と内容なのは、この手のお散歩用美術館巡りのようなタイプで、非常に沢山出ていました。芸能人(?)や美術史の素人が紹介するような、個人の感想を綴ったタイプも結構あります。私は最初から(高校生ぐらいから専門書を選んでいました)こういうものを読まないので、よく分かりませんが親しみやすいのかもしれません。手にとって気に入ったものを読めばいいと思います。

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全国美術館ガイド

全国美術館ガイドは、専門的な美術出版社が定期的に更新して出している正統派です。1800館という数字は他にはなかなか無いでしょう。百科事典的にとっておける資料です。

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世界美術館の旅

文字はできる限り少なく、基本は写真で構成されているという最近の傾向に合わせた本も、色々あります。作品に焦点を当てるのか、それとも旅に焦点を当てるのかで内容は全然違うものになると思いますから、自分に合ったものを選んでください。

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名作に出会える美術館案内

私は東京の郊外に住んでいるのですが、東京の美術館を紹介する本は、思いの外多い気がしました。確かに知られざる小さな美術館や、都心には現代美術を扱う空間は少なくありません。日本の美術館巡りも当然ありますが、東京に比較し少ない気がしました。それらは当然、日本美術や民芸館、写真や陶芸、版画なども頻繁に扱っています。

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日本のBEST美術館100

統計をとったわけでは無いので間違っているかもしれませんが、世界の美術館案内関連の書籍は、時代的には1980年代から90年代にかけて非常に多く出されている気がしました。現在と違って、日本経済に翳りが見えない時代で、心にもお金にも余裕があったのかもしれません。特に世界を対象にしたものから、日本国内を対象にしたものへシフトしている印象を受けました。トップに乗せた、近場の小さな美術館でお茶を飲んでくつろぐ、みたいなのが最近流みたい。

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世界美術館めぐりの旅

今日はこの本で締めたいと思います。1928年に創業した、日本最古の洋画商である日動画廊の社長夫人が、世界中を旅して西洋美術館を紹介しています。1978年から84年まで、好き勝手に選んで優雅に旅できるなんて、羨ましい限りです。全くの素人ではありませんが、全く研究者ではありません。15、16世紀のイタリア絵画(最も有名なルネサンス美術!)を初めて観たと言っているし、ヴァチカン美術館のページでは、ミケランジェロではなくベン・シャーンやビュッフェを掲載しています。大体ヴァチカン美術館自体続編に収録されているし・・。作品や美術館の選び方で、時代の流行がわかります。まず印象派、そして20世紀の美術。フランドル絵画も僅かにありますが、まるで中世には芸術は存在しないと言わんばかりに皆無です。写真も白黒の粗いものだったり、現代人にはついて行けない世界です。でももっと昔は写真そのものがないんだから、文章で作品を紹介しました。だから19世紀の研究者たちの文章の見事なこと。

 

早く三回目のワクチン打ちたいなー。打ったらまず美術館へ行きたい。

西洋美術、イタリアの旅、読書が大好きな貴方へ、中世西洋美術研究者SSが思う事いろいろ